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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第二章 伯爵の町〈フォーン〉での闘技大会編
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ライカは二つ名が決まった!

 本選のスケジュールが決まり、私たち予選通過者は予選が始まる前に使った四色の部屋へとそれぞれ案内された。私は赤の部屋だった。


「いやー、まさかミルフィーユちゃんが出てくるとはねー」


 私は案内役の騎士が部屋から出ていくのを見届けたのち、腰に()げたクロウに話しかけた。


『これで少なくとも2位は確定だな。あとはアルセラとレティシエント、どちらが勝ち上がってくるか……』


「アルセラが勝てばそれはそれでよし。そうなったらレティシエントにはあとで決闘を挑もう。レティシエントが勝ったら予定通りあの親子をぶっ壊す」


『どうあってもあの少女を倒すつもりか』


「うん。じゃないとあの子の剣は本物にならないから」


 何度も脳内でシミュレーションしたが、やはり今のレティシエントは敵じゃない。レティシエントという剣を、フォーン伯爵という鞘から解き放つ。そうして初めて真剣勝負(まともな戦い)になる。私が望むのは相変わらずそれだけだ。


『本選が始まるまで時間があるぞ。どうする、ライカ』


「んー、テキトーに過ごそっか」


 本選が始まるのは午後から。それまでは各自与えられた部屋を拠点とし、自由に過ごしていいらしい。


 時間はざっくり2時間ほどある。お昼を食べてもまだ余るので、とりあえず昼寝するとしよう。部屋にはベッドやソファといった家具が運び込まれており、今はプライベートも確保されているので快適に過ごせそうだ。あとは風呂さえあれば一人暮らしもできるだろう。


 目を覚ますと約20分経過していた。


 今度は腹を満たしに行こう。


 会場には闘技大会の間だけ開かれる高級レストランがあるらしい。そこは観客も利用できるのだが、運営と繋がりのあるレティシエント曰く、予選通過者以上はなんとタダで全てのメニューを食べられるそうだ。育ち盛りで食い盛りな私からすると天国のような食事処である。いっぱい食べるぞ! 試合に支障をきたさない程度に。


 レストランに着くと、高級店だからか、それなりの数の観客が食事を楽しんでいた。どうやらお金持ちは品性も備えているようで、私が現れてもこっそり笑いかけてくるだけで直接的な関わりは持とうとしなかった。


 私は気兼ねなくメニューの半分くらいを制覇した。だって美味しいけど量が少ないんだもん。食べ放題なら色々と食べなきゃ損だよね、と思っていたらいつのまにかこんなことになっていた。


「ご馳走様でした。美味しかったです」


 去り際にお礼を言うと、スタッフ一同は嬉しそうに笑った。


 このレストラン、闘技大会のときだけしかやらないなんてもったいないよ。スタッフはみんな親切だし、客層も落ち着いているし、何よりすごく美味しかった。


 でも常設されていたら料金がかかるのか……。うん、やっぱり特設でいいかな。勝てばタダだし。


 さて、寝たし食ったし腹ごなしでもしましょうか。そろそろ剣を振りたいし。


 クロウの柄を手のひらで弄びながら赤の部屋へと戻る。


 その途中、数人の騎士と一人の女性が、何人ものおじさんに詰め寄られているのを発見した。


 何かあったのかな? 気になるから声をかけてみよう。


「あのー、すみません」


「今は取り込み中だ。用があるなら他の騎士に……って、ライカ選手ではありませんか!?」


 私の登場に、その場にいた全員が驚いた。


「失礼しました。今、観客の対応に追われてまして」


「ライカ? ライカちゃんか!?」


 あらま、聞き覚えのある声。


 そんで、見覚えのある顔ぶれ。


 鎧の壁の向こうには〈フォーン〉行きの馬車で仲良くなったおじさんたちが揃っていた。


「気安く呼ぶな! 大会中、部外者による予選通過者への接触は禁じられている!」


 騎士が激昂する。仕事熱心ですこと。


「あー、いいですよ。その人たち知り合いなんで、一応関係者ってことにしてもらえませんか?」


「さすが話がわかるぜ、ライカちゃん!」


 もう一度私の名を呼んだのはさっきとは違うおじさんだった。あらためて見比べると、みんな似たような背格好をしているから見分けがつきにくいな。大人数で構成されたアイドルグループを見ている気分だ。まあ、そもそも区別する気がないんだけど。剣士いないし。


「ま、まあ、ライカ殿がそう言うのでしたら」


 騎士は聞き分けよく下がってくれた。


「ありがとうございます。で、どうしたんですか?」


「いやよぉ、俺たちでライカちゃんとアルセラちゃんの二つ名を考えてきたからそこの実況の姉ちゃんに読み上げてもらおうと思ってよぉ、でもちっとも話を聞いてくれねぇんだよ」


「い、いきなりそんなこと言われても困ります! 一応、原稿だってあるんですから!」


「そうなると、あなたがコニマちゃん?」


 女性──コニマちゃんははっきりとうなずいた。


「そうです。私が今大会の実況を務めさせていただいているコニマです。コニマちゃんと呼んでもらえて嬉しいです」


「一回会ってみたかったんだ。すごく盛り上げ上手だから」


「ありがとうございます!」


 私とコニマちゃんは握手を交わした。


 コニマちゃんはそばかす・天パ・丸眼鏡の三拍子が揃った高校生くらいのお姉さんだった。金髪碧眼で、同じカラーパターンのレティシエントより若干くすんだ色をしている。小柄で筋肉量が少なく、とても運動が得意そうには見えない。総括して、放送部の地味子ちゃんって感じの人だ。


「放送してないときはおとなしいんですね」


「あはは、いわゆる特定のシチュエーションになると豹変するタイプでして」


「わかるわかる。私も剣が絡むとなりふり構わないから」


 意外と似た者同士なのかも? 度合いは違うだろうけど。


「あのおじさんたち、私とアルセラの知り合いなんだ。話だけでも聞いてあげてくれないかな?」


「知り合いだなんて水臭ぇこと言うなよ! 俺たちゃ二人の後援者(パトロン)だぜ! いでっ!?」

「今ライカちゃんが交渉してくれてんだ。おまえは黙ってろ」

「な、何も殴るこたぁねぇだろ」


「とまあ、こんな感じで悪い人たちではないからさ。ね、お願い」


「うーん、そう言われましても……」


 たまには子供らしく上目遣いをしてみたが、コニマちゃんには通用しなかった。


「何がダメなのかな?」


「ダメというか、取り返しがつかないんです。現在、ライカ選手とアルセラ選手はレティシエント様に次ぐ注目の的となっています。そんな状態で二つ名をつけたりしたらあっという間に定着してしまいますよ。私にはその責任を取ることはできません。だからおいそれと呼びたくないのです」


 なるほど、確かに一度知れ渡ってしまえば訂正することは難しいもんな。それに、二つ名をつけた責任なんて司会者が負うようなものではない。コニマちゃんが嫌がるのは当然だ。


 でもなぁ、二つ名か。


 レティシエントは『金色の竜王妃』っていうかっこいい二つ名を持ってるんだよね。


 対する私たちは無名。


 これだとなんか負けてる気がしないか?


 ……よし、決めた!


「ちなみにおじさんたちはどんな二つ名をつけてくれようとしたの?」


「よくぞ聞いてくれた!」


 一人のおじさんが私の前に躍り出て、厨二病っぽいポーズを取った。ああ、この人は覚えてるぞ。二つ名の話題が出てからずっと考え込んでいた人だ。一人だけ妙に芝居がかった喋り方をするから印象に残っている。


「今はしがない商人くずれ。しかし、かつては吟遊詩人。まあ全然売れなかったんだが……。そんな私が徹夜して考えた二つ名だ。ぜひ受け取ってほしい」


 うわぁ、その年齢での徹夜はかなりキツいだろうに。かなり真剣に考えてくれたんだね。


「では発表しよう! ライカくんは──……。そして、アルセラくんは──……」


 ほうほう。


 うん、いいんじゃない?


 これなら名乗っていいって思える。


「ありがとう、おじさん。それ使わせてもらうよ」


 私とて武器の名前がかっこいいとテンションが上がっちゃうほうの人間だ。厨二病おじさんのネーミングセンスは個人的にバッチリだと思う。特にアルセラの二つ名についてはよくこんなの思いついたなと納得してしまった。


 まあ、詳細は試合でね。


「うむ!」


 徹夜明けおじさんは私の言葉にガッツポーズし、そのままフラフラと後ろに戻っていった。やっぱり寝不足マックスでつらいみたいだ。


「コニマちゃん。今の二つ名、試合のときに読み上げてもらっていい? さっきの話を聞く限りだと、私たち自身が認めちゃえば別に問題ないんですよね?」


「それはそうですけど、い、いいんですか?」


「はい。こっちにだけ二つ名がないのは悔しいので」


「アルセラ選手の分も?」


「アルセラには私から言っておきます。たぶん気に入ると思うので心配しなくても大丈夫ですよ」


「……わかりました。上に掛け合ってみます」


 コニマちゃんは渋々うなずいた。


 でも、この話はほぼ確実に通ると思う。


 ──幼くして二つ名を持つに至った天才少女たちの対決。


 こんな触れ込みを出せば大会はさらに盛り上がるはずだ。すると、観客はお祭り気分が増してよりたくさんのお金を落とすようになる。そして、運営はその分儲けられる。


 私たちが二つ名を使うことで全員がハッピーになれるのだ。断られる要素はないだろう。


「それじゃあ私は部屋に戻ります。コニマちゃんは今の件をよろしくお願いします。おじさんたちも応援にきてくれたんでしょ? 私たち頑張るからよろしくね」


「おう、やったれやったれ!」

「エール片手に喉がちぎれるまで応援してやるぜ!」

「ライカちゃんたちならあのレティシエント様にも絶対勝てる! 俺たちはそう信じてるからな!」

「私が考えた二つ名を世に知らしめてくれ。……うっ」

「あっ、おい、待てや、ここで倒れんな」


 いいなぁ、この感じ。


 前世で一度だけ、仕事の付き合いでプロ野球を観に行ったことがある。


 私は野球なんか全然知らないし、試合を観てても楽しいと思えなかったけど、隣にいた応援団の人たちがこんなふうに熱くなっていたのをよく覚えている。


 なんて楽しそうなんだろうって、その人間らしさが羨ましくなったんだ。


 まさか自分が応援される側になるとはね。生きてりゃ何が起こるかわからないもんだ。いや、一回死んだんだけどさ。


「騎士のみなさんもお疲れ様です。お仕事がんばってください」


「あ、ありがたいお言葉です。どうかそちらもご武運を」


 代表の一人が言って、全員が私に対して頭を下げた。どうも感謝されることに慣れてない雰囲気だった。これくらい日本では普通だったと記憶しているが、この世界では珍しいのかもしれないな。


 というわけで、私はアルセラのいる青の部屋に寄って二つ名のことを伝えてから、自分の赤の部屋に戻った。


 残る時間は腹ごなしの運動をして過ごし、ほんのりと身体が汗ばんできたところで案内役の騎士が部屋を訪れ、またさっきの控え室に移動するよう言った。


 控え室に行くと、そこには第二試合に出る私とミルフィーユちゃんしかいなかった。第一試合に出るアルセラとレティシエントは別ルートで試合場に向かったようだ。


「やぁ、どうも」


 私は気まずそうにチラチラ見てくる、でっぷりとした肉の塊ことミルフィーユちゃんに片手を挙げて挨拶した。


「やぁ、どうも。じゃねぇ! てめぇらのせいでせっかく予選を勝ち残ったのに全然目立たなかったんだぞ俺ぁ!」


 ミルフィーユちゃんは握り拳を震わせる。


「それは仕方ないじゃん。でも試合が長引いたことでスケジュールの狂いがなくなったから運営側は助かってたと思うよ?」


「嬉しいわけあるか、そんなの!」


 相変わらずうるさいなぁ。だけど吠えるばかりで前みたいに掴みかかってきたりはしない。試合前というのもあるが、ちゃんと学習できたんだろう。えらいえらい。


「そろそろ試合が始まるよ。集中するからあんまり話しかけないでね」


「チッ、誰がてめぇなんかに好き好んで話しかけるかよ!」


 最初はそっちから絡んできたくせに。まあいいや。私は窓辺に立ち、まだ無人の試合場を見下ろした。ミルフィーユちゃんは部屋の隅に行った。私から離れたところで観戦するようだ。


 キィン、とハウリングのような音が鳴り響く。


 空からコニマちゃんの咳払いが聞こえた。

次回、ようやくアルセラ対レティシエントです。

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