ライカはレティシエントの実力を垣間見た!
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「何を呆けていますの? アルセラなら治療室に行きましたわ。傷は負っていませんけど、魔力は消耗していましたから」
レティシエントが小馬鹿にしたような顔で言う。憎たらしいっちゃ憎たらしいけど、事情を知っちゃうとな……。
まあ、それはいい。この私が同情で剣を鈍らせるなんてありえない。むしろ本気を出さなかったらブチ切れるまである。
それよりもアルセラだ。アルセラは治療室で魔力を回復させてから来るらしい。
「それをわざわざ伝えにきてくれたの? 優しいねぇ」
「つ、ついでですわ! 誰が貴女なんかに優しくするものですか! まったく、勘違いしないでくださいまし!」
はいはいテンプレ乙。そしてツンデレ乙。昔やってたMMORPGでもこーゆーキャラ演じている人いたなぁ。
「それで、何の用?」
「──お父様に向かって生意気な口を叩いたようですわね」
コミカルな雰囲気から一転、レティシエントは怒りのこもった目で私を睨んだ。
「わたくしたちのやり方を否定する? 貴女にわたくしたちの何がわかりますの?」
「わかるわけないでしょ、そんなの」
推測はできたけどね。
「私はただ純粋にフォーン伯爵のやり方が気に食わないだけ。だからぶっ壊すの、あなたごと」
「貴女ごときではヒビ一ついれられませんわ」
「どうだろう。嫌がる娘に無理やり剣を持たせるような親と、父の思想を継いで弱者を罪人扱いする娘だから、元々壊れかけなんじゃないかなぁ」
「ふざけたことを!」
「何もふざけちゃいないよ。ならあなたは、伯爵領の人々がなんらかの危機に晒されたとき、弱さは罪だと言って見捨てるの? だったら貴族なんていらなくない?」
「それは……っ!」
そう、最初から破綻している。
貴族は弱き領民を守るからこそ貴族として認められるのだ。生まれの良さばかり主張して悪政を敷けば、いずれ革命や反逆といった形で淘汰される。
フォーン親子の言い分は他ならぬ自身への否定なのだ。
「私にはあなたたちがその考えに囚われすぎているように見える。本来のあなたたちはもっと冷静で理知的なんじゃないかな? 町の様子を見ればなんとなく想像つくよ。だってかなり治安がいいもん」
「…………」
急に褒められてどう返したらいいかわからないって顔だ。
でしたら、わかりやすく挑発してあげますよ。
「そんな状態で私に勝てると思ってんの? ──舐めるな、三下」
「さんっ……!?」
「想いの濁りは剣を鈍らせるんだよ。私は今のあなたを敵とすら思っていない」
「……口が達者なのもそこまでいけば立派ですわ」
レティシエントは腰の横で固めた両拳を震わせ、
「いいでしょう。次の第三予選でわたくしの力を見せつけて差し上げます。果たしてそのあとに同じセリフを吐けるのかしら! お覚悟あそばせ! おーほっほっほ!」
まるっきり悪役令嬢みたいな高笑いをして、颯爽とこの場を去っていった。
うーん、やっぱり無理してるなぁ。
なんかレティシエントらしさみたいなものが見えてこないというか、フォーン伯爵家の一人娘をがんばって演じているというか……。
いや、事実そうだから何も間違いじゃないんだけどさ。
お父様が望む通りのわたくしでいなくちゃ!
わたくしを産んで亡くなったお母様のためにも強いわたくしでいなくちゃ!
そんな強迫観念に駆られているっぽく見えるんだよね。
なんにせよ、こんな状況ではまともな精神状態を保てないだろう。
だってまだ11歳だぞ? 日本で言うなら小学校高学年だ。
親の期待じゃなくてランドセルでも背負っとけ!
……ちょっと上手いこと言ったな、私。
「ライカ殿。あれは素のお嬢様です。笑わないであげてくだされ」
「え? あ、はい、すみません」
意識の範囲外から叱られて反射的に謝ってしまった。別にレティシエントのことを笑ったわけじゃないんだけど、私もまだまだ性根は日本人ということか。しっかりしろライカ。リカはとっくに死んだんだぞ。
ってゆーか素なのか、あれ……。まあ言われてみれば確かに心なしか楽しそうだったような気がする。仏頂面と嘲笑と怒り顔のイメージしかなかったから気づかなかった。騎士団長さんは本来のレティシエントを知っているから私を咎めたんだな。
「弱さは罪だー、なんて悪ぶっちゃってさ。レティシエントって子供らしくないですよね」
「ライカ殿が言えた義理ではございませぬ」
「あっ、ハイ。すみません」
またもや私の中に残る日本人が顔を出したところで、今度こそアルセラが入ってきた。
「ライカ! 第二予選、突破しましたよ!」
「アルセラぁ! 見てた見てた! すごかったね! いや、エグかったね! 実戦だったら何人か殺してるよ!」
「ありがとうございます! ……って喜んでいいんですかね、その褒め方」
「いいんじゃない? 試合場にかかってる魔法のおかげで誰も死んでないんだからさ」
「だとしても不謹慎というか……。まあライカだからしょうがないですね。ここは素直に受け取っておきます」
「──私とのときは、もっとすごいのを期待してるから」
「っ」
アルセラが私に気圧されて息を呑む。しかし、すぐに好戦的な笑みを作る。
「上等です。こうして馴れ合ったからといって手を抜くような真似はしませんのでご心配なく」
「そっか。それなら残りの予選は仲良く観てても大丈夫そうだね。……ん? 何それ?」
アルセラの手にはフラスコっぽい容器が握られていた。中には透明な青い液体が半分くらいまで入っている。あんまり飲みたいと思うような代物ではない。
「魔力を回復させるポーションです。さっき治療室でもらったんですけど、味が苦手なので試合を観ながらちびちび飲もうと思いまして」
「へぇー」
結構魔法を使ってたけど、これ一本で補えるものなんだなぁ。見た目よりも遥かに高価だったりして。
「ちょっとだけくれない? 味知りたい」
「どうぞ」
アルセラからポーションを受け取る。容器は思ったよりも分厚く、普通に落としただけでは割れなさそうだ。栓を開けると薬っぽいクセのある匂いが漂ってくる。んー、どこかで嗅いだことがあるような……。
まあいっか。とりあえず一口いただきます。
うえっ、まっず。
「……ん?」
でも味にも覚えがあるぞ。なんだっけ。
あっ、わかった!
長時間放置して炭酸が抜けた上にぬるくなったエナドリだ!
そう思うと案外抵抗なく飲める! 社会人時代はよくお世話になってたからね!
まさかこんなところで世界を超えた懐かしさに出会うとは。今日は日本のことをよく思い出す日だ。
「あっ、そういえば直接口つけちゃったけど平気だった? 間接キスとか気にするタイプ?」
「かん、せっ……!?」
それを言った瞬間、ぼひゅん、とアルセラの脳天から湯気が噴き出た。
あちゃー、やっちまったなこれは。上手いこと口をつけないように飲むんだった。やっぱり人がどこでどう怒るかとかわかんねーわ私。
「ごめんね。私、治療室行って新しいのもらってくるよ」
「だだだだいじょうぶです! このままでいいれす!」
「噛むくらい怒ってんじゃん。このあと戦うかもしれないんだから遠慮しなくていいって」
これが原因で全力を出せませんでした、とかになったら悔やんでも悔やみきれぬのだよ、私は。
しかし、アルセラは落ち着くどころか耳まで真っ赤にして、
「いいです! このままにしといてください! 私はこれがいいんです!」
そう言って私の手からポーションを奪い返した。
やっぱ怒ってんじゃん。
「そ、それよりここにくる途中、レティシエント様とすれ違って、スゴい目で睨まれました。何かあったんですか?」
露骨な話題変更。わりとアルセラの十八番な気がする。
「ああ、フォーン伯爵に喧嘩売ったんだけど、それが本当かレティシエントが確認しにきたんだ。だから言い負かして追い返した」
「喧嘩、えっ……? 色々と馬鹿なんですかあなたは!?」
「生憎と剣のことしか頭にないもんで」
一時期はMMORPGにどっぷり浸かっていた私のレスバ力を舐めたらアカン。11歳の少女なんてただのサンドバックや。それにレティシエントは反応がいいからついつい言いすぎちゃうんだよね。
「ライカ、今後はちゃんとした社会常識を身に付けましょう。私が教えますから……」
「なんでそんな生温かい目で見るの」
まるで私が常識知らずのダメ人間みたいじゃないか。違うぞ。勉強したから貴族制度のことは知っている。その上で自分の価値観を貫いているんだ!
ん? もしかして余計にタチが悪い?
「……お二人とも、間もなく第三予選が始まります」
アルセラがきて以来、ずっとしゃべらなかった騎士団長さんがくぐもった小声で教えてくれた。
「レティシエントの力が見られるかもしれない。窓際に行こう、アルセラ」
「はい」
私とアルセラは並んで立った。
アルセラがポーションの飲み口部分をじーっと熱心に見つめ、意を決した表情でごくわずかにあおる。すると、美味しいのか不味いのかよくわからない表情になった。
「飲み切るのに時間がかかりそうです。少し試合が長引いてくれるといいのですが」
「第一予選も第二予選も早めに終わっちゃったし、もしこの試合もそうなったら運営側は大変だろうね、スケジュールが崩れちゃって」
「ですね。なのでゆっくり味わうとします。……ラ、ライカのエナジー入りですし」
さっき私が飲んだことを言ってるのか? またまた、大袈裟な。
「魔力の回復量とか別に増えないと思うよ」
「いやぁ、このポーションからしか摂取できない栄養分があるというか。あっ、第三予選の参加者が出てきましたよ」
アルセラお得意の話題変更により、私は試合場を見下ろした。
レティシエントがどこにいるかはすぐにわかった。金色の髪と真っ赤なドレスが一際目立っていたからだ。
戦場に降り立った彼女は、長い髪をポニーテールにしてまとめ、ドレスの上に銀色の胸当てと籠手と脛当てを装備している。異なる素材を重ねているが、特に不自然な印象は受けなかった。どうやらあのドレスはああして甲冑と組み合わせることが前提の衣装だったようだ。
武器は持っていない。だが、〈剣王〉を目指す人間が剣を持っていないなどありえない。私の《無限収納》みたいなスキル、もしくはそれに近しい効果を持つアイテムでどこかに隠し持っているのだろう。
『さあ、第三予選の時間がやってまいりました! 第一予選、第二予選では無名の少女たちが大活躍しましたね! しかし、この第三予選では皆さまご存知我らが姫様、『金色の竜王妃』の二つ名を持つレティシエント・マリー・フォーン様が参加しております!』
コニマちゃんのアナウンスに、観客席からはこれまでにない大歓声があがった。この〈フォーン〉においてレティシエントは相当な人気者らしい。
『弱冠11歳にして〈剣豪〉への格上げを目前としているレティシエント様はまさに天才少女と言えるでしょう! その小さな身体から放たれる《飛竜剣技》の威力は年々磨きがかかっているとのことです! 第一予選ではライカ選手が圧倒的な強さで周りの戦意を奪い、第二予選ではアルセラ選手が見事な立ち回りで周りを疲弊させ、勝利を我がものとしました。そんな二人に対し、レティシエント様はどんな戦いを見せてくれるのか? 皆さんも楽しみですよねー!?」
ウォオオオォオオオオオ!!
またもや大歓声。レティシエントはそれを一身に浴びているというのにかすかな動揺すら見せない。この光景が当たり前だと言わんばかりに堂々さとその場で仁王立ちしている。
「弱さは罪だ、なんて言ってるわりにすごい人気ですね」
「あれは本心じゃないんだよ。それをみんなわかってるからこんなに愛されてるんだと思う」
「ライカは何か知っているのですか?」
「まあね。詳しくは大会が終わったあとに話すよ」
他人の家庭事情なんてベラベラ話すようなもんじゃないしね。
「わかりました」
アルセラは特に言及することなく素直に頷いてくれた。
『ではでは早速行ってみましょう! 戦いを制するのはレティシエント様か、それ以外か! まばたき厳禁の第三予選──スタートぅ!』
そうして始まった第三予選は。
一瞬で、終わった。




