ライカはアルセラの勝利を見届けた!
窓の外の試合場では第二予選が始まろうとしている。
そこにはアルセラの姿があり、私はさっきの自分を俯瞰しているような気分になった。周りがやっぱりおじさんだらけだったからだ。
女性の参加者って私たち以外にはいないのかな? 同性ながらよくわからないけど、考えてみたら名誉とかにはあまり関心がないように思える。その代わりお金や美容にうるさくて、名誉が欲しい女性は彼氏や夫の肩書きで補うイメージだ。男性俳優の彼女とか、医者の妻とか。
まあ、闘技大会に出ても優勝者はただ一人だ。こんなむさ苦しい空間に飛び込んでまで目立ちたがる人自体が少ないんだろうな。逆説的にこの大会に出るような人は目立ちたがりな一面があるんだろう。ミルフィーユちゃん然り、ヒゲハゲコンビ然り。
『さぁさ皆様、お待たせしました! そろそろ第二予選の始まりです! いやー、第一予選はライカ選手が見事な暴れっぷりを見せてくれましたね! 第二予選にもライカ選手と同い年の女の子が参加しています! 白いローブの双剣使い、アルセラ選手です!』
コニマちゃんの解説で会場中の視線がアルセラに集まった……ように見える。アルセラは気恥ずかしそうにお澄まし顔を作っていた。なんかごめんね、私のせいで。
『しかもしかも! なんとアルセラ選手はライカ選手とライバル関係にあるそうです! これはアルセラ選手の実力にも期待できますね! もちろん他の参加者さんも存分に力を見せつけてください! 私ことコニマちゃんを含め、観客たちは一生忘れられないような激しい戦いを望んでおります!』
実況というか煽りが上手いなぁコニマちゃん。いったいどんな女性なんだろう? 声しか出てこないから見た目や年齢は想像の域を出ない。でも、なんとなく未成年な気がする。前世基準で。
『みなさん準備はよろしいですね? それではフォーン闘技大会第二予選──スタートです!』
参加者たちが一斉に動き出す。私はもちろんアルセラに注目する。白いローブと桃色の髪は遠目でもよく目立った。周りと比べて、その身体の小ささも。
アルセラは私のようにいきなり突撃することはしなかった。周囲との距離を絶妙に保ちつつ、全体の様子を観察している。
アルセラの長所は多勢を相手に一時間も戦い続けられるスタミナだ。正確にはスタミナ管理能力というべきか。こうしてじっくり眺めることでわかったが、アルセラの動きは私から見ても非常に無駄が少なく、移動ルートの選択や体重移動の効率が素晴らしく良い。
反面、瞬間火力には乏しいはずだ。大技を使うにしても隙が大きすぎる。魔剣を起動して誰か一人を倒したとしても次の相手に襲われれば詰む。
何かしら火力を出すための方法があるとは思うが……。今はひとまずターゲットを絞る段階なのだろう。動き回りながら倒せそうな相手を見定めておき、戦闘終了直後に漁夫の利を狙う。そんな戦闘スタイルは低火力高スタミナのアルセラにはぴったりだ。
アルセラの狙い通り、周りの参加者はみんなアルセラに対して手を出せていなかった。
それどころか徐々に疲弊しているように見えた。
アルセラの誘導が巧みすぎるのだ。攻めるにしては遠く、見逃すにしては近い。たまたま射程内に入ったと思えば攻撃後の隙を突かれやすい位置に他の敵がいる。ヒゲハゲコンビのように徒党を組んでいる人たちはたまに同士討ちを起こしていた。
結果、アルセラは未だ一度も攻撃せず全体を削っていく。
強いというより上手いだな、今のところは。
「……アルセラ殿も、ライカ殿とはまた違った種類の天才ですな」
騎士団長も同じ意見らしい。そうだぞ、アルセラはすごいんだぞ。顔も良いし。特に戦ってるときの横顔がイイ。
「まだまだこんなものじゃないですよ」
さあ、もっと見せてよ、あなたの戦いを。
あ、そういえばアルセラは第一予選を観てたんだろうか? ……まあ、たぶん観てたよね。マイク代わりの魔法があるんだ、モニター代わりの魔法があったっておかしくない。だから私がここでアルセラを観察してても不公平にはならないはずだ。そういうことにしておこう。
「……最初の脱落者が出ましたな」
「ここからですね。試合の流れが変わります」
予告通り、ようやくアルセラが狙われ出した。しかしその参加者はすでに満身創痍でHPバーが赤色って感じだ。そんな状態でほぼ全快のアルセラに挑んでも勝てるわけがなく、一人、二人、三人と次々に脱落者が増えていった。
気づけば残り人数は半分だ。
「……展開が早い」
「そうなんですか?」
「……あの視野の広さと立ち回りは即戦力級です。今からフォーン騎士団に入ればすぐにでも最前線で活躍できるでしょう。場数を踏めば指揮官としての成長も期待できます」
「確かに! アルセラは美人でカリスマ性もあるから指揮官が似合いますね! 馬は白がいいと思います!
白馬に乗って大軍を率いるアルセラ……。
うん、すごくかっこいい!
もしそうなったら私は切り込み隊長をやりたいな! 自分で育てた部下を引き連れてさ!
だけど、今見たいのは1対1で戦ったときの戦闘力だ。
人数も減ってきたことだし、そろそろ誰かアルセラと一騎討ちしてくれないかな?
私がそんなふうに願っていると、ちょうど大剣を肩に担いだ大男がアルセラの前に立ちはだかった。攻撃力も防御力も高そうな、アルセラとは真逆のタイプである。
周りに人はいない。妨害は入らず、一騎討ちは避けられないだろう。
大剣の大男を前にアルセラが初めて足を止め、双剣を構えた。
「やっとか」
「……相性的には不利に見えます」
「ここをどう突破するのか楽しみですね」
アルセラはどんな戦い方を見せてくれるのかな? 私は食い入るようにアルセラを見つめ、ほんの少しも見逃すまいと集中力を高めた。
──アルセラが前に出た。
大男が大剣を横薙ぎに振るう。
アルセラはそれをしゃがみ込んで躱し、一旦後ろに跳ぶ。
さては今ので間合いを測ったな?
もう一度アルセラが前進した。
大男は返す刃でもう一度横に薙ぐ。
するとアルセラは途中で急ブレーキをかけた。大剣の切っ先はギリギリのところで当たらなかった。やはりたった一度の攻撃で完璧に間合いを把握したようだ。微動だにしていなかった。
観客席がドッと沸く。
やがて、アルセラコールが始まる。
観客の中には、1対1では戦えないからコソコソと逃げ回っているんだ、とアルセラの戦い方に否定的な者もいただろう。
それをアルセラは一瞬で覆したのだ。盛り上がらないはずがない。
「判断力もそうですが、あの度胸が素晴らしいですなっ」
騎士団長も興奮気味だ。ってかこの人、二人だと結構口数が多いな。大勢で話すのは苦手なんだろう。
「でも有効打を与えられなきゃ勝てませんよ」
アルセラは何度も振るわれる大剣を易々と躱して詰めていく。
あと少しでアルセラの剣が届く範囲だ。あの感じだと普通に斬っても耐えられて後隙を狩られるぞ。どうするつもりだ、アルセラ。
「……なんと!?」
「マジか……」
その答えは──想像を上回っていた。
一連の動作が速すぎて観客には何が起こったかよくわからなかっただろう。
まず、アルセラは剣に水属性を付与して大男の顔面にそれをぶつけた。大男は痛みに襲われただけでなく目・鼻・口に水が入り、顔を手で覆うようにして怯んだ。
アルセラはそこへもう一本の剣で炎を浴びせた。目を閉じた状態からの熱波に大男は混乱し、炎を振り払おうと大剣を薙いだ。
大男の姿勢が大きく崩れたところで、アルセラはさらに属性を切り替えて背後に移動。剣には風属性が宿っているように見えた。風属性にはたぶん移動速度を上げたり足音を消したりする効果があるんだろう。
かくして完璧に後ろを取り、身体をひねりながらジャンプして大男の無防備な頸椎に二本の剣を叩きつける。大男からすれば突然首の後ろに衝撃がきた形だ。大男は前のめりに倒れる。
さらに──これがエグかった。
大男の顔面が地面につく瞬間、突如として石の柱が伸び、大男の喉に刺さったのだ。明らかに土属性魔法だった。
アルセラはそれでも手を緩めず、もう一度頸椎めがけて剣を振り下ろす。
さながら断頭台だ。上と下から挟まれるように急所への攻撃を受けた大男は、それきりピクリとも動かなくなった。
全てが一瞬のうちに終わった。
アルセラは自らの手で倒した大男を、絶対零度の無表情で見下ろしていた。
「はぁ〜……怖ぇえ……」
刹那の判断による攻撃の組み立て。ユニークスキル《四元使い》をフル活用した独特な戦法。そして何よりも、あの容赦のなさが普段のアルセラと違いすぎて恐怖を覚えた。
今のコンボを自分が受けたら……。想像すると、ゾッとする。きっとめちゃくちゃ痛いんだろうな。それに私と戦うときはもっと複雑かつ多様なコンボを使ってくるに違いない。属性の切り替えが速すぎてまったくと言っていいほど隙がなかったもん。あんなのどうにだってできるよ。
「……火力の低さは攻撃のバリエーションで補うというわけですか。あれくらいの少女に恐怖を覚えたのはこれで二度目です」
「ん? 一度目は?」
「……あなたですよ、ライカ殿。第一予選ではこれっぽっちも本気を出していなかったでしょう?」
「ああ、そういうことですか。そうですね。私もまだまだ力を隠してますよ。本気を見せるのはアルセラかレティシエントと戦うときだけです」
「……お嬢様、ライカ殿、アルセラ殿。天才はいるものですな。いささか悔しいですが」
「その気持ちがあるなら騎士団長さんも今よりずっと強くなれると思います。この町にきて確信を得ましたが、ほとんどの人たちはレベルを上げることしか頭にありません。でも、私たち三人はレベルとは無関係の努力を積んできました。言い換えれば、努力さえすれば誰でもレベル以上に強くなれるんですよ」
「……そんな気は薄々していました。確かにレベルを上げれば早く強くなれますが、ある程度のところで打ち止めになってしまう。が、大抵の人はそこで満足するのです。恥ずかしながら、この私も」
騎士団長はわずかにうつむく。
「……天才という言葉は、地道な努力を続けられる人に対して使うべきなのかもしれませんね」
その定義で言うなら、私たちは間違いなく天才だ。
しかし同時に異常者でもあるだろう。
この世界で強くなろうと思ったら魔物を倒してレベルを上げるのが一般的だ。あるいは、魔装のような強い武器を手に入れるのが手っ取り早い。
そんな環境の中、私たちは途方もない時間をかけて厳しく己を鍛え上げてきた。自傷まがいの過酷な修行など世間一般の感覚からすれば常識に反する異常行為と取られてもおかしくはない。
それは苦しいだけで、あまりに非効率的だから。
でも、所詮はレベルなど後付けのパワーアップに過ぎないと思う。
まず本人の基礎的な身体能力があり、そこにステータス補正がかかる。総合的な強さはレベルとして表示される。
一方で、プレイヤースキルに関しては何ら影響がない。反応速度が上がったりはするけれど、さっきのアルセラみたいに攻撃の組み立てが急に上手くなったりはしない。
だから結局は工夫次第だ。あらゆる要素を活用すればステータスの差なんてわりとカンタンに覆せちゃうのだ。その手段の一部として武器やスキルが存在するんだ。
それを理解し、努力すれば、誰であろうとレベル以上の強さを手にすることができる。何も私たちだけが特別なわけじゃない。
まあ、騎士団長さんの言う通り、普通の人は地道な努力を続けること自体が難しいのかもしれないけど。すると〈ノホルン〉で剣の腕を磨き続けていたお父さんも天才の一人ということになるね。なんか誇らしいや。
アルセラがまた一人、敵を倒した。魔装による炎の鞭を風魔法で巻き上げ、ガラ空きになった本体を石の柱で打ち抜く。攻撃はみぞおちにクリーンヒットし、一発で意識を刈り取った。
今の人も惜しいよな。動きながら攻撃するとか、フェイントを交えるとか、いくらでもやりようはあったはずだ。だけどレベルさえ高ければゴリ押しできるという考えに染まっているからどう当てるかに意識が向いていない。結果、馬鹿正直に正面から仕掛け、アルセラの反撃をくらった。嘆かわしい。
「これはもうアルセラの勝ちで決まりですね」
「……ええ、この状況では一矢報いることも叶わないでしょう」
私と騎士団長さんの予想は少しも外れず、程なくしてアルセラの勝利がアナウンスされた。
『な、ななななんということでしょう! またもや勝ち残ったのは小さな女の子です! アルセラ選手、第二予選を見事な快進撃で突破! ライカ選手同様、一切ダメージを受けることはありませんでした! 皆さん、盛大な拍手をお願いします!』
アルセラはまた気恥ずかしそうにしながら観客席に向かって何度も頭を下げていた。
その後、第三予選のための小休憩が設けられ、第二予選組は試合場を後にした。
勝者であるアルセラはこの部屋に来るはずだ。私はアルセラに贈る賞賛の言葉を考えながら彼女の来訪を待った。
しばらくして、廊下から一人分の足音が聞こえ、ドアが勢いよく開かれた。
「失礼しますわ!」
なぜかレティシエントが現れた。
え? アルセラは?




