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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第二章 伯爵の町〈フォーン〉での闘技大会編
19/37

ライカはフォーン親子の事情を知った!

フォーン伯爵のことを途中からずっとガルバディア伯爵と書いていたので修正しました(9/15)

 予選通過者は控え室には戻らず別室に案内されるようだ。騎士の先導で辿り着いたのは、壁一面に張られた窓から試合場を一望できる関係者用の迎賓室らしき部屋。


 中には老執事のセバスさんと騎士団長がいて、その真ん中に貴族服を着た強面のおじさんが立っていた。立派にたくわえられた髭は先ほどのヒゲのおじさんとは大違い。なんだかすごく偉そうに見える。


 いや、実際に偉いのだろう。状況から考えて彼こそがこの〈フォーン〉を治める領主にして闘技大会の主催者、ガルバディア・フォーン伯爵だ。


 フォーン伯爵は白髪混じりの頭髪をオールバックにしており、笑うことを知らなさそうな顔つきで鋭く私に眼光を飛ばしている。気の弱い人なら前に立つだけで失神してしまいそうな迫力である。


「予選突破おめでとう。ライカといったかね」


 雷鳴のような厳つい声だ。私はその場に跪き、こうべを垂れる。


「はい。〈ノホルン〉のライカです。そちらはガルバディア・フォーン伯爵ですね? お会いできて光栄です」


「ほう、聞いていた話と違うな。そのような社交辞令を述べられるとは」


「我が恩師の教育の賜物です」


 いや、前世の社会人経験とネット小説で読んだ内容をノリで合体させてるだけなんだけどね。貴族に対する礼儀作法なんてエイダおばあちゃんからは習ってませーん。


「先ほどの戦いは見事であった。レベルはいくつだ?」


「9です」


「一桁台か……。また恐ろしい才能が現れたものだな」


「ご息女様には及ばないのでは?」


「レティか。アレはまだまだ研鑽が足りん」


 レティシエント、家族にはレティって呼ばれてるんだね。


「そこにいるセバス殿も申しておりました。レティシエント様は今大会で優勝すること間違いなしの天才だと」


「ライカ様、お戯れを」


 セバスさんは気まずそうに困り眉を作る。


「確かに世間からはそのような評判を受けているが、アレにはもっと上の領域に行ってもらわねばならない。そう……〈剣聖〉だった我が妻、マリアンヌのように」


「〈剣聖〉だった(・・・)?」


 なぜ過去形なんだ? ジョブは降格することもあるのだろうか?


「奥様はレティシエント様をお産みになられた際に亡くなっているのです」


 私の思案を読み取ったのか、セバスさんが答えた。


「アレには母を超える才能がある。しかし、どんな原石も磨かねばただの石ころだ。そなたは確かに優秀な剣士だ。ゆえに我が娘の踏み台となってもらおう」


「ふぅん……」


 つまり私のほうが下だと。親子揃って似たようなことを言いやがる。私は闘争本能を隠す気を失い、身体を起こしてガルバディア伯爵の目をまっすぐに見返す。


「あなた方には悪いですが、私、勝ちますよ?」


「ライカ様!」


「よい、下がっておれセバス」


 無礼は承知の上。剣士にはそれでも引けない時がある。不敬な私を庇おうとしてくれてありがとね、セバスさん。


「大した自信だ。その根拠はなんだ?」


「私が剣を命懸けで愛しているからです。何よりも愛しているからこそ、剣では誰にも負けるつもりはありません。ほら、よく言うでしょう? 最後には必ず愛が勝つって。だから私が勝ちます。たとえあの子がどんな天才であっても」


「仮にも伯爵を前にしてそこまでの啖呵を切れるとはな」


「剣の世界には〝誰が一番強いか〟しかないですからねぇ。ガルバディア伯爵も強さを重んじる方とうかがっておりますが」


「いかにも。強さこそ正義。強さこそ絶対。逆に弱さは罪である。弱ければ何も守れず、ただ失うだけなのだから」


 なるほど、だんだんわかってきたぞ。


 レティシエントの偏った思想はフォーン伯爵が原因だ。


 一旦整理しよう。


 フォーン伯爵は、娘であるレティシエントに、妻であり〈剣聖〉だったマリアンヌと同等の強さを求めている。


 その理由はおそらく──マリアンヌがレティシエントを産んだ際に亡くなったからだ。


 当時のガルバディア伯爵が夫としては精神的に、伯爵としては戦力的に大きな喪失を味わったことは想像にかたくない。


 一方、レティシエント自身は母の死に対し、強烈な罪悪感を覚えているのではないだろうか。


 母は自分を産むために死んだ。そんな母に報いるため、ミドルネームに〝マリアンヌ〟を崩した〝マリー〟を名乗り、〈剣王〉となって母を超えることで、生まれた意味を証明しようとしている。


 あくまで私の推理でしかないが、これならあの子の〝〈剣王〉にならなくてはいけない〟という発言にも繋がる。


 レティシエント・マリー・フォーンにとって、〈剣王〉とは憧れの象徴ではなく、罪の象徴なのだ。


 そんな我が子を父も後押ししている、と。


 ……性格歪むわ、こんなの!


 どうかハズレであってほしいよ! なんだこれ! アルセラといいレティシエントといい重い過去を持った奴ばっかじゃないか!


 あ、それを言うなら私もか。一種の虐待を受けて育った上に通り魔に刺されて死んだんだから。


 もしかして剣の才能と酷い境遇は比例する……? いやいやいやいや、ありえん、ありえんよそれはァ。


「ライカ様?」


「あ、いえ、なんでもないです」


 セバスさんの声で思考の海から這い上がる。レティシエントに本気を出してもらうため、ここは探りを入れておこう。


「その強さへの信仰は、奥様の死と何か関係があるんですか?」


「……貴様にそれを語る理由があると思うか?」


 ですよねー。すみませんっした!


 でもねぇ、私の推理が正しいとしたら、レティシエントは純粋に剣が好きってことにはならないんだよねぇ。


 父からの期待、母への贖罪、そういうのがあってもいいけど、一番肝心な本人の気持ちが欠けていたら真の実力は発揮されないんだよ。


 それじゃあ戦う意味がない。


 私は本気のレティシエントと戦いたい。


 ゆえに、踏み込む。


「レティシエント様はあなたのように弱さを罪と捉えていました。そして、自分は〈剣王〉にならなくてはいけないのだ、とも」


「何の話だ?」


 まだるっこしい言い方は無理だ。正面からぶった斬る。


「レティシエント様の〈剣王〉を目指すという目標は、本当に彼女自身が望んだことなのでしょうか?」


「──はっ、何を言い出すかと思えば」


 フォーン伯爵は一笑に付す。


「アレは亡き母に代わって〈剣聖〉を超えねばならんのだ。ならば〈剣王〉を目指すことは至極当然の結論であろう」


「亡き母に代わって、とおっしゃいましたね。それもレティシエント様自身が言ったのですか?」


「いいや、私がそうするように言った。妻が死んだ理由を話すとアレはすぐに決意してくれたよ」


「……剣の修行を嫌がったりしませんでした?」


「最初のうちはな。つらいのは嫌だ、剣なんかもう握りたくないと泣き喚いておった。だが、毎日説得していたらある日急に物分かりがよくなったぞ。フォーン家の人間としての自覚が芽生えたのであろう」


「そう、ですか」


 あは、あはははは。


 予想以上に──ああ、予想以上だ。かえって笑える。


 駄目だ、こいつ殺そう。


 自分の娘をいったいなんだと思っているんだ? 説得した? 洗脳したの間違いだろうが。


 母親という逃げ場を生まれた瞬間に失い、それを自分のせいだと罪悪感を背負う子供に、無理やり剣を持たせたんだろ?


 違う。そんなのは違う。自分で選んだとは言わない。そうするしか心の安寧を保てなかっただけだ。レティシエントには他の選択肢なんてなかったはずだ。


 今の話を聞いてわかったよ。


 レティシエントの弱者への当たりの強さは、彼女自身の悲鳴の大きさだ。


 彼女は生きることを許してもらうために〈剣王〉を目指している。


 だから、〈剣王〉になりたいのではなく、ならなければいけないと言ったのだ。


 おい、ガルバディア・フォーン。


 まだ口には出さないが、教えてやるよ。


 それは虐待だ。


 レティシエントの心に目を向けず、自分の思うがままに彼女を育てるのは楽しいか?


「なぁ、この問答に何の意味がある? なぜ私は今日会ったばかりの小娘にあれこれ聞かれなくてはならんのだ?」


「ライカ様、そろそろ……」


 セバスさんは私を止めつつも悲しそうな顔をしていた。この人はわかってるんだ。レティシエントが無理してるって。騎士団長も相変わらず無口だが、心なしかガルバディア伯爵から目を逸らしているように見える。


「意味はあります。お答えいただきありがとうございました」


「……なんだその反抗的な目つきは。他に言いたいことがあるなら言ってみよ」


 こういうことにだけは鋭いのか。救えねぇな。


「では、一つだけ」


 私は顔の横に人差し指を立て、そしてフォーン伯爵の鼻先に向けた。


「私は試合を通してあなたたち親子のやり方を否定します。強迫観念で剣を振るような子が、命懸けで剣を愛する私に敵うはずがない。信念なき剣では──私は斬れない」


 フォーン伯爵は、意外にも冷静な面持ちで私を見つめ、ふっと息を吐いた。


 それから私の横を通り過ぎ、ドアの前で立ち止まる。


「前言撤回しよう。貴様は聞いていた通りの人物だ。傍若無人の剣狂い。身体はまだ幼いものの、すでにその精神は人間の域になく、平民の身でありながら伯爵である私に(ゆび)を向けている」


「〈剣王〉を超えた〈剣神〉を目指してますので。いちいち人間らしい感傷になどつまずいていられないのですよ」


「とても11歳の少女の発言とは思えんな。だが、その比類なき向上心は気に入った。望むなら褒美を取らせるが?」


「いりません。でも、優勝したら王立学院への推薦状を書いてください」


「わっはっは! これだけわかりやすく喧嘩を売っておきながら望みがそれとはな! 理解しておるのか? 私から推薦状をもらうということは、一年間フォーン伯爵家で暮らすということなのだぞ?」


「弱いことが罪だというなら、強いことは免罪符になるはずです。そもそも強けりゃ文句なんてないんでしょう、あなたは」


「違いない。いやはや面白い。いっそ私の養子にならんか? レティの妹ということにしてやろう」


 ふざけんな、この野郎。


「私に渡すほど親の愛が余ってるなら──全部あの子に渡してやれ!」


「……そうだな。それに関しては、全面的に貴様が正しい」


 言いたいことは言った。


 あとは勝って認めさせるだけだ。


 私はフォーン伯爵に育てられたレティシエントを圧倒し、その支配から解き放つ。


 そして、真の自分を見出したレティシエントと真っ向から勝負する。


 洗脳なんかじゃ本当の親子愛には敵わないってことを、あのバカ親父に見せつけてやる。


「私がいては落ち着かんだろう。騎士団長、ここは任せたぞ」


「はっ!」


 騎士団長がキレのある敬礼をした。


「別に出て行けとは言ってないですよ?」


「ここよりもっといい部屋があるのだ。私はそちらで高みの見物とさせてもらう。──我が娘に勝てるものなら勝ってみろ、田舎娘が」


 最後に怒気を垣間見せ、フォーン伯爵は部屋を出て行った。


「私もこれで失礼します、ライカ様」


 そのあとをセバスさんが追った。


 部屋には、私と無口な騎士団長の二人が残る。


「……ライカ殿、ありがとうございます」


「うわっ、しゃべった!?」


「……私も生きた人間なのだから言葉くらいしゃべります」


「そ、そうですよね。あはは、ごめんなさい」


 でも急に話しかけられたらびっくりするよ。騎士団長さん、もっと自分のキャラを理解して?


「で、何に対してお礼なんです?」


「……お嬢様について言及してくださったことです」


 ああ、そういうことっすか。


「私が本気のレティシエント様と戦いたかっただけですよ。つまるところは何もかも自分のためです」


「……それでも、お嬢様の苦しみに目を向けてくださる方は今まで一人も現れませんでした」


 騎士団長は小刻みに震え出す。


「……お嬢様はマリアンヌ様の死を自分の責任だとお思いです。どうかその呪縛から彼女を解き放ってあげてください。お嬢様は……あの子は本来、もっと明るくて優しい性格なのです……!」


 彼の素顔はアーメットヘルムに覆われている。なのでどんな表情を浮かべているのかは窺い知ることができない。


 だが、声色は明らかだった。


 悲しみ。嘆き。後悔。


 そういった感情がはっきりと読み取れる。


『人の営みとは複雑なものだな……』


 そうだね、クロウ。


 私もそう思う。


 だけど私のやることは何一つ変わらない。


 ここにあらためて宣言しよう。


「彼女の剣がどれほどのモノなのか。私が気にしてるのはそれだけです」


 そのために。


 私は本来のレティシエントを暴く。

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