ライカは予選を圧倒的な強さで通過した!
いきなり飛び出した私に釣られてヒゲハゲコンビが前に出てきた。手にする獲物はヒゲが槍……というよりは青龍偃月刀に似た長物で、ハゲが爪のついた手甲だ。推定レベルは22前後。外見通りならヒゲがパワータイプでハゲがスピードタイプだ。
「けっ、早速出てきやがったか!」
「約束を守ってくれて嬉しいよ、お嬢ちゃん」
ヒゲハゲコンビは武器を構える。私もクロウを縦に構え、その戦闘意欲に応じる。
「どっちからやりますか? 私はどっちでもいいですよ!」
なんなら二人同時でもね!
「そう慌てるなよ。試合はまだ始まったばかりだ。大会初心者の君にはこの試合の特別ルールを教えてやろう」
「特別ルールぅ?」
そんなの説明されてたっけ?
「知らないってことは、てめぇ相当な田舎者だな!」
うるせぇやい。そっちこそヒゲのくせに。
「各地の伯爵領で開かれる闘技大会の試合場には特殊な魔法が仕込まれている。それは〝いかなる武器・戦技・魔法を使おうと致命傷には至らず、痛みだけがその身を襲う〟というものだ。これがどういうことか、わかるか?」
「どんなに戦っても死なないってことでしょ?」
「そうだ。そして──」
ハゲがニヤリと笑った。
「対戦相手をどんなに苦しもうと、外からでは止めようがないということだ! 行くぞ、兄弟!」
「おうよ!」
二人が同時に突撃してきた。やっぱりそういうことするよね、あんたたちみたいのは。
しかし、いいことを聞いたな。この試合場では傷を負わない。致命傷すらも痛みにのみ変換される。なんて修行向きな魔法なんだ。是非とも使い手を紹介してほしい。
ヒゲハゲコンビは二人がかりで世間知らずな私を痛めつけたいようだ。観客席が大きくどよめき、私を応援する声がある一方で、「やっちまえ!」と野次を飛ばす声も聞こえた。
その声、塗り替えてやろう。
『気功剣技』の奥義を使うまでもない。接近し、がむしゃらに武器を振ってくるヒゲハゲコンビの攻撃を、私はひとまず丁寧に受け流していく。
「ほう、やるじゃねぇか」
ヒゲが間合いを取った。
「だが防ぐので精一杯だよなぁ、お嬢ちゃん!」
ハゲは相変わらずインファイトを仕掛けてくる。手数もスピードも経験したことのないボリュームだ。
でも、十分に対応できていた。速いだけで威力はそれほど高くないし、何よりも一つ一つの動きに無駄が多い。ある意味先読みしにくくはあるけど、それを補って余りあるほど私の技量のほうが高い。
ついでに言うと、今は様子見しているだけだ。その気になればいつでも反撃に転じられる。ハゲの認識は誤りだ。
やはり彼には、相手の実力を正確に測れるほどの実力がないようだ。おそらくヒゲも同様だろう。
甲高い金属音が延々と響く。
ハゲは嗜虐的に笑っていたが、だんだんと苦しそうに顔を歪めていく。
「くそっ、なんなんだこのガキ……!?」
「おい何やってんだ! そろそろ一発くらい入れやがれ!」
「言われなくてもわかってんだよっ! でも……!」
鉄爪は幾度となく弾かれ、そのたびに威力とスピードが落ちていく。もはや攻撃の体を成してないと言っていい。なんとか一矢報いようと必死に打ち込んでくるが、むしろ余計に体力を擦り減らすだけだ。
「なぜだ、なぜ攻撃が届かない……!?」
ハゲは息を切らし、ついには立ち止まってしまった。
そりゃ、あんなめちゃくちゃ動きをしてたら疲れますわ。フォームは素人同然、だけどスペックはステータスのおかげで超人的ってだけですもの。同等のスペックならフォームが洗練されているに軍配が上がるに決まってる。まあ、スペックでも私のほうが上なのだが。
「まさかその剣、体力を吸い取る能力を持った魔剣なのかっ!?」
しかも見当違いの方向に想像力を働かせ始めたよ……。
ええい、そんなだからダメなんだって! 自分以外のものを疑う前に、まずは自分の至らなかった点を探す! じゃないと問題が解決したとしても成長には繋がらないじゃん! 効率が悪いのにやり方を変えられない人って得てしてこういう思考回路の持ち主なんだよねぇ!
「いえ、この剣はただ攻撃力がとっても高いだけです」
私は内心、半ギレになりながらも優しく答えてあげた。腐っても元社会人だ。見た目と違ってこれしきの怒りを隠せないほど子供じゃない。
「な、なんだと? では、俺がこんなに疲れてるのは──」
「単に体力が尽きただけです。ちなみに私の剣の技量は自前です」
「そんなバカな……! っ、レベル! レベルはいくつだ!?」
「9です」
「9!? ウソだろ!? 俺の半分以下じゃないか!」
私の言葉で、ハゲは表情を絶望の色に染め上げた。
彼が私に一撃も与えられないのは、武器に特殊能力が付いているからではない。圧倒的にレベルの差があるからでもない。
話は至極単純だ。
彼はレベルとステータスの恩恵にかまけて戦闘技術を磨いてこなかった。
つまりは──ただの努力不足だ。
言い訳などしようもない。
「こ、こんなバカげた話があってたまるか……! 俺のレベルは24なんだぞ! レベル9の小娘なんかに負けるはずがないんだ!」
ほう、思ったより高いね。でもそれだけだ。
「そう思うのならあとで運営に聞いてみては? さて、今度はこっちから攻撃しますね」
「俺が……俺のほうが強いんだぁぁぁあーーっ!」
一歩。
喚き散らすハゲに肉薄する。
ハゲはまだ気づいてすらいない。
この試合場において殺人の心配がいらないのならば。
微塵の容赦も必要なし。
私はハゲの胴を目掛けて、斜め下から斬り上げた。
曲がりなりにも鍛えられた成人男性の身体が──空高く吹っ飛ぶ。
「サヨナラだ」
ホームランボールは、ヒゲの真横に落っこちた。
「……あ?」
ヒゲは気絶した兄弟分を呆然と眺めていた。たった今、目の前で起こった出来事に理解が追いついていないようだった。
「どうした、兄弟。寝るにはまだ早いだろ?」
「次はあなたの番ですね。よろしくお願いします」
だからって見逃してあげるほど私は優しい人間じゃない。ましてや今は戦いの最中だ。気を抜いた奴から脱落していくのが必定だ。
「てめぇがやったのか?」
「ご覧の通りです」
「……ふざけやがってぇぇえ!!」
おいで、おまえも剣の錆にしてやる。
「こうなったら出し惜しみはナシだ! 奥の手を使わせてもらう!」
お? 何が出るのかな、わくわく。
「──魔槍起動! ──戦技『炎々羅』!」
おお! それ魔装だったんだ!
ヒゲの持つ青龍偃月刀に似た武器。その刃が赤く輝き、ついには発火する。さらにぐるんと振り回せば炎は瞬きの間に膨れ上がり、使い手を丸ごと包み込んだ。ヒゲは武器とその身に炎を宿したわけだが、あれだけ毛むくじゃらなのにちっとも燃えていなかった。
なるほど、武器と使い手に火属性を付与して火力と攻撃範囲を上げる効果か。あの武器が剣だったら詳しく鑑定してたのになぁ。口惜しい。
「攻撃力が高いだけの剣なんかよぉ、この〈火龍槍〉の足元にも及ばねぇんだよぉ!」
「だってさ、クロウ」
私は小声で呼びかける。
『大した力は感じない。あんなポンコツと比べられるのも不愉快だ。ぶった斬ってやれ、ライカ』
カンに障ったのか、クロウは珍しく怒っていた。
「よーし、じゃあヒゲおじさんには悪いけど、あの槍、破壊しちゃおうか」
『おうとも!』
作戦が決まったので早速突撃だー!
ヒゲはもう私を侮ってはいなかった。ハゲを倒したときと同じ速度で踏み込むと、ちゃんと反応して炎槍を振ってきた。
熱波が顔面を襲う。未知の熱さに身体が怯みそうになる。
それを強引に精神力で抑えつけ、荒れ狂う炎の中にクロウを打ちつける。
ガィン! と鋼の衝突音。
弾かれたのはヒゲのほうだ。
「俺がパワー負けしただと!?」
「その程度じゃ話にならないよ!」
こちとら攻撃力200オーバーだぞ。たかが火の粉を振り撒いたからって勝てると思うな!
「くっそぉぉぉぉぉ!!」
ヒゲが武器の出力に任せて乱雑に攻撃を仕掛けてくる。だが結局ハゲと同じで、槍の扱いが下手くそだからせっかくの性能を活かしきれてない。火力が上がろうが、範囲が広がろうが、当たらなければ無意味だ。
振り下ろし。突き。薙ぎ払い。
全力で繰り出されたであろうそれらは、私に掠ることすらなく空を切る。
「なんで当たんねぇんだ! ちょこまかと逃げるんじゃねぇ!」
「当たりさえすれば勝てると?」
「当たり前だ!」
「へぇ、ならやってみなよ」
私は後方に跳んで距離を空け、防御の構えを取った。
「見たトコその魔槍は時間制限付きでしょ。私はここから一歩も動かない。攻撃したいならどうぞお好きなように」
「……本気で言ってんのか?」
ヒゲはおそるおそる槍を構え直した。その身体から発せられる気の圧力がほんの少しだけ強くなる。
「自分で言うのもなんだが、この技は相当威力が高い。まともに受ければ死なずとも痛みで頭がおかしくなるかもしれねぇ」
「他人の心配をする余裕があるのかな? 兄弟分をコテンパンにされてるのに? おじさん見かけによらず結構優しいんだね。それともハッタリきかせてビビらせようって魂胆かな?」
「チッ、後悔するなよ」
皮肉を交えての挑発はヒゲを完全にやる気にさせたようだ。
「──戦技『豪火龍突』!」
ヒゲの纏う炎がさらに燃え広がり、揺らぎ、立ち昇る。炎は空中で何度もうねりながら細長い龍の形を成し、ヒゲの構えた槍先に寄り添う。灼熱の瞳は倒すべき敵である私を見据えていた。
「冥土の土産に教えてやる。魔装を使った戦技は魔力を根こそぎ持っていかれるが、その分通常の武器を使った戦技よりも遥かに威力が増す。こいつを耐え切ればてめぇの勝ちだ」
「じゃあ、ハゲのおじさんも魔装を使った戦技……つまるところ魔装戦技が使えたのかな? もったいないことしちゃったな」
「……そうか。てめぇは元々頭がおかしいんだ。ガキの姿をした化け物め」
「化け物、ね。うーん……ここは女の子として怒るところなんだろうけど、ぶっちゃけどうでもいいや。人になんて呼ばれようと私のしたいことは変わらないもん」
「手加減はしねぇ。覚悟しな」
「うん、真正面から打ち砕いてあげるね」
ヒゲがぐぐっと身体を縮こませ──槍を突き出した姿勢で突進してきた。槍に宿りし火龍が唸り、ヒゲを包んで再三の拡大。使い手たるヒゲは炎の槍そのものと化す。
私の目の前には巨大な火の龍がいる。すごいな、これが魔装戦技の威力か。ただのモブキャラが使う技とは思えない。さすがアルセラの『雷神の滅鎚』と同じカテゴリーなだけある。
私は『気功剣技』を使おうか迷った。そうしなければ耐えられないという話ではなく、こんな大技を使ってくれたヒゲのおじさんに敬意を払いたくなったのだ。
でも、私にはアルセラとレティシエントという二人の天才が待っている。ここで手の内を明かすのは面白くない。
一秒未満の逡巡の末、やっぱり普通に受け止めることにした。
ただし『気功剣技』による肉体強化を三割ほどに増やして。
槍先が迫る。
私はそれに剣を合わせる。
激突によって轟音と火炎が衝撃波を伴って散らばり、
「魔装戦技でも……か」
──槍が先端に近いところで折れ、ヒゲのおじさんは私を穿つことなく停止した。
全身の炎が霧散する。
一拍遅れて力尽き、前のめりに倒れ込む。
どさり、と音がして。
それが勝利のゴングとなった。
「ありがとうございました」
どうしようもないチンピラオヤジだった。
でも、友の仇を討つために全ての力を使い果たしたこの瞬間だけは、彼は確かに武人だったと言える。
だから私は、気を失ったヒゲのおじさんに向かって頭を下げて、礼をした。
「んじゃ、次は……って、あら?」
別の相手を探そうと辺りを見渡した。
すると、なぜか他の参加者たちは揃いも揃って戦うのをやめ、露骨に私から離れていった。
やがて地面にわざと武器を落とす者が現れ、次々にそれが真似されていき、最終的に武装しているのは私だけになる。
もう一度見渡すが、今度は誰も目を合わせてくれない。
もはや私に敵意を向けることすらしたくないようだ。
『な、なんということでしょう! ライカ選手、魔装を使った決死の一撃を無傷で防いだだけでなく、あろうことか魔装を破壊してしまいました! しかも今の戦いぶりで他の参加者全員の戦意をすっかり削いでしまったようです! 武装しているのがライカ選手だけとなりましたのでこれにて試合終了! フォーン闘技大会第一予選の勝者は、弱冠11歳の若き剣士、ライカ選手に決定ですっ!!」
そんな中、自称・名司会者のコニマちゃんがアナウンスし、第一予選はあっさりと私の勝利で幕を閉じた。
……も、物足りねぇーーーーっ!?
 




