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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第二章 伯爵の町〈フォーン〉での闘技大会編
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ライカは闘技大会の予選に出場した!

 翌日、私は万全のコンディションで朝を迎えた。


「おはよう」


『おはよう。起こす必要はなかったな』


「寝心地がすごくよかったからね。支度したら朝ご飯を食べて会場に向かおうか」


 手櫛で髪を整え、水筒の水を含んで口を濯ぎ、ガラガラと喉で鳴らし、そのまま飲み込んでしまう。水は貴重だ。吐き捨てるなんてもったいない。それに口内のウィルスは胃に流し込むことで消化できる……はずだ。うろ覚えの前世知識なので自信はない。あとは荷物と忘れ物のチェックをして、最後にいつもの服を手に取る。


『ライカ、昨日セバスから服をもらっていただろう。着なくていいのか?』


「おっと、忘れてた」


 せっかくもらったんだから着ないと損だ。いつもの服を《無限収納》で亜空間にしまい、ベッドの横に置いておいた紙袋を開封する。


 中には、黒を基調とした男性用の貴族服が入っていた。


「おお、これは……」


 手に持ってみる。


 びっくりするほど触り心地がいい。明らかに高級品だ。デザインも戦闘用というよりは礼服に近い印象を受ける。


 続いて袖を通してみる。


 さらにびっくりした。見た目の作りに反してとんでもなく動きやすいのだ。肩も肘も腰も膝も、どうやって動いても全然引っかからない。おまけに軽い。これなら今まで以上に動けそうだ。


「どう? かっこよくない?」


 見せびらかすようにクロウの前でくるくるとつま先で回る。


『いわゆる男装というやつか。似合ってるんじゃないか?』


「へへ、ありがと。いやー、女物じゃなくてよかったよ。スカートじゃ戦いにくいもん」


『人間は下着を見られることに抵抗があるらしいな。ライカもそうなのか?』


「別に見られてもどうってことないけど、案外気になるものだよ、スカートがめくれるのって」


『そういうものなのか』


「そういうものだよ」


 男性でもスカートを穿いたらこの気持ちがわかると思う。魔剣に人間の繊細な機微をまた一つ教え、私は朝ご飯を食べるために昨日のギルドへと向かった。




「「あ」」


 入ってすぐ、先に食事をとっていたアルセラと視線が合った。


 私たちはしばし見つめ合い、ほのかな敵意をぶつけ合い、そして何事もなかったかのように視線を切り合う。


 また仲良くするのは大会が終わってからだよね。わかってるじゃん。


 アルセラから一番遠いテーブルに着き、店内をあらためて見渡すと、昨日の賑わいが嘘みたいに空気がひりついていた。みんな闘技大会の参加者らしい。アルセラよりもわかりやすく敵意を発している。


「おはよう、ライカちゃん。ご注文は?」


 そんな中、受付のお姉さんが昨日と変わらない様子で声をかけてきた。


「おはようございます、お姉さん。メニューを見てから決めようと思います」


「わかったわ。……ねぇ」


 受付のお姉さんがそっと唇を寄せてきた。


「アルセラちゃんと何かあった? 来たときからずっとあんな感じなんだけど」


「ああ、今日はお互い全力で戦おうねって約束してるので、今はお互い馴れ合うつもりがないんです。大会が終わったら元通りですよ」


「そう……。喧嘩したんじゃなくてよかったわ。それにしても小さいのに随分とストイックなのね」


「剣士に年齢は関係ないですよ。あるのはどちらの剣が優れているか、それだけです」


「可愛いだけじゃなくて格好良さまで兼ね備えているなんて……。私、あなたのファンになりそう。あとで応援に行くからね」


「ありがとうございます」


「じゃ、注文が決まったら呼んでね」


「はい」


 受付のお姉さんはカウンターに戻っていった。


 私が注文を決めた頃、食べ終えたアルセラが退店する。私には一瞥もくれず、前だけを見つめて颯爽と。


 可愛くて、格好良いなぁ。


 私こそアルセラのファンなのかもしれない。


 私は白いローブに覆われた背中に向けて、人知れず微笑んだ。




 ギルドから出て、闘技大会の会場に着く。正面の入口は観客でごった返しだ。参加者は裏口から入場するようにと騎士たちが大声を張り上げている。彼らはさしずめ会場スタッフということだろう。私は彼らの言う通りにした。


 むさ苦しいおじさんたちに囲まれながら列を進んでいき、会場内に踏み入る。そこにはまず受付があり、昨日登録した個人情報と参加者番号を照合する。受付担当の騎士は少女である私の姿を見て訝しんだが、登録情報の確認が済むと、事務的な態度で赤い札を手渡してきた。それから奥へと移動することを促される。


 目の前にいたおじさんが横に逸れ、私の前に四つの扉が現れた。それぞれが赤、青、緑、黄の四色で彩られている。


 受付でもらった赤い札は、どうやら控え室を振り分けるためのものだったらしい。扉の前にいた騎士に札を見せ、私は赤で装飾された控え室に入る。


 扉を開けた瞬間、全員が一斉に私を見てきた。おそらく何人かは昨日レティシエントと言い争った私のことを知っているだろう。総じて、どろりとした嫌な視線だ。けれど脅威には思わないので涼しい顔で空いているスペースを探し、適当なところに落ち着いた。


「お嬢ちゃん、そんな男みてぇな格好で何しにきたんだ? 来るところを間違ってやしねぇか?」


 準備体操していると、やたらとヒゲの濃いおじさんに声をかけられた。性格が顔に出てますよ。あと鼻毛も。というかよく私が女だってわかったな。


「そうだぞ。ここは冒険者が名を挙げるための舞台なんだ。試合が始まったら手加減できないからおうちにおかえり」


 続いてツルッパゲのおじさんが現れた。ファッションでハゲにしてるわけじゃないなら、ヒゲのおじさんから少し毛を分けてもらえば?


 まあ、イキりたいお年頃なんだろう。女子供と下に見られるのは癪だが、仕返しは試合でやればいい。


「心配いりませんよ。全員倒しますから」


 だから今は言葉だけにしておく。


「ぐぬっ……! こっちは親切心で言ってやったんだがな」


「親切というか、余計なお世話です」


「このガキ!」


「落ち着け、兄弟」


 腕を振り上げたヒゲを、ハゲが制した。


 どうやら二人は兄弟分のようだ。その親しげな様子から今までいろんなものを分かち合ってきたことがわかる。ただし毛は除く。


「そこまで言うならお相手願おうじゃないか。予選はバトルロワイヤル形式だ。だが、一騎討ちを挑んではいけないというルールはない。観客を沸かすためにもお嬢ちゃんに一役買ってもらってもいいかな?」


「おお、それは名案だな! つーわけだ、試合が始まったら俺たちの相手をしてもらうぜ」


 ハゲが提案し、ヒゲが便乗する。


 断る理由はない。強敵との戦いはむしろ望むところだ。剣士としていい経験になる。


「いいですよ。楽しみましょうね」


「チッ、舐めた口を!」


「だから落ち着けって。おまえはすぐそうやって突っ走る。その鬱憤は……試合で晴らせばいいさ」


「よろしくお願いします」


 ハゲのいやらしい笑みに、私は満面の笑みを返した。


 会場中にファンファーレが響いた。開会式が始まった合図だ。ここには小さな窓しかないから外の様子を知ることはできない。しかし、建物内に反響した観客の大歓声がどこからともなく伝わってくる。なんか野球ドームみたいだ。


「始まったな。前の大会と同じ運びなら赤組からのスタートだ。それじゃあよろしく頼むよ、お嬢ちゃん」


「首を洗って待っときな!」


「はーい」


 うん、見事な三下っぷりだった。気配からしてこの部屋の平均値をわずかに上回るくらいの実力かな。私の敵ではない。


 倒すべきは、アルセラとレティシエントだけだ。


 その二人はどちらもこの赤部屋にはいない。予選が始まるまではのんびりと身体を動かしておこう。


 そんなこんなでしばらく待っていると、騎士が部屋に入ってきて、私たち参加者に試合場まで移動するよう指示した。


 参加者たちがぞろぞろと列をなして部屋を出ていく。私もそこに混ざろうとする。


 が、横からさっきのヒゲおじさんに突き飛ばされて軽くよろめいた。


「おっと、悪いな。チビすぎて見えなかったぜ」


 景気よくイキるなぁ、ホント。でもこれくらい血の気が多くないと冒険者なんてやってられないんだろうね。遠慮して死んだら元も子もないし。


 よし、私も遠慮せず行くとしよう。


 私はヒゲおじさんの横まで行き、思いっきりタックルをかました。


「ごへぁ!?」


 ヒゲおじさんはだるま落としみたいに列から弾かれる。代わりに私が空いたところに身体を滑り込ませる。


「ごめんなさい。私、チビだから隙間に入れると思って」


「うそつけ! 明らかに狙ってきてたろ!」


「あれぇ? こんなチビのメスガキに突き飛ばされちゃうほどおじさんって弱いんですかぁ?」


「クソガキがぁ!」


 ミルフィーユちゃんのメスガキ呼ばわりまで借りて挑発。効果はてきめんだ。ヒゲおじさんが鼻息を荒くして割り込んでこようとする。


「そこ! 列を乱すな! 試合前に失格にされたいのか!」


 しかし、騎士の一言で停止した。ハゲおじさんも首を横に振ってやめろとジェスチャーを送っている。ヒゲおじさんは腹立たしげに「けっ!」と唾を吐き、列の最後尾に並んだ。ざまぁみろ。因果応報だ。


 まったく、ミルフィーユちゃんといい、ヒゲハゲコンビといい、どうしてああいう人たちは見た目だけで人を判断し侮るのか。前世にもそういう輩はたくさんいたけど、はっきり言って理解に苦しむ。そいつが脅威たりえる存在だったら無駄に危険を招くだけだってのに。


 まあ、それはおじさんに限った話ではないか。老若男女問わずそんなおバカさんたちは存在するのだ、きっとどの世界にも。


 長い廊下を進んでいき、いよいよ私たちは試合場へと姿を晒す。


 太陽の眩しさに目がくらみ、次いで大歓声。すり鉢状の観客席は満員御礼。これだけの人数を目にすると柄にもなく圧倒されてしまう。


 ぼーっと突っ立っていると後ろの人に背中を乱暴に押された。なんだよ、ちょっと立ち止まっただけじゃん。おまえも覚えてろよ。自分に自信があるからって何をしても許されるわけじゃないことを骨の髄まで教え込んでやる。


 試合場は、野球場を一回り小さくして円形に直したらこれくらいになるだろうなって程度の広さだった。参加者たちは放射状に分かれ、壁を背にして等間隔で並ぶ。


 キィン。


 ハウリングのような音が響いた。


『あー、あー。音響魔法確認中。音響魔法確認中』


 聞き取りやすい女性の声が空から降ってきた。


『──さぁ、皆さん! 数年ぶりにこの日がやってまいりました! 本来ならばここでフォーン闘技大会の歴史について語るところですが、今大会は参加者が多く試合が長引きそうなので割愛させていただきます! 実況はこの私、世にも珍しい《音響魔法》のスキルを持つ前代未聞の名司会者コニマちゃんでお送りします! どうぞよろしくお願いしますっ!』


 へぇ、《音響魔法》なんてものがあるんだ。火や水といった属性魔法だけじゃないんだね。女性司会者ってのも珍しいんじゃないだろうか。なんにせよ、こうして実況してくれる人がいると盛り上がりやすくていいな。


『コニマちゃん的には参加者一人一人のプロフィールについて説明していきたいところですが、先ほども申し上げたように時間がありません! なので早速第一予選を始めたいと思います!』


 ワァァァァァァ!!


 と、実況の煽りに歓声が応える。本当にスポーツ選手になった気分だ。


 さて、そろそろ気合いを入れようか。


 せっかくのお祭りだもの。売られた喧嘩は買うし、売られてなけりゃこっちが押し売りするつもりでやってやる。


 お父さんとの修行の成果が〈ノホルン〉まで届くように。


 アルセラとレティシエントに私の力を見せつけて、より一層の闘志を燃やしてもらうために。


『それではフォーン闘技大会第一予選──スタートです!』


「いくよ、クロウ! 死ぬほど暴れ尽くす!」


『おうとも!』


 私はクロウを抜剣し、全員から狙われやすい中心地に向けて走り出した。

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