ライカは冒険者登録をした!
無事に参加受付を済ませた私たちは予定通り市場に向かった。またもや移動に手間取ったけれど、露店街まで行くと人が閑散としてきて並ばずとも店頭に並べられている商品を見ることができた。
露店街は華やかで煌びやかな商店街と違い、鬱蒼としていて力を持たない人にとっては近寄りがたい雰囲気がある。小さな女の子である私とアルセラがそこを歩いているのはやはり珍しいようで、誰かとすれ違うように訝しげな視線を送られたが、絡んでくるようなことはなかった。ほんのわずかに剣気を放っていたおかげかもしれない。
いくつかの店を巡り、一休みしようと、私たちは商店街と露店街の境目にある噴水広場に行った。ここはどちらかと言えば商店街側の雰囲気だ。
私たちは噴水の縁に腰掛けた。
「結構面白いものが多かったですね。ライカは何か欲しくなったものはありました?」
「そうだなぁ。『雷鳥の羽』、『毒蜥蜴の爪』、『雪狼の牙』あたりかな。知り合いの鍛治師曰く、ああいう魔物や魔獣の素材を使うと特別な能力を持った剣が作れるんだって。いつか私もオリジナルの剣を注文してみたいなー」
残念ながらクロウのような〈名無しの魔剣〉は見つからなかった。そもそも槍や斧はあっても剣はないという店が多く、私はこっそり激おこだ。
「ステータスを上昇させるアクセサリーなんかもありましたが、やっぱりそっちが気になりましたか。でもライカはその剣さえあれば十分なのでは?」
翡翠の瞳がクロウに向けられる。
「それとこれとは別。私は実用性だけでなく芸術品としても剣を愛してるの。自分のために作られた剣っていうのもロマンあるしね」
『…………』
クロウが不服そうに唸った気がした。嫉妬か? 周りがうるさくてアルセラには全然聞こえなかったようだが。
「そう言うアルセラの剣こそどうなのさ? そっちも魔剣でしょ?」
「ええ、魔剣……らしいです」
アルセラが柄に触れながら言った。
「らしい? どういうこと?」
「詳しくは私も知りません。でも支給されたときは『詠唱することでこの剣の力が解放される。有効に使いなさい』とだけ言われました。色々と検証した結果、私の《四元使い》と組み合わせることで威力が最大限に発揮されることだけは突き止めましたが」
「なーんか怪しいね。ちょっと見せ──」
待て。
大事な戦いの前に自分だけ反則技を使うつもりか?
「──なくていいや。うん、ごめん。忘れて」
「見るくらいならなんともないでしょう? 別にいいですよ」
「私はダメなの。剣のことならなんでもわかっちゃうから」
「……私の《四元使い》のようなユニークスキルを持っているんですか?」
「そーゆーコト。詳しくは大会が終わったあとに教えてあげるね。友達だから特別だよ?」
私はイタズラっぽくウィンクして見せた。
「……ライカ。今のは私にしかやらないでください」
「へ? なんで?」
「なんでもですっ」
なぜかアルセラは顔を赤くして怒ってしまった。私だけ《四元使い》のことを知っているから不公平だと感じたのかな?
でも情報の開示度を合わせようとしたらキリがないし、《剣の申し子》が強すぎるからなぁ。
ま、それだけ私との戦いに真剣ってことでいいか!
ついでだからおさらいしよう。
私が女神グラウディア様から与えられたユニークスキル《剣の申し子》は、《鑑定眼・剣》《装備適性・剣》《戦技適性・剣》の三つが合体したものである。
《鑑定眼・剣》は〝鑑定〟の解釈幅が異様に広く、今のところ未来視と高速思考に発展している。今後も能力が拡張される可能性大だ。
他の二種類は装備や技が増えてくる中盤・終盤において猛威をふるうだろう。早く有効活用したい。あらゆる剣、あらゆる魔剣を使いこなす未来の私……ロマンだね! 素晴らしい!
どれか一つだけでも強すぎるというのに豪華三点セットでプレゼントしてくれた女神様、マジ太っ腹です。あ、デブって意味じゃないよ。女神様はとんでもない美人な上にめちゃくちゃおっぱいとお尻がデカかった。男なんかあっという間に虜にしてしまうようなメロメロエロエロボディの持ち主。まさに人間離れした美しさだった。
閑話休題。
あとは《無限収納》と《女神の試練》をもらっているが、これらも魔石のストックとステータス強化にちゃんと役に立っている。こちらも後半になればなるほど真価を発揮するだろう。
アルセラには闘技大会が終わったあと、ユニークスキルや『気功剣技』のことについて全て話すつもりだ。さっきの話の流れでヴァンキッシュ領奪還作戦に参加することになったしね。一緒に『気功剣技』の修行もやってくれたらいいなぁ。
「さて、そろそろお腹減ったし、どこかでご飯食べたら宿に向かおうか」
私は両膝を叩いた反動で立ち上がる。
「できれば安くて量がたくさんあるお店がいいな。私、あんまり持ち合わせないからさ」
資金は旅費と宿代でほとんど尽きてしまっている。無駄遣いする余裕はない。
「でしたら冒険者ギルドに行くのはどうですか?」
「へ?」
アルセラが綺麗な所作で立ち上がりつつ言った。
「まさか今からお金を稼ぐつもり?」
「そんなわけないじゃないですか」
うぐぅ。笑われてしまった。
「冒険者ギルドは飲食店を兼ねていることが多く、客層の都合で安くて量が多いんです。夜はもっぱら酒場になりますが、今の時間帯ならまだ私たちが入っても平気だと思いますよ」
「そうなんだ! じゃあ、行こう!」
転生してから剣を振る生活ができるようになったからか、この身体は前世と比べてもとにかくたくさん食べたがるのだ。育ち盛りの胃袋は無限大。食欲は底なし。これは即決するしかない。
というわけで、今度は冒険者ギルドがある冒険街地区にやってきた。
通行人は当然ながら冒険者ばかり。相変わらず微弱な『神威』を使っていたが、日々危険と隣り合わせな彼らにはあまり効果はなく、ここでより一層私たちは動物園の珍獣気分で歩くこととなった。
冒険者ギルドの看板がかけられた大きな建物に入ると、中の混み具合はそこそこだった。席の数は五つ。一つの丸テーブルにつき四つの椅子が置かれている。現在、完全に空いているのは一つだけだ。奥のほうにはクエストカウンターとその横にクエストボードがある。
注文は受付の人に言えばいいのかな?
「すみません、食事をとりたいんですが大丈夫ですか?」
とりあえず受付のお姉さんに聞いてみることにした。
「あら、可愛いお客さん。大丈夫よ。メニューはテーブルに備えつけてあるからそれを見て注文してね」
「ありがとうございます」
私たちは席に着き、メニューを手に取って広げた。
「お、これおいしそう! ……だけどちょっと高いかな。こっちもいいけど、うーん」
この世界〈イグナイト〉の料理は意外にも日本のそれと似ている。名前もそのままであることが大半だ。おかげでどのメニューがどんな料理なのか大体の想像がつく。これもたぶん、女神様の計らいなんだろう。メニュー表には簡単な注釈もついているので余計にわかりやすかった。
「私はこのカルボナーラにします」
アルセラは選ぶものを最初から決めていたようで一通り確認してすぐに注文を決めていた。
「それもいいなぁ。でも、思ってたより高いというか……」
「そうですか? ──あ、もしかして一般向けの値段のほうを見てます?」
アルセラが適当なメニューに指を差す。
「ほら、二つの値段が並んでいるでしょう? これは一般人と冒険者とで値段を分けているんです。冒険者登録さえしてしまえばこっちの安い値段で食べられますよ」
「ほんと!? すぐ登録してくる! お姉さーん!」
こんな形で冒険者になるとはね。でも、背に腹は変えられない!
「はいはい、聞こえてたわよ。冒険者登録ね。こちらの同意書を読んでから下の記入欄を埋めてちょうだい。字は書けたかしら?」
「大丈夫です!」
さらさらっとサインすると、受付のお姉さんが驚いた顔をした。
「小さいのに綺麗な字を書くわね。よっぽど先生がよかったのかしら」
「村一番の物知りおばあちゃんに教わりました!」
「そう。素敵な先生と巡り会えたわね」
それはまったくもっておっしゃる通りです。こと人間関係において今生の私はあまりにも恵まれすぎていると思う。前世が酷すぎたってのもあるけど。
「はい、確認したけど特に不備はないわ。冒険者カードを作っておくからお会計のときに渡すわね。注文はもう冒険者用の値段でしていいわよ」
「わーい! ありがとうございます!」
「元気で可愛い子ね。……私が食べちゃいたいわ」
受付のお姉さんの目が一瞬怪しかったけど、そんなことよりメシだ、メシ! 村じゃ滅多に食べられない肉を食べよう!
「無事に終わったみたいですね。どれにするんですか?」
席に戻ると、アルセラがやけににっこりとした笑顔で尋ねてきた。
「これ! 肉盛りカレーセット!」
このメニュー、なんと米とルゥと肉が同じ比率で入っているらしいのだ。ガッツリ食べたい私にぴったり! 部活帰りの男子高校生並みに食べてやるぞー!
「お姉さんに伝えてくる!」
「ちょっと待った! 私が行ってきますよ。ライカは座っていてください」
「いや、立ってるし近いし私が行くよ」
「いいから、座りなさい!」
「は、はい」
なんで怒られたんだろう私。
まあいいか。ここはお言葉に甘えておこう。
私はアルセラと入れ替わりで座った。
それと同時のタイミングで、店の扉が開いた。




