ライカは初めての友達ができた!
「ふぅん。それでアルセラは〈フォーン〉に向かってたんだ」
「ええ。目的はライカと同じです。私は闘技大会に出て優勝を目指します」
アルセラは強い語気でそう言った。彼女は私に討伐依頼を出した商人風の男と入れ替わりで私の横に座っていた。商人風の男は仲間と荷物を守るため馬車を降りていた。
彼女の事情はまとめるとこうだ。
──アルセラは没落貴族の令嬢だった。
アルセラの実家は子爵位を持つヴァンキッシュ家であり、代々魔法使いを輩出する家系だった。そこに生まれたアルセラも当然魔法使いになることを期待され、しかも四属性の適性を得る珍しいスキル《四元使い》を持っていたので、彼女の父親はアルセラが歴代最高の魔法使いになると信じて止まなかった。
しかしジョブの選定で候補に〈魔法使い〉が現れず、消去法で〈剣士〉を選択。そのときから将来を嘱望されていたアルセラの立場は一転、隠蔽すべきヴァンキッシュ家の恥として5歳の身で家から追い出された。
その後、幸運なことに女神教の教徒に拾われ、いつか一人でも生きていけるように女神教が運営する施設で戦闘訓練をはじめとする様々な教育を施された。女神教とは、女神グラウディア様を信仰する世界一の宗教団体だ。
街の外を自由に旅できるほど強くなったアルセラは真っ先にかつての故郷を目指した。
が、ヴァンキッシュ領はすでに魔王軍の手に堕ち、領主であったヴァンキッシュ家はその責任を追及されて没落していた。
アルセラは故郷と家族の二つを取り戻したいと考えている。そのためにはまず、旧ヴァンキッシュ領から魔王軍を退かせ、その支配から解放しなくてはならない。
ゆえに闘技大会で優勝し、伯爵家の力を借りようという魂胆だった。
「自分でもわかってるんです。私のことを無能だとか落ちこぼれだとか言って蔑んできた家族に救いの手を差し伸べてあげる義理なんかないんだって。でも、やっぱりあの温かくて優しかった時間が忘れられない……」
「わかるよ。愛してくれた家族は、何がなんでも守りたくなるよね」
前世みたいな毒親は知らん。あいつら私のことを給料のいらない家政婦か結婚して子供を産むための道具としてしか見てなかったからな。
「女神教の方々も身寄りのない私をここまで育ててくれました。私は教徒の皆さんから何かを救いたいという気持ちに理由はいらないと教わりました」
アルセラは膝の上に置いた拳を強く握り込む。
「だから私は、私を追い出した家族ともう一度会うために戦います。それが私にとって唯一の原動力なのです」
「失ったものを取り戻すための戦いってわけね」
「そうなります。……ごめんなさい、ライカが聞き上手だからつい話に熱が入っちゃいました」
ぽっと頬を赤らめるアルセラ。やばい普通に可愛いな。見ていてキュンとなるのはやっぱり恋か? 恋なのか? ライクじゃなくてラブなのか?
いやいや落ち着け。私は剣狂いのライカだ。冷静になってみれば剣に対する執念のほうが遥かに大きい。人間に対する好意、とりわけ恋愛感情チックなものについては思春期の少年少女並みに不慣れなだけなのだ。
危うく自分を見失うところだった。恐るべし、アルセラ・ヴァンキッシュ。
「うおおぉぉぉん!! 苦労してんだなぁ!!」
「俺も家出同然で冒険者になったんだ。親父とお袋、元気にしてっかなぁ……」
「応援してるぜアルセラちゃん! 故郷を取り戻した暁にはぜひ俺を雇ってくれ! 命尽きるまで町を守ってやる!」
「ずるいぞ! 俺だって商売させてほしい!」
「俺も俺も! そうだ、アルセラちゃんの武勇伝を本にして売ろう! 知り合いにいい作家がいるんだ!」
「だったら俺は絵だ! 絵描きを集めてコンテストを開く!」
「俺は彼女を讃える詩を綴ろうか……」
一方、私以上に自分を見失った他の乗客たちが号泣しながら言い争っていた。どうやらアルセラの話を聞いてみんなファンになっちゃったみたいだ。
あの中に混ざりたくはないけど、彼らの気持ちはよくわかる。
アルセラは剣狂いで同性の私がクラッとくるほど可愛いし、貴族の生まれだからかごく自然に気品を漂わせている。自分を捨てた家族のために戦うというストーリーも感動的だし、それを本当に実現できそうな強さを見せつけたばかりだ。英雄や聖女として祭り上げるにはうってつけの人物と言えるだろう。
「えぇと、皆さんありがとうございます……?」
「あっはっは!」
アルセラは恥ずかしそうにお礼を言った。当の本人が一番この状況に戸惑っていた。なんだかそれがおかしくて私は大声で笑ってしまう。
「うぅ〜……。そ、そうだ! ライカこそどうして闘技大会に出るんです? あの実力は只者ではないはずです!」
露骨に話題を変えてきたな。まあ、いいでしょう。
「王立学院への推薦状がほしいんだ」
「王立学院? 貴族になりたいんですか?」
「ううん、そういうのはまったく興味ない。目指すのはただ一つ。剣の道を極めて〈剣王〉すら超えた〈剣神〉になることよ」
「〈剣王〉を──超える!?」
アルセラが元からぱっちりしている目をさらに大きくした。
我が師エイダおばあちゃん曰く、王立学院を卒業した者はその時点で準男爵に叙爵してもらえるらしい。生まれに恵まれなかった平民からすれば、それは人生を一発逆転させる一生に一度のチャンスだ。ゆえに王立学院への入学を目標に多くの若き才能が各地方から集まってくるのだという。
しかし、そういった子供たちが望んでいるのは貴族としての豊かな生活であり地位であり権力だ。
私の目的はそこにない。
食い扶持は剣で稼げばいい。地位も剣で築けばいい。権力を手に入れたとしても、しがらみに囚われるのならかえって邪魔だ。
私は強くなるために王立学院へ行く。
アルセラの言葉を借りるなら強くなりたいという気持ちだけが私の原動力なのだ。
「〈剣王〉を超えるとはこりゃまた大きく出たもんだ」
「〈剣神〉ってジョブのことだろ? 聞いたことないな。おまえ知ってるか?」
「いや知らん。というか黒髪の子は強いのか?」
「は? おまえ何見てたんだよ。あれだけのゴブリン相手に無傷で帰ってきたんだぞ?」
「この子もまた比類なき強者ということか……」
「……ライカ。〈剣王〉に至るというならまだわかります。でも〈剣王〉を超えた〈剣神〉になるだなんて話は到底信じられません。そもそもそんなジョブが存在するのですか?」
乗客たちもアルセラもリアクションは似たようなものだ。私はこの世界の常識や摂理に反した大言壮語を吐いたのだろう。
しかし、それでいいのだ。夢とは笑われるものだ。前世でもそうだった。笑われても目指すことが許されるなら私は迷わずその道を進もう。
「実際に確かめたわけじゃない。ただ〈剣王〉より上のジョブがあるとしたら、それは〈剣神〉と呼ぶべきじゃない? 〈剣神〉のジョブが存在しないとしても剣の道を極めることには変わりないけどね」
「ライカ……」
「私は剣のために産まれ、剣のために生き、剣のために死ぬ人間だ。剣の道を極めることが強くなるってことなら、私は世界最強の剣士になるよ」
前世では夢見ることすら叶わなかった。
だが転生させてもらい、夢を見ることが許され、環境と才能も与えられた。
だから夢に向かって努力する。
恥じることも後ろめたいこともない。
胸を張って堂々としていればいい。
結局はただやりたいことをやるというだけのシンプルな話なのだから。
……とはいえ大勢の前で夢を語るのはやっぱり少し気恥ずかしい。だんだんと顔が熱っぽくなってきた。今の私はさっきのアルセラみたいに赤くなっているだろう。
ちらりと横目で見ると、アルセラは翡翠の瞳をミラーボールみたいに煌めかせていた。
「ライカ!」
「はい!?」
ずいっ、と国宝級の美貌が迫る。近い近い!
「私、感動しました! 将来の夢をそこまではっきり語れるなんて尊敬します!」
「う、うぇえ〜? それを言ったらアルセラだってやりたいことがちゃんと決まってるでしょ?」
「私は未来ではなく過去に縛られてるだけですから」
重いわ!! 目のハイライト戻せ!!
「皆さんもライカはすごいって思いますよね!」
「ちょっ、なに煽ってんの!?」
アルセラがおじさんたちにそんなこと聞いたら──
「そうだな! 夢はデカければデカいほどいい!」
「前人未到の領域に足を踏み入れようなんて燃えるじゃねえか!」
「若さとは何か? それは振り向かないことだ! 夢の果てまで突っ走れ!」
「この子もきっと伝説になるかもしれないぞ。今のうちに二つ名をつけておくか?」
「お、いいねぇ! 俺たちが伝説の語り手になってやろう!」
「二つ名か……ふむ……」
ほらぁ! こうなるじゃん!
「ちょいちょいちょいちょい! 話が膨らみすぎだよ! みんなテンションおかしいって!」
いったいどうしてこうなった……。アルセラの影響か? それとも私? どっちにしろこれ以上車内で騒ぐのはマナー違反だぞ元日本人的に!
私は狂喜乱舞するおじさんたちに〝止まれ〟と手のひらを見せた。しかし、宴会気分の彼らには効果がなかった。
それどころか、アルセラの逆側に座っていた冒険者っぽいおじさんに強く肩を叩かれた。
「何言ってんだ。夢を語るってのはこういうことなんだぜ? おまえも男ならわかるだろ、坊主?」
「え!? 男!?」
その言葉を聞いた瞬間、アルセラは風船が弾けたみたいに私から距離を取った。
「ライカは男の子だったんですか!?」
「いや、女の子だけど」
「「「え!? 女!?」」」
その言葉を聞いた瞬間、今度は乗客のおじさんたちが飛び上がった。
あんたらコントでもしとんのか。
「何やら誤解があるようですね。皆さんはどうしてライカを男の子だと思っていたんですか?」
「髪が短いし、てっきり……」
「坊主って呼んでも否定しなかったし……」
「まだ幼いから女の子っぽく見えるだけなのかと思ってた」
「格好も女の子らしくないしな」
「くっ……!」
言い返したくはあるが自業自得なので黙るしかなかった。
「大丈夫ですライカ。私にはわかりますよ。女の子の一人旅は危険がいっぱいですもんね。なるべく周りには男の子だと思わせておいたほうが得策です。ライカは賢いです」
口をつぐむ私を気遣ってアルセラが肩を抱き寄せてくる。本当はただ訂正するのがめんどくさかっただけなんだけど、それを説明するのもめんどくさいからもうそういうことにしてしまおう。しっかしいい匂いするなぁこの子。私が健全な男ならこれで堕ちてるぞ?
などと不純な考えて、ふと一つの疑問に思い至った。
「ねぇアルセラ。さっき私が男だってなったときなんであんなに引いたの?」
「え、あ、あぁ、すみません。不愉快でしたよね」
アルセラは私を解放し、申し訳なさそうに縮こまる。
「いや、謝らなくていいし離れなくてもいいよ」
って、何を言っとるんだ私は。
「ん゛んっ。何か理由があるんでしょ?」
「ええ」
アルセラはうなずいた。
「実は婚姻を結ぶ男性以外とは深い関わりを持つなと言われているんです。ですからライカが男の子だった場合、そろそろ離別しなくてはいけなくて」
「あー、宗教上の理由か。変わった教義もあるもんだね」
「いえ、なぜか私にだけ禁止令が出てるんです。不思議ですよね。私が拾われた子だからでしょうか」
「……そういうのじゃないと思う」
これ絶対アルセラを守るためだろ。アルセラに悪い男が寄りつかないよう女神教がそう教え込んだんだ。私がアルセラの保護者で宗教家だったら間違いなくそうするもん。
女神教ってアルセラに対して過保護なんだな。そこにどんな思惑が潜んでいるかは知らないけど……。
「優しいですねライカは。では懸念も消えたことですし、あらためて私とお友達になっていただけませんか?」
「それに関しちゃとっくにそのつもりだよ」
ライカほどの剣士と縁を切る選択肢はない。
私とライカはどちらからともなく手を伸ばし、固く握手を交わす。
アルセラの手は柔らかくてすべすべしている……と思いきや、しっかり剣を振ってきた人のゴツい手だった。
なんて手触りがいいんだろう。
私は生まれて初めて心の底から友と呼べる人間に出会えた気がした。




