リカは死んでしまった!
剣が好きだ。
理由は上手く言えない。私はとにかく剣というものに心惹かれて止まない人間だった。
だから子供の頃、親にねだって剣道を習おうとした。でも昔気質な父親はそれを却下し、結局私は望みを叶えられないまま大人になった。
手にした刃物といえば包丁かカッターくらいだ。物足りない。渇望は行動に映し出され、私は通勤路にある刃物屋に足繁く通うようになった。家の中では剣をメインにしたゲームにどハマりするようになった。彼氏? ンなもんいらねー。私の恋人は剣なんだよ!
とまあ、私の剣への情熱、いや愛は我ながら常軌を逸しており、一時期は剣を身近なものにするために本気で刃物屋か鍛冶屋に嫁ごうと思っていたくらい重いのだ。生憎どちらとも縁がなかったけどね。
しかし。
そんな私にも転機が訪れた。
というより、死期が訪れた。
死因は単純明快、仕事帰りの道すがら、通り魔にナイフで後ろから刺されたのだ。痛かったな。そして、体内に侵入してくる刃物の冷たさに感動した。そのあとにきた灼熱の苦痛は二度と味わいたくない。
身体中から熱が抜け、刺された箇所から血液が流れ出し、目の前が真っ暗になったところで私は私が死んだことを自覚した。
自覚できたのは、私の精神がまだ残っていたからだ。
「気がつきましたか? アリハラ・リカ」
私の名前を呼ぶ声に応じて身を起こす。するとそこには全身が光り輝く女性がいて、慈悲深そうな眼差しで私を見下ろしていた。人間離れした美貌にやや気後れするも、私は立ち上がって彼女と向き合う。
「あなたは?」
「女神グラウディアと呼ばれてます」
女神。道理で古代ギリシャ人みたいな薄い布を纏っているわけだ。美しさも相まってよくできた彫刻がしゃべっているみたいで少し笑える。
「随分と落ち着いているのですね?」
「今起きていることに気持ちが追いついていないというか……これって走馬灯的なやつじゃないの?」
「違います。貴女は確かに死に、私によってこの神域に呼ばれました」
「にわかに信じがたい。……と言いたいところだけど、現実なんだろうね、うん。刺されたときの感覚がまだ残ってる」
突進気味にやられたからか内臓にまで違和感が及んでいた。夢にしちゃリアルすぎるし、意識があまりにもはっきりしていた。そんなに取り乱さずに済んでいるのは今際の際のことをじっくり思い出していたからかもしれない。
「死んだのか……そっか……」
「心残りがあるのですね」
「ええ、まあ」
「大切な人を置いてきてしまったとか?」
「いいえ、まったく。家族とは疎遠でしたし友達もいませんでした。当然、彼氏もできたことがありません」
「そ、そうですか」
女神グラウディアが引き攣った笑顔を浮かべた。寂しい人生送ってますねってか? 余計なお世話だバカヤロウ。
「私の人生には剣があればそれでいい」
「剣?」
女神は上段から剣を振り下ろす仕草をした。へっぴり腰でちょっと可愛い。
「そう、その剣。私は剣が大好きなんだ。剣を学び、剣を集め、剣を極めることが私の夢だった。親に反対されて、社会人になって、その上死んじゃってもう叶わないけどね」
『女のおまえは勉強やスポーツなんかせず黙って家の仕事をしてればいいんだ』
私の父親はいつもそんなことを言っていた。アイツのせいで私は自分の人生を少しも謳歌できなかった。
常日頃から死んだら呪ってやると思っていたが、まさか本当に呪えるとは何がどうなるかわからないものだ。
「なるほど。貴女は剣を愛してるのですね」
「うん」
即答した。
「でしたら、剣がたくさんある世界に転生させてあげましょうか?」
「え?」
今、なんて言った? 転生? まさか異世界転生ってヤツ? そりゃあネット小説にも剣を題材にした作品がたくさんあるから片っ端から読破したけど、本当に異世界転生できるの?
「たぶん貴女が考えている通りです」
ゴッドパワーで私の心を読んだのか、女神はにこりと微笑んで肯定した。
「というか、転生してもらわないと私が困るのです。私が管理するいくつかの世界のうちの一つが未曾有の危機に晒されています。私はその危機を取り除くために召喚術を行使しました。そして、召喚術の条件に当てはまったのがアリハラ・リカ。貴女なのです」
「えーっと、つまり……私が死んだのはあなたのせいってこと?」
「そう捉えていただいて構いません。召喚術の条件は、元の世界から消えても大きな影響がなく転生先では偉業を成し遂げられる人物であること、ですから。選んだわけでなくとも私が殺したようなものです。本当にごめんなさい」
「いや、本当に異世界転生させてもらえるなら別にいいんだけどさ。ちょっとびっくりしちゃって」
「ちょっとびっくりした、で済ませてしまうあたりすでに大物感が漂ってますね、アリハラ・リカ」
「リカでいいよ。あなた神様なんでしょ? いちいちフルネームで呼ばれるのもなんか嫌だし」
「ふふっ、ありがとうございます。ではあらためまして、リカ。貴女を私が管理する剣と魔法の世界〈イグナイト〉に転生させます。つきましては三つの転生特典を選んでいただきたいと思います」
「お、やっぱチートとかくれるんだ!」
それはかなりワクワクする!
「一方的に殺して転生させるわけですからね、これくらいは当然です。ただし色々と制限がありますので実際には応相談ということでお願いします」
「世界をメチャクチャにしちゃうようなスキルとか選ばれたら大変だもんね」
「そういうことです」
うーん、そしたら何にしようかな。
まず一つ目は剣に関する事柄ならなんでもわかるようなスキルが欲しい。見た目は錆びた剣だけど実はすごい魔剣だった、なんてのはよくある設定だ。
二つ目は剣に関する適正にしようか。どんな剣でも装備でき、どんな剣でも使えるスキル。見た目も性能もドンピシャで好みだけど呪われているから手放さないといけない、とかになるのは絶対にイヤだもんね。
三つ目。どうしよっかな。身体能力強化にでもするか? それとも全ての剣技を使えるようになるスキルとか。いや、うーん、だけどスキルに頼りきるのはなんか違う気がする。スキルはあくまで補助であり、剣を扱うのは私自身なんだから私が強くならないといけない。剣の腕を磨くとはそういうことだろう。
あ、そういやステータスとかあるのかな?
「ねえ女神様。〈イグナイト〉にはステータスとかあるの?」
「ありますよ。最初はみんなレベル1からスタートします。あとはジョブもあります。レベルの上昇によってステータスが伸び、ジョブの熟練度によってスキルの数や質が増えるといった感じです」
「職業ね。それによって使える剣技、使えない剣技っていうのは別れたりするの?」
「そうですね。たとえば〈聖騎士〉のジョブについた方が闇属性魔法を用いた《暗黒剣技》を習得する、といったことはできません。属性剣技に特化した〈魔法剣士〉が体内の気を操り肉体を強化する『気功剣技』を習得する、というのも同様です。厳密に言えば習得できなくはないのですが、不可能に近いレベルで習熟しにくくなります」
「ジョブによって何かが得意になる代わりに、他の何かが苦手になるってわけね」
だったら三つ目は決まりだ。多少時間がかかってもいいからどんな剣技でも習得できるようになるスキルがいい。
「決まったよ。私はあらゆる剣を理解し、あらゆる剣を装備し、あらゆる剣技を習得できるスキルが欲しい」
「わかりました。では、こういうのでどうでしょう」
女神様の指先から光が飛び散った。光は私の身体へと吸い込まれていき、魂と呼ぶべき部分に定着した。そうとしか思えない奇妙な感覚があったのだ。
ヴン、とノイズじみた音が脳内で鳴り、目の前に半透明な画面が映し出される。いわゆるステータス画面ってやつだろう。そこには【U・S】と題して以下のスキルが並んでいた。
────────
《鑑定眼・剣》
剣カテゴリーに限り、全ての情報を理解できる。
《装備適正・剣》
剣カテゴリーに限り、全ての武器を装備できる。
《戦技適正・剣》
剣カテゴリーに限り、全ての戦技を習得できる。
────────
おおーっ! いいね! こういうことだよ私が求めていたのは!
「ありがとう女神様! バッチリです!」
「ご期待に添えたようで何よりです。しかし、これだと正直分割する必要がないのでひとまとめにしてしまってもよろしいですか?」
「え、そんなことできるんです?」
「ええ、このように」
また女神様の指先から光が飛び散り私に吸収された。ステータス画面が一瞬ブレたのち変化する。
────────
《剣の申し子》
剣カテゴリーに限り、全てを掌握できる。
────────
シンプルイズベスト。一にして全。全にして一。これが剣に関する究極のスキルというわけか。やっばいなー! 感動しちゃうなー!! テンション上がっちゃうなー!!!
「すごいよ女神様! 私が真に求めてたのはまさにこのスキルだよ! かーっ、たまんねえっ!」
「そこまで喜んでもらえると私も嬉しいです。さて、あと二つはどうしますか?」
「いいの?」
「もちろん」
剣に関するスキルがひとまとめにされたことで転生特典が二枠空いた。……よし、ならばこうしましょうか。
「二つ目、アイテム無限収納。三つ目、レベルアップ時のステータス上昇補正。できます?」
「大丈夫ですよ。確認してください」
女神様の指先から光が飛び散り以下略。
────────
《無限収納》
大きさや重さに関わらずアイテムを無限に収納でき、取り出すときは任意の物だけを自動で手繰り寄せる亜空間を生み出す。
《女神の試練》
レベルアップ時のステータス上昇に大きく補正をかける。ただし必要経験値が10倍になる。
────────
「三つ目に関しては一つ目との折り合いもあってデメリットが付いてしまってますが、よろしいですか?」
「大丈夫! これでお願いします!」
必要経験値が増えるくらいどうってことない。むしろこの程度のデメリットで許されるのかと不安になるくらいだ。
予想を遥かに超える転生特典に私は舞い上がっていた。だが、わずかに息づいていた社会人としての私があるコトを思い出した。
これは確認しておかなければいけない大切な話だ。
「ところで私は転生先で何をすればいいんです?」
「とりあえず気ままに暮らしていただいて結構です。貴女が倒すべき敵、乗り越えるべき試練はいずれどこかで現れますから」
「そんなアバウトでいいのかなー……」
「運命とはそういうものです。今回の転生とて事前にわかっていたわけではないでしょう?」
「確かにそうだけど」
「まあそのあたりについては私の管轄ですからお気になさらず。リカは生前叶えられなかった夢を追っていいのですよ」
「うーん……わかりました! その代わり世界が良くなることを考えて戦います!」
「ありがとう。それが私の望みです」
女神様が美しく微笑むと、私の身体が光り出した。突然の浮遊感に驚いて転げそうになるがなんとか持ち堪える。視界が真っ白に染め上げられ、自分の質量がだんだんと無くなっていく。やがて感覚も思考も膨大な白によって薄められ、ついには消えたと呼ぶべき状態になる。
「いってらっしゃい、リカ」
最後に私を送り出してくれる女神様の声が聞こえた。
いってきます、と私は言葉なく返した。
かくして私ことアリハラ・リカの異世界転生譚が始まったのだった。