キャンディー
(練習に付き合ってくれと言われてものの、どうすればいいんだ……)
あのあと、平塚さんの友達である真島さんがやってきて、平塚さんは連れて行ってしまった。
俺はとっさにテーブルに下に隠れた。なぜそんな行動をしたかわからん。
平塚さんと二人でいるところを見られたくなかったのだろうか?
……真島さんは平塚さんを溺愛している。変な勘違いされても困るしな。
それっきり平塚さんから話しかけてくる事はない。
(……社交辞令だったんだろう。あの自習室に行くのは当分やめよう。他の生徒が平塚さんの練習に付き合うだろう)
胸がきゅっと萎んだような気がしたけど、気のせいだ。
中学の時みたいに失敗してはいけない。
あの時の気持ちを思い出すと苦しくなる。
俺はパティシエになる事だけに集中すればいい。
クラスメイトとの距離感を間違えるな。
(ただのリア充の気の迷いだ)
俺は荷物を持って家を出ることにした。
両親はすでに仕事へ行っている。寝ている妹を残して、家を出ることにした。
都内にあるこの学校は地方からの生徒が多い。
俺は幸い都内に住んでいるから通学時間は30分ほどで収まっている。
二時間かけて通っている生徒もいるって話だ。
朝のこの駅は人が恐ろしく多い。
学生街でもあるこの街はおしゃれな学生が多いから歩くだけで緊張する。
美容専門学校、医療専門学校、有名私大、等々。様々な学校がこの街に存在する。
基本的に一人で通学しているが、駅からクラスメイトと遭遇すると、当たり障りのない話をしながら学校まで一緒に歩く。
女子とは話せない。男子の場合だけだ。
製菓科の男子は大人しい生徒が多いが、中にはリア充感あふれる生徒もいる。
そんな生徒とは一言も喋らない。……別に嫌いなわけじゃないけど、何を話していいかわからないのだ。
タイプが合わない人間は絶対にいる。
無用な軋轢が生じるなら話さない方がお互いのためだ。
学校まで歩いて十分程度。
俺は途中でコンビニに寄ることにした。が、足を止めた。
コンビニの中には平塚さんがジュースの棚の前に居たからだ。
(中に入りづらいな……。今日は学校のパンで我慢するか)
その場を離れようとしても足が動かない。何故か視線が平塚さんの方へ向かってしまう。
(彼女の事は気にするな。俺とは違う人種なんだ)
甘い夢を見て恥ずかしい失敗をする。俺は中学の時に学んだはずだ。
心を無にすると生きるのが楽になる。自分には感情がないと言い聞かす。
(なんだ、あいつは?)
ジュースをやっと決めた平塚さんはチャラい大学生に話しかけられていた。
平塚さんは大学生に何か答えている。傍から見たら仲の良い友達にも見える……。
(俺には、関係ない……)
どうやら俺は何か病気のようだ。考えている事と行動が一致しない。
俺はいつの間にかコンビニの中へと入っていた。
「てかさ、超カワイイじゃん! あそこの高校だよね? 何科? そこ学校の子もうちのサークルに入ってるんだよ」
「あ、あははっ、学校に遅れちゃうので……」
「いいじゃん、一限目くらいサボってもさ。俺と一緒にお茶しようよ」
「う、うぅぅ……、絵里ちゃん……」
コンビニの棚の陰から二人の会話を盗み聞きをする。
そういえば、平塚さんは真島絵里さんといつも一緒に登校しているはずだ。
今日は一人だ……。
周りを見渡すと、誰も二人の事に気をかけていない。
平塚さんは困ったような笑顔をしていた。
心臓の鼓動が早くなる。
俺が出ていって何になる? 大学生の彼はとてつもなくイケメンであった。
女性はこんな感じのイケメンが大好きなはずだ。
きっと声をかけられても悪い気持ちにはならないはず。
平塚さんとイケメンが楽しそうにカフェで会話をしている姿を想像してしまった。
何故か俺はそれが気に食わなかった――
「お金の心配しなくていいよ。副業でもうかってるからさ。ほら、一緒に行こうぜ」
イケメンが平塚さんの手を取ろうとした。が、空振りをした。
俺が平塚さんのバッグを引っ張ったからだ。
「お、ととっ……」
平塚さんは間抜けな声をこぼしながら、とことこ後ろに下がる。
俺はイケメンら
リア充、かつ年上の彼になんていえばいいかわからない。
だから、お願いをするような目で見つめる。
「な、なんだよ、男連れだったのかよ。……あ、あははっ、さ、流石に、高校生には手を出さないって」
イケメンは青い顔になってコンビニを出ていってしまった。
理由はわからないけど、俺は胸をなでおろした。
争いごとは嫌いだ。この世からなくなればいいと思う。
「あっ、不破君だ!! おはよう〜。不破君もご飯買いに来たの? なら一緒に選んでほしいな! わたし選ぶの遅いからいつも絵里ちゃんが手伝ってくれるんだけど……」
――距離が近いんだよ!?
くるりと振り向いた平塚さんと俺の身体は触れ合いそうな距離であった。
平塚さんはそんな事を気にしていない。
「い、や、今日はパンで……」
「あの惣菜パン美味しいよ! えへへ、一緒に選ぼうね!」
俺は言われるがままに平塚さんのあとを追う。俺は学校の購買のパンでいいのだが……。
数十分かけてコンビニを出る俺と平塚さん。
なんかすごく疲れた……。
そのまま学校に向かおうと思ったら、平塚さんが小走りで付いてきた。
なぜだ? 男子と学校行くと変な噂されるだろ。
「あっ、まってよ、不破くん! 一緒に行こうよ!」
「あ、ああ……」
俺は歩く速度を極限まで遅くする。なぜなら平塚さんの歩く速度が異常に遅いからだ。
平塚さんはさっき買ったコンビニの袋をガサゴソと探る。
「えっと……、あった!! はい、不破君、これお礼ね!」
平塚さんは俺に大きなキャンディーを手渡した。
俺は恐る恐るそれを受け取る。
「お、お礼? べ、別に何も……」
「えへへ、いいからいいから受け取ってね! 美味しいよ!」
「じゃ、じゃあ後で食べる……」
俺は受け取ったキャンディーをポッケの中にしまっ
た。
平塚さんはニコニコしながら学校の話を俺にしてくる。俺は相槌を打つことしか出来ない。
変な風に思われていないか心配だった。
学校まではほんの数分。なのに、すごく時間が長く感じられる。
それでも、俺は感情がない男だ、と思えば乗り越えられる。
ふと、思った。
(そういえば、平塚さんって、男子と喋っているところをあまり見ないな)
きっと俺は男子と思われていないんだろう。クラスで陰が薄いからな。
「あっ、絵里ちゃんが合流するって! そこの角にいるみたい! よかった〜」
「なら、俺はここで……」
「あっ! 今日の放課後……」
勝ち気な真島さんに平塚さんと一緒にいるところを見られたら面倒な事になる。
俺は平塚さんの言葉も聞かず、走って学校へと向かった。
ポッケの中に入っているキャンディーの存在感がとてつもなく大きく感じられた。