竹製自転車他
竹製自転車は1894年に英国で発明された。
竹はフレームだけで、当時鉄が貴重品だった日本でも製造出来た筈だが、1939年にハンドルが竹に置き換わった物が登場した位。
足場に竹を利用し馬車から人力車、サイドカーからリヤカーを着想、こんにゃく芋の粉をベースに小麦粉を加えてゴムを造る国の人間が置き換えを考えない筈が無いからただ単に探し方の問題で、運転手の他に米一俵を載せられる実用車に発展した事もあり、耐久性への不安もあったのだろう。
竹フレーム自転車の荷重限界は100kg。
コースに山間部も含むロードレースを走破し、ママチャリも12時間耐久レースが存在するので竹製自転車とママチャリ等軽快車の耐久性と積載量は同じと見て良い。
史実以前に安全型自転車を造る場合、チェーンを接合する鋲は古代メソポタミア時代から存在し、鉄製歯車は紀元前3世紀にアリストテレスが紹介している為、その頃には価格、品質は兎も角製造は出来る。
車輪は鉄嵌めにしろパンクレスタイヤにしろ重く高価だが、最悪押して歩けば良い。
後のインドシナ、ベトナム戦争に於いてベトミンがパンクした鋼管フレームの実用車に105㍉榴弾を始めとする軍需品200kgを載せ、標高800mの高原を走破している。
造りやすさと低価格化を求めるなら蹴って進むドライジーネタイプだが、その価格は馬が1900ポンドに対し20ポンド(2023年換算約18万7500円)だった。
欧州と異なり竹やゴムが手に入る温暖なアジア・アフリカ地域なら(宋代以降の中国は鉄も)フレームやスポークを竹に置き換える事でドライジーネより軽く安く出来る為、概念があれば普及しやすいだろう。
ただ空気入りタイヤ式の安全型自転車を導入した場合、製造コストは火縄銃以上甲冑未満。
1889年に輸入された自転車※1は200円(23年267万円)
カーボンブラックが添加されゴムの使用量が減り、寿命と耐久性が向上した自転車用タイヤは1910年に発明されたが16年に日本が輸入した自転車は未だ白かった。
1919年頃の自転車は45〜60(現代価格27〜36万)円。
要所要所に鉄を使うのは変わらないが、カーボンブラックを添加すればタイヤ重量の22%のゴムを置き換える事が可能。
※1……同年宮田製作所に修理の為安全型自転車が持ち込まれているので同一と思われる。
1894年に最新の工作機械を用いて国産化された自転車は95円(現在価格114万円)だが機械は造れないので没。




