水まんじゅう
使節団がやってくる日が近づいている。
歓迎式典の準備は進んでいて、スパルナの飼育小屋なんかもすっかり準備ができた。
兄、ハワードの青騎士団は既にバルバの港に駐在している。
港に船がついたら、すぐに私も殿下と出かけることになっているので、毎日緊張の連続だ。
ランデール帝国の治世は安定しているとはいえ、皇太子の周りはそれなりに危険だとも聞く。黒騎士団が一緒とはいえ、私も護衛の足手まといにならないように細心の注意を払いたい。
「どう? フィリア。このメニューで良さそうかしら?」
「そうですね。大丈夫だと思います」
メニュー表を見ながら、私はエイミーに頷く。
今日はエイミーとともに厨房にお邪魔して、料理長ニーブンを交えての最終打ち合わせだ。
ベリテタ王国には、特に宗教上で禁忌とされている食べものとかはない。
両国の違いは、主食が米か小麦かということ。ベリテタは夏季に雨が多く、小麦の栽培に向いておらず、米を主食としている。
隣り合う国なのに、気候が違うのは、やはり魔の森に分断されているからなのだろう。
晩餐会のメニューはランデール帝国風であるけれど、ベリテタ王国のテイストを加味して用意することになった。
「フィリアさま、これが例のものの試作品になります」
「わぁ。美味しそう!」
ニーブンが物々しく取り出したのは、すごくシンプルなベリテタ王国のお菓子である「水まんじゅう」だ。
くず粉を皮にしていて、中に小豆の餡が入っている。
皮が透明なので、餡が透けているのが面白い。
大きめのガラスの容器に氷水と一緒に入れてもらっているから、涼しげだ。
「おまんじゅう? なんだか見た目が随分と違うわよ?」
エイミーが驚きの声を上げる。
ベリテタ王国名物の『おまんじゅう』。
餡をお餅でくるんだものは、帝国でもそれなりに有名だ。今の皇太后さまがベリテタ王国に行った時にとても気に入って、こちらでも作られるようになった。ゆえに皇族に近い人ほど食べたことがある。
豆を甘く煮てお菓子にするって発想に、皇太后さまは驚いたらしい。
ちなみに母経由で知った父曰く、武道訓練のお菓子に最適だということで、我が領地の兵たちにたまに支給されていて、大人気だ。
「どうしてお水に入っているの?」
「冷たくしていただくお菓子だからですよ」
ベリテタ王国の夏は暑い。だから見た目も涼し気なお菓子が好まれる。
この『水まんじゅう』はつるんとした食感と美しい見た目が特徴的だ。
エイミーは水からお皿にあげたお菓子を、優雅にフォークで切ってから口にする。
所作がとてもエレガントだ。
「美味しいわ」
エイミーは口元をハンカチで抑え、微笑む。
「このお菓子は、フィリアさまのご推薦です」
ニーブンが頭を下げた。
「フィリアの?」
「はい。ベリテタ王国のお菓子を紹介してくれとのことでしたので」
もちろん普通のお饅頭でも良かったのだけれど。
「少し見た目が変わっている方が、楽しいかと思いまして」
水まんじゅうのレシピについては、うちの放浪の料理人デランが用意してくれた。
ベリテタ王国の夏の風物詩といえば、これなのだそうだ。
「私もそんなには、いただいたことがないのですけれど」
母の住んでいた地方の料理ではなかったし、『夏限定』というこだわりもあるらしい。
「フィリアも食べてみたら?」
「はい」
エイミーにすすめられ、私も試食してみる。
甘さやや控えめでひんやりとした味わいで、つるんとした食感も楽しい。
「美味しいです。料理長。さすがですね」
「いえ。まだまだ、見本品で頂いたデラン氏の領域には達しておりません」
ニーブンは首を振る。
宮廷の料理人はとても謙虚だ。レシピを提供されたとはいえ、ほぼ作ったことのないものをこれだけの完成度で作れるってすごいと思うのだけれど。
「このお菓子は素敵だわ。フィリアでなければ思いつかないわね」
「私が凄いというよりは、うちのデランが博識なだけなのです。それに、美味しいお菓子を作ったのは料理長です」
ここで私が賞賛されるのは、おかしい。
デランが凄い料理人なのは確かだし、お菓子を作ったニーブンも凄い。だけど私はデランからレシピをもらって、ニーブンに渡しただけなのだ。
「ご自身の手柄になさらないところが、フィリアさまの素晴らしいところかと」
ニーブンが頭を下げる。それを言うなら、ニーブンもそうだ。この話、きりがない。
「そんなことより、使節団の方々が喜んでくれるといいのですが」
「フィリアは、いつも誰かのためね」
エイミーは柔らかく笑う。
「そういうところ、本当に眩しいわ。それに比べて、私は駄目ね」
「エイミーさま?」
エイミーが私より駄目なところなどあるはずがない。キラキラ輝いているのは、私ではなくエイミーの方だ。
「何かあったのですか?」
エイミーは今回の使節団の歓迎式典の準備をジニアスと共に引き受けている。
「ううん。違うの。私はいつも自分のことばかりだなって反省していたのよ」
「そんなことは」
私は首を振る。
「今回のことだって、フィリアに負担をかけてしまうことになって、申し訳ないと思っているの」
「負担?」
通訳としてアルバートの下で働くことだろうか?
「結果として私は、楽をする形になりそうで」
「そんなことはないと思うのですけれど」
裏方の仕事をエイミーは一手に引き受けている。楽をしているなんてことはない。
「私は本当にわがままよね。そして殿下も」
エイミーは苦笑する。
「言っておくけれど、フィリアも嫌なことは嫌と言っていいのよ」
「えっと。はい」
今回の仕事のことだろうか。
私がアルバートの臣下として動くのは道義的にどうかと思いはしたけれど、そもそも本当に嫌だったら、私は引き受けなかった。
私がいることで、ベリテタ王国とランデール帝国の同盟が固くなるならとても嬉しい。それに、アルバートと一緒に働くことは嫌ではないのだ。
むしろ──。
「フィリア?」
私は慌てて頭を振る。
自分は今、何を考えようとしたのか。
開けてはいけない箱のふたを覗き見た気分になる。
「すみません。お水、もらいますね」
私は水差しからカップに水を注ぐと、全てを飲み干すことにした。