騎士団
騎士団の団舎は、かなり広大だ。
訓練施設、事務所、そして兵舎に分かれていて、しかも青、黒、赤、の三部隊に分かれている。
ちなみに、ここに入っていない、軍の魔術師団は緑。皇帝陛下の親衛隊は白色で色分けされた鎧が支給されている。
色で区分しているのは、団に序列をつけないためなのだそうだ。
向かったのは、兄、ハワード・カルニスの率いる青騎士団。
ちなみにここに来るまでの馬車は、殿下とは別にしてもらっている。
私はともかく、殿下の醜聞になってはまずい。貴族社会は、どこで誰が見ているかわからないし、しかもスキャンダルが大好きだ。
わざわざ痛くもない腹を探られるような真似は避けるべきである。
「本当に、フィリアはしっかりしている」
馬車止めで降りて合流すると、アルバートが苦笑した。
「さすがカルニス辺境伯の娘というべきだな」
「ありがとうございます?」
何を褒められているのかよくわからないまま、頭を下げる。
青騎士団の詰め所の入り口には、数人の騎士たちが訓練を終えたらしく休んでいた。
「殿下!」
アルバートの姿を認めた騎士が慌てて敬礼を返す。
「やあ、急に来て悪いのだが、ハワードはいるかい?」
「はい。ただいま」
騎士の一人が慌てて、奥へと飛び込んでいく。
ほどなくして、一人の男がやってきた。
少しお調子者っぽい雰囲気の男性で、名前はトマス・ウエルズ。軽そうな外見に似ず、とても優秀な人で、兄の副官をやっている。
「殿下。今日は何か……って、フィリアさま!」
「ご無沙汰しております。ウエルズ副長」
私は丁寧に淑女の礼をした。
「な、なぜ? フィリアさまが殿下と御一緒に?」
ウエルズ副長が目を丸くしている。
「使節団の件で手伝いをフィリアにしてもらうことになった。今日はハワードにその報告を兼ねてだ」
「うわっ、えげつな」
ウエルズは言ってから慌てて、口を押えた。
「なんだね、ウエルズ副長」
「いえ、なんでもありません。殿下」
ウエルズは何でもないというよう首を振り、表情を元に戻す。
彼の性格によるところも大きいと思うけれど、気安い関係を感じさせる。
「殿下、やはり私はお邪魔だったのでは?」
思わず呟く。
「いえ! フィリアさまが邪魔になることは決して! 兵の士気も上がります!」
ウエルズが慌てて首を振る。
「……士気があがる?」
戦争に行くわけでもないから、士気が上がるっていう表現はどうかと思う。
「団長の機嫌も良くなりますし」
「そうですか? だといいのですが」
「フィリアは随分とウエルズ副長と親しいな」
アルバートが少しだけ不機嫌な顔をする。
「殿下。心が狭いですよ」
ウエルズがため息をついた。
「そもそも殿下の方は辺境伯からの宿題をお片付けになられたとはうかがっておりません」
「お父さまの宿題?」
何の話をしているのだろう。
父ということは、きっと国防に関する何かのことに違いない。
「団長にはきちんとお話しなさってくださいよ」
言いながら、ウエルズは私たちを兄の執務室の扉を開いた。
「殿下! そしてフィリアも!」
驚きの声をあげたのは、私の二番目の兄のハワード・カルニスだった。
髪はライトブラウンで、目は濃いブラウン。長身でかなり大柄である。美形に見えなくもないという兄は、現在二十六歳。帝国軍最年少で団長職についた脳筋エリートだ。
最近ようやく婚約者が出来たので、少しだけ『妹離れ』をしてくれた気がする。
「例の使節団の件でお見えになられたそうです。なんでも歓迎の手伝いをフィリアさまがなさるとか」
「正確には、俺の手伝いをしてくれることになった」
「聞いていないですが?」
アルバートにソファを勧めながらも、兄は眉根を寄せる。
「今、知らせた」
「言っておきますが、たとえ殿下が皇太子であろうと、皇帝陛下になろうとも、父からの宿題を片付けられぬ限り、駄目なものは駄目ですから」
「わかっている。陛下とも話し合いをしているから」
「無理だと思いますね。フィリアは、私の隣においで」
今日はアルバートの臣下として来ているからと思い、アルバートの後ろに立とうとすると、兄に手招きをされた。
「でも」
「よろしいですよね? 殿下」
「ああ、かまわない」
申し訳ないなあと思いながらも、私は兄の隣に腰を下ろした。
「それで、フィリアがどうして殿下の手伝いを?」
兄は前置きを置かずに口を開く。
アルバートも兄も忙しい人間だ。余計なやりとりをする時間はもったいないのだろう。
「ジニアスの提案でな。フィリアはベリテタ語が堪能だし、また、カルニス家の娘で知名度が高い」
「それはそうですが」
兄は不満げだ。
それはそうだ。同じ理由で既に兄が送迎役に任じられているのだから。
「そして何より、赤の魔術師どのによく似ている」
「むぅ」
兄は呻いた。
次兄のハワードが一番父に似ているのとは反対に、私は母に一番似ている。
兄より、私の方が使節団側としては親近感を持ちやすいのは事実だろう。
実務の実力で考えたら、私はただの『飾り』にしかならないけれど。
「それで、フィリアは何を?」
「黒騎士団と共に私と行動してもらうことになってね」
「黒騎士団!」
ウエルズが声をあげる。
「いっそ私と行動したほうが」
「青騎士団はしばらく港に駐留することになる。いくらハワードの目が光っているとはいえ、フィリアを同行させるのはあまり良い考えとは言えないな」
「それは」
兄は顎に手を当てて考え込んでしまった。
沈黙の中、副官のウエルズが私達の前に、ティカップをそっと差し出していく。
「私、おとなしくしていますよ?」
「……フィリアは、少し黙っていようか」
「お前は口を出さなくていい」
沈黙に耐え切れずに気を使っていった言葉は、なぜか、アルバートと兄の双方から拒絶されて、私は思わずムッとする。
「あの、でしたら、私、やっぱりこのお役目は辞退した方がいいのでは?」
打ち合わせに呼ばれたのだから、私だって発言すべきだと思う。
それをしなくていいというのなら、私は要らないってことだ。
「フィリア、違う。ごめん。そうじゃない」
アルバートが慌てて頭を下げる。
「港の詰め所は、男所帯で、あまり若い令嬢が過ごす場所ではないってことなのだ」
「私は平気ですが? 野営よりましですよね?」
領地では軍部に混じって、魔物狩をしていた私は、固いベッドもややしょっぱくて脂っこい食事も平気だ。
「ハワード。どう思う? 大丈夫だと思うか?」
「はい。殿下のおっしゃる通りかもしれません」
兄は残念なもののように私を見ると、深いため息をついた。