想い出のお茶会
マカロンはとてもおいしかった。さっくりとした食感が楽しくて、つい手を伸ばしてしまう。
宮廷料理人の神業なお菓子はエイミーと少し似ている。少しも気取っていないけれど選び抜かれた素材で、品が良い。
油断すると田舎娘のガサツさがでてしまう私とは違う。
辺境生まれの辺境育ち。一応、伯爵家の娘ではあるけれど、繊細さとは程遠い。
初めてエイミーの姿を見た時、小さい頃大好きだった絵本、『妖精王と姫君のお茶会』ってお話の、お姫さまが飛び出て来たかと思った。
可愛らしいお姫さまと美味しいお菓子と、優しい妖精王との冒険譚。
魔獣を倒す訓練を受けつつ、あまり得意でない淑女教育も頑張れたのは、絵本のお姫さまに近づきたかったから。
でも、私にはキラキラ光る金の髪も碧い瞳もない。この国ではそれほど珍しくない色だけど、私はその色を持っていなくて。
それはどうしようもないことだけど悲しかった。
それにベリテタ王国出身の母の血を引いているから、周りの貴族子女たちと顔立ちも少し違う。そのことは、やっぱりコンプレックスだった。
十歳の時、初めて宮廷で行われた貴族の子供だけのお茶会に参加した。外見で浮いていたこともあって、私は周囲になかなかなじめなくてどうしたらいいのかわからなかった。
「綺麗な赤い髪ね。素敵!」
立ち尽くしていた私に、優しく声をかけてくれたのは、エイミーだった。
そして彼女は、絵本のお姫さまがそうしたように、私をお茶の席にさそってくれた。
それが、とても嬉しくて。
だから相談役として、彼女のために今まで頑張ってきたことが活かせるってわかった時、誇らしかった。
ちなみに。絵本にでてきた妖精王は色合いこそ全然違うけれど、優しい微笑みがアルバートそっくりだ。
だから、私は。
大好きだった絵本のように、二人には幸せになってほしいと思っている。
「どうしたの? フィリア」
私の手が止まっていることに気づいたのだろう。心配そうにエイミーが私の顔を覗き込んできた。
「いえ。なんでもありません。ちょっと、昔のことを思い出しまして」
「昔のこと?」
エイミーが首を傾げる。
「エイミーさまと初めて会ったお茶会の時のことです」
「まあ」
にこりとエイミーが微笑む。
「なかなか周囲になじめないでいた私を席にさそってくださり、髪を褒めてくださいました」
「だって、綺麗だったのだもの」
エイミーは当たり前よ、という顔をする。
「フィリアの綺麗な赤い髪は、ベリテタ王国でも珍しいって聞いたわ」
「母の話によれば、フログスタンには多いと聞いております」
母はフログスタン出身だ。スパルナの住むその山脈のふもとには、赤い髪の子供が生まれやすいらしい。理由はよくわからないけれど。
私には三人の兄がいるが、赤い髪をしているのは、私と三番目の兄、マルスだけ。
「実はあのお茶会に出るまで、どうして父と同じライトブラウンの髪の色じゃなかったのかな、って思っていたので」
父の髪の色は、日の光にあたると金髪に見えなくもない。それがどうしても羨ましかった。
「エイミーさまに髪を褒められて、本当に嬉しかったのです」
社交辞令ではなく、心からの言葉だとわかったから。大好きな絵本のお姫さまに私はこれでいいと認めてもらえた気持だった。
「俺だって、フィリアの髪は綺麗だと思っているぞ」
アルバートの口調はまるでエイミーに対抗するかのようだ。
なぜそこで、むきになるのかよくわからない。
「ふふふ。先に言った者勝ちですわ、殿下」
エイミーは得意げだ。
「本当のことを言えば、あの時、みんなフィリアに声をかけたくて仕方なかったのよ。だって、フィリアはカルニス辺境伯の娘でしょう? 英雄の娘で、しかも凛々しい美人なのだもの」
「……ありがとうございます」
父が有名だから注目されていたというのは、本当のことだろう。美人かどうかは別にして。
「知っている? フィリアはお菓子を食べる時が最高に可愛いって、貴族令息の間でひそかに囁かれているらしいわよ」
「なんだって?」
アルバートが驚きの声をあげた。
いや、まあ。確かに信じられないことだけど。そこまで驚かれると、さすがにちょっと哀しいものがある。私は思わずマカロンに伸ばした手を引っ込めた。
私が可愛いってあり得ないって、アルバートは思っているのが丸わかりだ。言われなくても知っている。けれど、ちょっと胸が痛い。
「いえ、義姉さん。僕が知っている話ですと、キリリとした普段の凛々しい姿が好きだという派閥の方が多いように思います」
にやりとジニアスが少しだけ人の悪い顔をする。
アルバートはムッとしたような表情のままだ。
「そんな事はないと思うのですが」
二人の話を疑うわけではないが、全く聞いたことがない。それになんだか二人が私を持ち上げると、アルバートの機嫌が悪くなるみたいだ。気のおけない仲間同士で社交界のような美辞麗句は聞きたくないのだろうな。
「フィリアはモテるのよ。もっと自信を持って良いの。社交界でフィリアに声をかける人が少ないのは、カルニス兄弟の目が光っているのと、いつも私の側にいるからだわ」
くすりとエイミーが笑う。
「試しに夜会で一度、私から離れてごらんなさいよ。面白いことが起きるから」
エイミーの言いたい事は何となくわかる。私の兄達はとにかく過保護で心配性なのだ。どこからともなく誰かが顔を出してきそうな気がする。
「兄達が過干渉なのは認めますが、そもそも私はエイミーさまをお守りせねばいけませんのでお側を離れるわけには参りません」
「そういう意味ではないけど。まあ、そうね。そういうことにしておくわ。よかったわね。殿下」
なぜかエイミーがアルバートの方を見た。
ゴホッとアルバートがせき込む。
「あのね。フィリア」
エイミーはティカップを覗き込む。まるで、その中に何かみえているかのようだ。
「私もあのお茶会の時、浮いていたの。ほら、私って目が釣り目で怖そうでしょ。公爵家の娘で、しかも皇太子の婚約者って決まっていた。何か機嫌を損ねたらって、みんなに遠巻きにされることが多くてね」
「エイミーさま?」
エイミーが怖いって事はないだろうけれど。エイミーは高貴すぎて声を掛けづらい相手だったのかもしれない。
「フィリアはあの時、私のこと、『妖精王と姫君のお茶会』のお姫さまみたいって言ってくれたでしょう?」
「え? ええ。言ったと思います」
だって、本当に絵本から飛び出たみたいにそっくりだったから。お世辞でもなんでもなく、それは素直な感想で、今でもそう思っている。
「あのね。とても嬉しかったの。私って、何もしていなくても意地悪に思われることが多かったから。あんなに可愛い絵本のお姫さまに例えてもらえて、ああ、私はこのままでもいいんだなって思えたのよ」
エイミーは微笑した。
「それで、お父さまにお願いしたの。フィリアとお友達になりたいって」
「まあ」
そんなふうに思ってくれていたことがとても嬉しい。
あのお茶会を境に、私は自分の赤い髪を好きになれた。エイミーも自分のことが好きになれたのだとしたら、私達にとってあれは大切な分岐点だったのだ。
「ただ、フィリアはなかなか帝都の社交に出てこなかったでしょう? だから、お父さまったら、辺境伯に掛け合って相談役にすることにしちゃったの」
「義父上は、義姉さんを中心に世界が回っていますからね」
公爵さまは、エイミーを産んで亡くなった奥方を今でも愛している。その忘れ形見のエイミーも溺愛していて、それを隠そうともしていない。
だからこそ、エイミーを『わがまま娘』なんて勝手に誤解している輩がいたりする。
もっとも、娘が友だちになりたいと言ったから、その相手を相談役に抜擢しちゃうとか、そこだけ見たらそう見えちゃうかもしれない。
「でもね。だから、きっと大丈夫だと思うの」
「そうですね」
エイミーとジニアスが微笑みあう。
なぜか、意味深な気がした。
「フィリアも遠慮しなくていいの。好きなものは好き、欲しいものは欲しいでいいのよ」
「……えっと、十分に頂いておりますよ?」
少なくとも、色とりどりのマカロン、全色は制覇したと思う。
「フィリア、もっと食べていいぞ? なんならおかわりを」
アルバートがさらにすすめてくる。
「あの。さすがに食べ過ぎになりますので」
お菓子ばかり食べると、太ってしまう。
私だって、一応はお年頃なので、それくらいのことは気にする。
「……そうか?」
「殿下、必死になりすぎですよ」
ジニアスが呆れたような顔をした。