演習
演習場につくと、兄のハワードと、赤騎士団の団長ニック・スルドが私たちを出迎えた。
今日は実戦に近い演習だそうで、全員が鎧を装着している。
青騎士団には女性がいないのだけれど、赤騎士団には五人ほどいるらしい。
女性の騎士は数が少ないので、皇族警護などを行う親衛隊に配属されることが多いと聞いている。
だから、騎士団に配属される女性騎士はさらに希少だ。
ちなみに赤騎士団に女性が集中して配属されている理由は、現在女性の更衣室等の施設が赤騎士団にしかないかららしい。
魔術師隊になるともう少し女性がいるという話だけど。
この国では女性が騎士になることを止めるような法はないのだけれど、女性は剣を振るうより、刺繍やレース編みをしているほうが望ましいという風潮があり、しかも高位貴族ほど女性が外で働くことを嫌う。
もっとも私が両親や兄たちに騎士や魔術師になることを反対されたのはそういう理由ではない。深窓の姫のように育てたいのなら、魔獣狩りに参加させたりはしないだろうから。
「最初に、演習を見ていただきます」
スルドが演習内容の詳細を説明し始めた。
私は合間合間に通訳をする。
どうもちょっとしたゲームのようだ。武器は禁止されているので、鎧で全力疾走するための訓練のように思える。
ルールは簡単。自分の陣にある五本の旗を守り、敵陣の旗を取ってくるゲームだ。
敵への攻撃は体術のみ。旗は一度に一本だけしか持てない。
自分の陣地には五つほどトラップを仕掛けられる。とはいえ、殺傷力のあるようなものは禁止だ。そして五本の旗を置く位置も自由だ。
『面白いですなあ』
騎士団長であるテセロは非常に興味をひかれているようだ。ベリテタにはない訓練法らしい。
私たちは両軍の様子がわかる観覧席に座った。
アルバートが光玉を打ち上げたのを合図に両軍が動き出す。
「フィリアはやっぱり青騎士団を応援するの?」
「え? 応援したら駄目ですよね?」
今日は仕事で来ているのだから、身びいきをするのはいけないことだと思う。
「フィリアはまじめだなあ。まあ、もっともそうすると青騎士団が有利になっちゃうか」
「そんなことはないと思いますけれど」
兄のハワードはシスコンなので、張り切るかもしれないけれど、団員は違う。
そもそも声援一つで何かが変わるものでもない。
「フィリアは自分を過小評価しすぎだよ」
くすりとアルバートが笑う。
『どうかしましたか?』
不思議そうにドナード騎士が口をはさむ。
『いえ、何でもありません』
慌てて首を振る。いけない。今日は通訳なのだから、私語は慎まないと。目の前で分からない言葉で会話されたら、不安になってしまうよね。
『すみませんでした。何か気になることはございますか?』
『両軍の大将が対照的ですね』
テセロが楽しそうに微笑む。
青騎士団の団長である兄のハワードは自ら敵陣に切り込み、先頭に立って指揮をしている。対して、赤騎士団のスルドは後方に控え、後ろから的確に指示を飛ばしていた。
「決まったな」
アルバートが呟くと、兄のハワードがスルドの守っていた旗を奪い取っていた。
あとは、ハワードが自陣まで戻れば青騎士団の勝利だ。
ハワードが猛ダッシュで自陣へと戻る。何人かがタックルをかけてきたが、それを投げ飛ばして走っていく。我が兄ながら、無茶苦茶な強さだ。
ハワードを止められるとしたら、オラク、もしくは父しかいないだろう。
ハワードが旗を持ち帰ったところで、ゲーム終了となり、五対四で青騎士団の勝利となった。
「この後はどうするのですか?」
「交流試合だよ」
アルバートがにこやかに微笑む。
『スルド団長、ドナード騎士もいかがですか?』
『おお、ぜひ』
アルバートに誘われ、二人は嬉しそうに頷く。
二人とも剣におぼえのある騎士だから、見ているだけではものたりないのかな。
「よかったら、フィリアも出ない?」
「私ですか?」
思わず目をしばたたかせる。
「フィリアは軍に入りたかったのだろう?」
「それは──」
入りたかったのは事実だけれど。
「剣だけでどこまでできるかわかりません」
私はあくまで、剣と魔術の二刀流なのだ。
「試してみるといい。フィリアは勝てなくてもかまわないんだから」
にこりとアルバートが笑う。
そうだ。私は勝てなくても構わない。相手が騎士なら、負けて当然だ。
カルニス家の味噌っかすの私が自分の力を試す──こんな機会はめったにない。
負けたら、今抱いている劣等感がより強くなるかもしれないけれど。
それでも、そうならそうでかえってすっきりするかもしれない。
「やってみます」
「そうこなっくっちゃ」
アルバートが嬉しそうに頷いた。




