ラバナダス
遅刻。すみません。
いろいろなことがありすぎたせいか、城のメイドさんが入ってくるまで、すっかり寝てしまった。
ベリテタの使節団の人たちは、今日の午前中は軍の見学をすることになっている。
ちなみにグルナは陛下たちと会談するので、他の人たちを私が案内するのだ。
私は慌てて身支度を整えて、朝食を食べに食堂へ向かう。
今日はドレスでなくていいと言われているので、乗馬用の服なのでとても動きやすい。
「やあ、フィリア嬢」
「おはようございます。グルナさま」
私は使節団の人たちと一緒に食べることになっている。
「このパン、甘くておいしいね」
先に食べていたグルナが、皿を指さした。
「はい。それはラバナダスといいます。祝祭の時に食べるんですよ」
牛乳に浸したパンを卵液につけて焼いたものに、お砂糖をたっぷりふりかけたもの。
本来は特別な日に食べるお菓子である。
「どうぞ」
私にも朝食が運ばれてきた。
今日の朝ご飯は、コーンスープと蒸し鶏と野菜サラダ。それにラバナダスだ。
甘いパンより普通のパンを食べたい人の為に、普通のバケットも用意されている。
「うん。おいしい」
まず甘くて濃厚なコーンスープを味わう。
「フィリア嬢はおいしそうに召し上がりますね」
「はい。おいしいですから」
グルナに言われて頷く。
さすが他国の使節団に振る舞うメニューだ。何から何まで洗練されている。
「今日は、他のメンバーたちをよろしくお願いしますね」
「はい。頑張ります」
使節団の人たちのほとんどはランデール語が分かるけれど、グルナほど流ちょうに話せない人もいる。
つまり今日は本当に『通訳』としての仕事だ。
問題は、アルバートと一緒に案内することくらい。
軍の見学なので、アルバートが同行するのは不思議ではないのだけれど、昨日の今日で、少し、いや、かなり気まずい。
「おそらく青騎士団なので、私の兄が説明させていただくことになるかと」
兄のハワードなら、ベリテタ語を話せる。まあ、それはそれで私の通訳がいらない気もしなくもないけれど。
「カルニス家はやっぱりすごいですね。ご兄弟のうちの一人くらい、我が国に欲しいくらいですよ」
「ありがとうございます」
実際、兄たち三人ともそれぞれ優秀なので、謙遜するつもりはない。
ただ、私一人が味噌っかすなので、その中に入っていたとしたら、申し訳ないと思う。
「実はフィリア嬢をわが国に呼びたいという声がかなり前からありまして」
「私を?」
私は目をしばたたかせた。
「ええ。なんといっても両国の英雄の娘さんですし、ご本人も優秀でいらっしゃる。ただ、残念ながら直系の王族にあなたと釣り合う年齢の男子がおらず……」
「待ってください。私は皇族でも何でもないですから、ベリテタの王族に嫁ぐなんて」
グルナは社交辞令で言ってくれているのかもしれないが、あまりにも畏れ多い。
「グルナ殿。フィリアをベリテタに連れて行くことは許さない」
ふいに後ろから声がして、肩に手をのせられた。アルバートだった。
「殿下?」
「ああ、やっぱり。そんな気はしていましたよ」
にこりとグルナが笑う。
「それはそれで、我が国としては喜ばしい。残念な気持ちももちろんありますけれど」
ええと。
この展開は、グルナは私がアルバートに嫁ぐと思っているのだろうか。
「それでは、私はお先に。あとはよろしくお願いしますね」
グルナが笑いながら席を立つ。
「あの、殿下。もうお時間ですか?」
アルバートは皇族用の食堂で食べるはずだ。ここに来る必要はない。
「いや。ただ、フィリアに早く会いたくて」
ふわっと柔らかくアルバートが微笑む。
今まで見たことがないほどの、甘い笑みに、胸がドキリと音を立てた。
「ラバナダスを食べ終わるまで、待っていてください」
私は顔が赤くなるのをごまかすように口をとがらせた。




