謁見
兄のオラクはともかく私は、陛下の執務室に入ることそのものが初めてだ。
緊張するなという方が難しい。
陛下への謁見は、通常、玉座の間で行われる。
官吏でもないのに、執務室に呼ばれることはまずない。
非公式にということは、内々に話があるということなのだろう。
兄の方はいたって平静だ。そもそも、オラクは陛下を守る仕事をしているのだから、いつもの職場だから当然と言えば当然だけれど。
陛下の執務室は、常識的な執務室の倍くらいの広さで、ちょっとした会議ができそうなほどだ。奥には、ソファとテーブルが置かれている。
ガラス窓は夜のため紺色のカーテンがされていて、魔道灯が灯されていた。
壁面いっぱいの本棚には、書物がぎっしり詰まっている。
陛下は部屋の奥にある執務机に腰かけていた。式典の時よりも、表情が柔らかい。とはいえ、その瞳には、人を威圧する力を感じさせる。
その脇には、アルバートが立っていて、私たちが部屋に入るとにこりと微笑した。
部屋にいるのはその二人だけ。
デリンド公爵も来ると思ったのに、呼ばれたのは私と兄だけだった。
「よく来たな。そちらに座れ」
陛下は部屋の奥にあるソファを指さした。
「いえ、陛下、私は」
オラクは首を振る。
親衛隊の隊長であるオラクとしては、陛下の前でくつろいで座るというのは論外なのだろう。
「構わぬ。そなたが座らぬと、フィリア嬢も座りにくいだろう。今回はあくまで非公式の場であり、フィリア嬢への褒美の話だけでなく、相談をしたいと思っているのだ」
陛下にそう言われて、オラクは複雑そうな顔をする。
「さあ、フィリア、座って」
アルバートが私をソファへいざなう。
皇太子に言われてしまっては、断れない。私がソファに腰かけると、オラクも渋々私の隣に座った。
私達が座ると、アルバートと陛下が対面にあるソファに腰を下ろす。
「堅苦しいことはなしだ。まずはフィリア、君への報酬だが、爵位を与えるのはどうかね」
陛下にそう切り出されて、私は目をしばたたかせた。
「し、爵位ですか?」
この国では、一応女性も爵位を継げることにはなっているけれど、現在帝国に女性が家を継いでいる家はわずかだ。
「ありがたいお話ではありますが、たったあの程度のことで、爵位を賜るわけにはまいりません」
私は首を振る。
「まだ使節団のお手伝いも終わっておりませんし」
仕事半ばで報酬ももらうのは気が引けるし、それに、爵位を与えられるほどの手柄を上げたとはとても思えない。
「陛下。僭越ながら、妹の代わりによろしいでしょうか?」
「よい」
オラクが頭を下げ、意見を述べる。
「ご存じかと思いますが、妹フィリアは、アルバート皇太子殿下に求愛を受けております。どうか、妹に選択する自由をお与えください」
「縁談を断りたいと申すか?」
陛下の目がすうっと細くなる。
「……そういうわけでは」
アルバートは嫌いではないし、そもそも皇族からの縁談を断るなんて、不敬極まりない。
「フィリアの気持ちの整理がつかぬまま、話を勧めようとは、俺も思っていないよ」
アルバートが口をはさむ。
「フィリアが嫌なら断ってくれていい。それを褒美とする必要はない」
「しかし、殿下」
オラクは首を振る。
「その話はあとだ。フィリア、爵位ではなく、金銭のほうが良かったか?」
陛下が私の方を見る。
「あの……では、辺境領に、例えば劇団が定期的に慰問するようなことは可能でしょうか? 辺境は魔物しかいなくて、とにかく娯楽に飢えているので」
「おい、フィリア」
オラクが少し呆れたような顔をした。
「本当のことですから」
辺境には娯楽が少ない。常に何か楽しいことがある必要はないけれど、たまに息抜きは必要だ。
「なるほど考えておこう」
陛下は頷いた。




