晩餐会 4
「フィリア、大丈夫か」
兄のオラクが私の肩に手をのせた。
アルバートは皇帝との謁見の準備のために、先に部屋を出て行った。
「オラク兄さま」
正直、混乱していて、大丈夫とはいえない。
「フィリア君には、迷惑をかけた」
デリンド公爵は私に頭を下げる。
「エイミーとジニアスが思いあっていることは、実はずいぶん前から気づいていた。もっと早くに私が動いていれば、ややこしいことにはならなかったのかもしれない」
「……そうなのですか?」
相談役として一緒にいたのに、私は全く気付かなかった。
義姉弟でも仲がいいんだなあ、くらいに思っていた。
うちの兄三人が、私にベタベタしてくるせいかもしれない。
「実は皇太子殿下からも内々に解消の話を打診されたことがあるのだ。私はフィリア君を側妃にしてはどうかと言って相手にしなかった」
「それは、国のことを思ってのことですね?」
オラクの声が少しだけ厳しい。
「そうだ。そして、娘のことは何一つ考えていなかった。フィリア君なら、仲良くやれるだろうとは思ったのは事実だが」
つまり公爵自身はアルバートが婚約解消に動いていたことも、エイミーたちの関係も気づいていながら、政治的な意味の婚約を維持しようとしていたということだ。
「私は何も知りませんでした……」
「それはたぶん、皇太子殿下としても、婚約が解消されるまでフィリアを口説くことはできなかったし、父上が許さなかった。『側妃』としての打診なら、また話は違っただろうが……」
オラクは苦笑する。
「殿下は良くも悪くもまっすぐだ。まあ、公女さまのお気持ちも知っていたのだろうけれど」
二人はもう十年も婚約していて、仲だって悪くない。
「エイミーさまは何もお話ししてくださらなかった」
私は『相談役』なのに、エイミーが誰を好きだったのかも知らなかった。
好きな人が別にいるのに婚約しているという状況で、何の相談もしてもらえなかったなんて。
「私は相談役失格ですね……」
告白されたこともびっくりしたけれど、何も知らなかったことが辛い。
『エイミー、俺と君との婚約はなかったことにしよう』
『そうね。殿下。それがいいわ』
ふいにお茶会の時の二人の会話が脳裏に浮かぶ。
あの時、私は聞き間違いだと思って、それ以上何も聞かなかった。
今回の通訳に決まったのは、アルバートとエイミーが婚約解消しやすくするためだったのだろうか。
「フィリア君。今回の件で娘が何も言わなかったのは、君の気持ちに配慮してのことだったと思う。けっして、君を信用していなかったわけではない」
デリンド公爵は私を慰めるように微笑する。
「それにエイミーは私に知られると、私がジニアスをとがめると思っていたようだ。だから、君にも内緒にしていたのだろう」
「……ありがとうございます」
デリンド公爵の優しさが身に染みる。
「フィリアは顔に出やすいからな」
オラクが私の肩をポンと叩いた。
「そんなこと」
「素直なのは、フィリアの長所だ」
「……それは、貴族としてどうなんでしょうか」
思わず私は口をとがらせる。
貴族というものは、気持ちをすぐ表情に出してはいけないと習う。私も一応、習ってはいる。
「父上が殿下に良い返事をしなかったのはそのせいもあるな」
婚約のことはおいておいても、アルバートは皇太子だ。対して、私は貴族ではあるものの、辺境の田舎娘である。親として、『皇妃』の器ではないと判断しても不思議はない。
「なんにしても、ここからはフィリアの気持ちが大事だ」
オラクは優しく微笑む。
「皇族からの縁談を断ることは普通はできないが、カルニス家なら許される。なんなら、今回の褒章に縁談を断る権利を願い出ることもできるだろう。フィリアの好きなようにすればいい」
「私の好きなように?」
「ああ。殿下と結婚するもしないも自由だ。さて、そろそろ我々も陛下のもとへまいろうか」
「──はい」
自由にしていいと言われても、まだ自分がどうしたいかわからない。
そもそも、アルバートの告白そのものがまだ信じられないでいるのだから。
私はまだ自分の気持ちの整理がつかないまま、兄とともに陛下の執務室へと向かった。




