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マカロン

 翌日。

 よくわからないまま、私は宮廷を訪れた。

 もちろん、エイミー、ジニアスも一緒だ。

 ジニアスは現在、皇太子アルバートの側近をしている。将来的には公爵になるのだから当然だ。

 デリンド公爵は現在宰相を務めており、陛下の側近。ジニアスが皇太子に仕えるのは当然の流れである。

 エイミーは婚約者として、皇太子の補佐をする。ここにいる理由がよくわからないのは私だけ。今回は、ベリテタ王国人の血が混じっているからってことみたいだけれど。

 ただ、ベリテタ王国とランデール帝国の交流は昔から深い。だからそれほど珍しくもなかったりする。もっとも隣国といっても、魔の森で分断されているせいで、言語的にはかなり違いがあるし、生活や文化もだいぶ違う。

 私達が案内されたのは、宮廷の会議室。

 集まったのは、この前のお茶会のメンバーだけ。つまりは、非公式の打ち合わせということらしい。

「わぁっ、マカロン!」

 私は思わず声をあげた。

 テーブルの上には、可愛らしい色とりどりのマカロンがいくつもお皿に並んでいる。

 まあるい円盤型で中にクリームが入っているそのお菓子は、見た目はシンプルだけれど、かなり繊細なお菓子だ。

 このなめらかそうな表面というのが難しいって、うちの料理人のデランが言っていた。結構焼き上がる時に、ひび割れちゃうらしい。その素朴な外見に反して、難易度が高いお菓子なのだそうだ。

 ちなみにデランは私の父がスカウトした元放浪の料理人で、世界各地のお料理に詳しい。お菓子はあまり専門ではないと言っていたけれど。

「これなら、話ながら食べられると思ってな」

 アルバートがにこやかに笑う。

 食べやすさを優先して、宮廷料理人にリクエストしてくれたようだ。

 前回、ミルフィーユと格闘していた私を案じて……ということなのだろう。

 そう思うと、非常に申し訳ない気分だ。

 ただ。これ、話のついでに手を伸ばして食べていいお菓子じゃない!

 きちんと姿勢を正して、心して食べなければいけないやつだ。アルバートは、このお菓子がいかに繊細で、技巧が施されたものかを知らないに違いない。

 しかし。

 今日はお茶会ではない。非公式でも、国家儀式の打ち合わせだ。お菓子より会議の中身がだいじである。もちろん、宮廷料理人の技巧を凝らしたお菓子に敬意は払うけれども、仕事の方が優先だ。

 すぐに手を伸ばしたい気持ちをぐぐっとこらえる。

「どうした? フィリア?」

「いえ、なんでもありません」

 私はマカロンから目を背けて首を振った。

 我慢だ、私。食べ始めたら、止まらない自信がある。

「お茶をどうぞ」

 宮廷侍女が優雅な仕草で、ティカップを並べていく。選び抜かれた茶葉を丁寧に入れたのであろう。優しい香りがカップから漂ってくる。

「それで、やらなければならないのは」

 ジニアスが手もとの資料を読み上げ始めた。

「歓迎の式典と、我が国の産業見学、各関係者との会談の日程調整なのですが」

 ベリテタ王国は豊富な鉱物資源を持っているが、農産物の多くを我がランデール帝国から輸入している。

 隣り合う国が良き関係を続けてこられたのは、強力な魔の巣食うリンデルの森があるってことも関係すると思う。隣国でありながら、両国の貿易のほとんどは海運で行われていて、陸路はほとんど使われていない。

 リンデルの森は『広がっていく』魔の森であって、広がれば広がるほど魔物の数は増え、強力な魔が現れる確率が高くなる。仕組みはよくわからないけれど、だからこそベリテタとランデールは双方とも、国境に強固な結界を張って森の侵食を防いでいるのだ。

 ゆえに、ベリテタとランデールのどちらか片方が弱体化すれば、魔の森はあっという間に人の世界を覆いつくしてしまう。

 ゆえに、双方の国に思惑はあるかもしれないけれど、現状、ベリテタとランデールの同盟関係は強固で、魔の森に関しては、共闘関係にある。

「使節団はバルバの港からですか?」

「そうですね。今回は同盟の証として、聖獣『スパルナ』の雛を連れてくるそうなので」

「スパルナを?」

 私は目を見開いた。

 スパルナというのは、巨大な鳥の魔獣だ。人馴れして、人を乗せて空を飛ぶこともできる。

 ベリテタ王国のフログスタンという山脈に住む魔獣だ。美しい羽を持つことから王者の獣とも呼ばれ、聖なる獣として、基本、王国外に連れ出すことは禁止されている。

「それはまた、びっくりです」

「スパルナは飼育が難しいからな。俺は断ったんだが、見世物としては最高だからな」

 アルバートが肩をすくめてみせる。

「見世物?」

「来年は殿下の戴冠式が行われることになっています。その時を睨んでのことですよ」

 ジニアスの説明になるほどと思う。

 アルバートは二十歳を迎えると同時に皇帝になることが既に決まっている。

 戴冠式で、アルバートがベリテタ王国の聖獣スパルナを乗りこなして見せれば、両国の絆を見せつけることができるだろう。

 ただスパルナは小さい時から知っている相手にしか気を許さない。魔獣ゆえに、数年に一度しか産卵しないとも言われおり、このタイミングで雛を手に入れられたのは奇跡といえる。

「ねえ、フィリア、スパルナの雛ってどれくらいの大きさなの?」

 エイミーが私の方を見る。

「そうですね。私も雛は見たことはないのですが、たぶん大型の犬くらいだと思いますよ」

 成鳥? は、それこそ馬が二頭ぶんくらいの巨大な鳥だから、飼育する小屋の面積は相当必要になってくるらしい。

 辺境領に、たまにベリテタの使者がスパルナで訪れることがあるから見たことはある。

 餌は雑食。ただ猛毒を持っている巨大サソリや、幻術を使う巨大蛇なども食べることから、魔を食べ、魔力を持つ魔獣にもかかわらず、スパルナは聖獣と呼ばれているのだ。

「それだけ大きいと、餌もたいへんでしょうね」

 エイミーは首を傾げる。

「そうですね。そこそこ大食漢なので、なかなかスパルナ騎兵の数は増やせないって聞いております」

 ベリテタ王国といえば、スパルナの騎兵のイメージがあるけれど、実は十騎もいないらしい。母情報なので、情報が古い可能性はあるけれど。

 スパルナ騎兵はエリート中のエリートなのだ。

「戦闘用というよりは、伝令に使うことの方が圧倒的に多いみたいですし、どちらかというと王家の象徴です。なんにせよ、ベリテタの最大の親愛の情がこもっている献上品だとは思います」

「まあな。その分、飼育にプレッシャーがかかる。一応はベリテタ王国から一流の飼育員が一緒に来るはずだが」

「一年間スパルナを養育、訓練したうえで、しかも殿下はそれに乗る必要がありますからね。かなり重い親愛の情ですよ」

 ジニアスが苦笑する。

 成鳥を借りる方がよほど楽、と言いたいのだろう。

 実際のところ、ベリテタ王国の王族が乗るにしろ、騎兵と一緒に王族が乗ることの方が多いって聞いている。

 ただ、ベリテタの王はスパルナを乗り回しているという噂だ。よく考えると、それはそれで臣下たちは気が気でないだろうな。

「ええと。では、バルバの港でとりあえず出迎えを?」

「ああ。それは青騎士団に任せている。船だからな。多少、日程にズレはあるだろうから、港の詰め所に待機させる予定だ」

「青ということは……ええと。兄上の隊ですね」

 私の兄、カルニス家の次男であるハワード・カルニスは現在青騎士団の団長をしている。

 ちなみに私には三人の兄がいて、長兄のオラク・カルニスは皇帝陛下の親衛隊の隊長。三男のマルス・カルニスは宮廷魔術師をしている。

 辺境伯である父を筆頭に、私の家族は何かしらの肩書を持っているのだ。つまり、カルニス家の中で、私は一番みそかっす。

 本当は私も軍に入りたかったのだけれど、三人の兄に猛反対されてしまった。

 というか。兄たちは私が社交界デビューすることも嫌だったみたい。

 小さい頃、一緒に魔獣を倒してたわりには、超過保護なのだ。今でも田舎娘の私が、周囲の令嬢にいじめられないか心配している。

 いや、公爵令嬢の相談役である私をいじめる根性がある令嬢なんて、そうはいないと思うのだけど。

「カルニス家はなんといってもベリテタ王国の人間にとっても英雄一家ですから。ベリテタ語も堪能ですしね。何より、どこの誰よりも信頼できます」

「……ありがとうございます」

 身内を褒められると、とても嬉しい。

「連絡が入ったら、ファダの村まで俺も出迎えに行く。フィリアはそれに同行するように」

「私も、ですか?」

 ファダの村は、帝都に近い。村から帝都までは、半日かからずに済む距離だ。

「カルニス嬢ならば、殿下の側で護衛と通訳を両立できます」

「私は、宿舎の手配と、式典の準備が忙しいでしょ? フィリアが同行した方がいいと思うの」

 エイミーがウインクする。式典やその後の晩餐会などを取り仕切るのは婚約者が請け負うことが多い。

「それは……その通りだと思いますが」

 だからこそ、エイミーの相談役の私としては、そちらを手伝うのが当然のような気がしていた。

 皇太子の護衛は騎士の仕事だし、アルバートはベリテタ語が使える。兄もいるし、通訳は必要ないように思えるのだけれど。

「殿下の護衛には、黒騎士隊から数名選出されることになっており、精鋭には違いありませんが、いずれもベリテタ語が堪能とは言えないでしょう。無論、カルニス団長がいるから問題はないとは思いますけれど、念には念を入れよと申しますしね」

 そもそも、ベリテタ王国の使節団の人間はランデール語が堪能な人間が多いような気がする。そこまで通訳って必要なのだろうか。

「まあ、このマカロン。とっても美味しいわ」

 何気なく手をのばしたのだろう。エイミーがピンクのマカロンを口にして、びっくりしたような声をあげる。

「ああ、そうだ。フィリア。料理人のサムが感想を聞かせてほしいと言っていたよ。食べてみてくれ」

「えっと……はい」

 アルバートに満面の笑みで、すすめられて、私はマカロンを手にする。

 甘ずっぱいクリームの入ったそのマカロンは、やっぱりとてつもなく上品な味で。

 私は思わず姿勢を正して、マカロンに集中することにした。

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