晩餐会 1
そして、歓迎式典の晩餐会がはじまった。
開催場所は、城で一番広い太陽の間だ。
今日は基本立食形式で、舞踏会も行われる。
招待客もかなり多い。
私の兄達が全員警備に回るので、私のエスコートは誰に頼もうかと思っていたのだけれど、結局、グルナにエスコートしてもらうことになった。
客人であるグルナと一緒に入場するのは気が引けたけれども、『通訳』という建前なので、一番それが無難なのだ。
実はアルバートがエスコートしてくれると言ってくれたけれど、それは丁重にお断りした。
だって、婚約者であるエイミーをさしおいて、エスコートをしてもらうわけにはいかない。
当のエイミーは義弟のジニアスにエスコートを頼むと言っていたけれど。
二人は喧嘩でもしているのだろうか。
『さすが、ランデール帝国。にぎやかですねえ』
グルナが会場に入るなり、わざわざベリテタ語で私に話しかける。
『まずは、陛下にご挨拶をいたしましょう。どうぞこちらへ』
私もベリテタ語で案内をした。
正直、グルナはランデール語も堪能だから、このやりとりはランデール語で構わない。
ただ、それだと、私の肩身が狭いだろうと案じてくれているのかも。
ベリテタの王族にして優秀な公爵は、とにかく、そんなことにまで気配りをしてくれる。
もっとも彼がそこまで私に気遣ってくれるのは、絶対に『赤の魔術師』である母のおかげだ。
私はグルナを会場の一段高い位置に座っている皇帝のもとへと連れて行く。
皇帝、レイスは、漆黒の髪に、焦げ茶色の瞳をしている。
顔立ちはアルバートにとても良く似ているが、年輪を重ねている分、渋い。
うちの父親と同年代だが、圧倒的に洗練された雰囲気がある。
「陛下。ベリテタ王国、王弟でいらっしゃいます、ブロウ・グルナ公爵さまです」
私はグルナから一歩下がった位置で、跪き、頭を下げた。
「ランデール皇帝へご挨拶申し上げます。ベリテタ王国、使節団のグルナでございます」
グルナは流ちょうなランデール語で挨拶をした。
グルナは頭を軽く下げるだけ。
ランデールとベリテタは対等な関係だから、跪く必要はない。
「グルナどの。よく参られた」
皇帝はグルナをねぎらった。
皇帝の隣には、皇后であるシリアがすわっていて、その後ろには、皇太子であるアルバートが立っている。
普通に考えたら、アルバートの隣にエイミーが立っているはずなのだけれど。
なんかよくわからないけれど、最近、エイミーはジニアスと一緒にいることが多い。
義理とはいえ姉と弟だから、不思議ではないのだけれど、今まで、エイミーは婚約者であるアルバートと公式行事に出ることが多かった。
グルナが皇帝と話をしている間、ずっと私は跪いたまま待つのだけれど、相変わらずグルナのランデール語は素晴らしく、自分が何故ここにいるのかよくわからない。
「フィリア・カルニス」
突然、皇帝に名を呼ばれて、私はびっくりした。
「そなたのおかげで、スパルナの雛は無事だったと聞く。礼を言う」
「……おそれいります」
慌てて頭を下げる。
「さすがは、両国の英雄の娘だ。そなた自身が両国の友好の証だな」
「もったいないお言葉にございます」
父と母は、国際結婚なのだから、その子である私がそんな風に言われても当然なのかもしれないけれど、なんとなくこそばゆい。
「そなたの功績をたたえ、褒美を与えようと思うので、この会が終わったら話をしたい」
「……ありがとうございます」
わざわざ後から話をしたいということは、まだ何を与えるとか決まっていないのかもしれない。
そもそも、スパルナが暴走したのは、今日の話だ。
私としては、宮廷の調理人が作ったマカロンをまた食べさせてもらえたら、嬉しいなと思うくらいで、特に欲しいものはない。
欲がないというわけでもないのだけれど。ふとアルバートの姿が目に入る。
欲しいものは、自分で手に入れるし、手に入らない物は欲しいと思ってはいけない。
私は自分にそう言い聞かせた。