歓迎式典
歓迎式典は、城の謁見室で行われる。
既に渡されたも同然のものだけれど、皇帝陛下の御前でのスパルナの贈呈式と、歓迎の意味での演武と舞踏がおこなわれることになっているのだ。
皇帝陛下は、玉座からご覧になる。皇太子のアルバートも陛下の脇に座る。
私は、使節団の為に作られた貴賓席の横に座るらしい。
通訳という名目だから当然と言えば当然のなのだけれど、超ビップ席扱いで震える。
だって、各大臣よりも、良い席らしいから。
エイミーとジニアスは父である公爵とともに座ると聞いている。
ジニアスはともかく、慣例ならば、皇太子の婚約者であるエイミーはアルバートの隣に座るのだけれど、エイミーが固辞したらしい。
友好のためには、エイミーより私が目立つ方が良いと説明を受けたけれど、どういう意味なのか、いまいちよくわからない。
確かに私はベリテタとランデールのハーフであり、我が家が重く用いられているということはそれだけで、ベリテタとの関係が良好なことを対外的にも見せつけることができる。
ただ、それは、兄三人で十分だとも思う。
しかも、父も母も、辺境領でいまだ現役だ。
ひょっとしたら、カルニス家の味噌っかすの私にも、居場所を作ってくれようとエイミーは考えているのかもしれない。
でもそれは、エイミーが私をもう必要としていないということなのだろうか。
エイミーの相談役になって、ようやく自分の仕事を見つけた気がしていた。
私は兄たちのように、剣や魔術で身を立てることができなかった。
今更、軍に入りたかったとか、魔術を極めたいとか考えているわけではないけれど、小さい時から、兄たちとともに鍛錬を積んできたのだから、それをいかすような職に就きたいとも思う。
エイミーの相談役は護衛も兼ねていたから、自分のスキルが活きる職場だった。
今回は通訳の仕事を任されたものの、本当に自分が必要なのか疑問が残る。それに、私が話せるのはベリテタ語とランデール語だけだから、今後、国の通訳として勤めるのは無理だ。
たとえ、今回の仕事がうまくいったとしても、そのあとがあるとは思えない。
心がずんと重くなる。
辺境領に帰ることも検討すべきかもしれない。
普通なら、そろそろ縁談が来る年頃なのだけれど、なぜか私には全くそういう話が来ないのだ。
一応、令嬢としての作法は身に着けているつもりなのだけれど、粗野な部分が隠せていないのか、それとも、三人の兄と、英雄の両親の名が怖いのかは、わからないけれど。
私はドレスアップをして、使節団とともに、スパルナのゲージの前で待機していた。
「そろそろです」
『それでは、スパルナを会場に運び入れましょう』
担当の合図を受け、グルナがグルナとともに、私はスパルナのゲージを覗き込む。
「アルジェナ、大丈夫よ」
アルジェナは緊張しているようだ。どこか強ばった雰囲気がある。
その時、なぜかさわやかなオレンジの香りがゲージの中から、流れてきた。
「グルナさん! 待って」
いやな予感がして、私はゲージを運ぼうとしていた人たちの手を止めた。
クォォォ
アルジェナが甲高い声を上げると、周囲に風が吹き始めた。
「これは!」
「オレンジです! オレンジの香りがしました!」
グルナに向かって私は叫び返す。
風は、しだいに強くなっていく。
私たちはゲージの傍に立っていることができず、体を地面にしずめた。
「魔力が暴走しているのだわ」
スパルナにとって、柑橘類を与えることは禁忌だ。
あのオレンジの香りは、誰かが意図的に与えたに違いない。
普通、人間の場合、魔力が暴走した時は、肉体的にショックを与えて気絶させるか、暴走した魔力より強大な魔力で一時的に封印する。
同じ方法でいいのか、全く分からないけれど。
私は立ち上がり、ゲージに向かって封印の陣を描いた。
さすが、神獣というだけあって、圧倒的な魔力だけど。
私は全力で、封印の陣に魔力を注ぐ。
どのくらいそうしていただろうか。
風がようやくやむのを感じて、私はそのまま意識を失った。