お茶漬け
食事が終わると、会はお開きになった。
使節団との会談は明日以降に予定されているので、今日はゆったり休むようにということらしい。
私は兄のマルスとともに、アルバートに誘われて、スパルナを見に行くことにした。
まだ、輸送用のゲージのままにされているのは、できるだけ環境変化を減らすためだ。
明日、建国祭でお披露目をしたら、城の中に作られた巨大飼育小屋に移されるらしい。
一応は、ベリテタの飼育員の指導の下、作成されたのだが、念のため使節団の人間にもチェックしてもらうことになっている。
なにせ、ベリテタの神獣だ。
万が一のことがあったら、それこそ友好にも響く。
ただ、ベリテタ以外の土地で、飼育された記録はない。もしランデール帝国で飼育が可能とわかったら、それ以外の国も飼育したがる可能性もある。
なんといってもベリテタのスパルナ騎兵は、機動力でほかに勝るものはない。
どの国も喉から手が出るほど、欲しいだろう。
もっとも、スパルナそのものの個体が少ない。それこそ飼育での繁殖にでも成功しない限り、ベリテタ以外で騎兵部隊を作ることは無理だ。そもそも、ベリテタの騎兵隊ですら、それほどの数はいないのだから。
「しかしどうして、フィリアが餌やりにつきあわなければいけないのですか? 殿下のお仕事ではないですか」
夜遅くの仕事だけに、兄のマルスは不満顔だ。
「マルス兄さま、アルジェナはすごくかわいいの。会えるうちに会っておきたいわ」
「フィリアはいつ見にきてくれてもいいけど」
小屋の傍に置かれた、エサのたるから、干し肉を取り出しながらアルバートは笑う。
「城勤めをしていないフィリアが、勝手に見にこれるようでは、行けないと思いますが?」
マルスは厳しい顔で意見する。
それはそうだ。社交辞令を本気にして、勝手に見に来たらどうするのだ。もっとも、さすがに私もそこまでバカではないけれど。
「さすがに一人で勝手にというわけにはいかないが、俺と一緒なら──」
「殿下に簡単に会いに来させません」
マルスは怒ったような口調になる。
「殿下は、父の宿題を終わらせていない。軽はずみな言動はおやめください」
「それは、わかっている」
また、宿題の話だ。どうやら、ハワードだけでなく、私以外は、みんな内容を知っているらしい。
本当は、どんなことなのか知りたいけれど、聞いてもきっと教えてはくれない気がする。
ゲージの戸を慎重に開け、「アルジェナ」と、アルバートは声をかけた。
「ぴっ」
アルジェナが小さく返事をする。
相変わらずめがくりくりしていて、ふわもこの羽毛が気持ちよさそうだ。
「へぇ。スパルナのひなは初めて見た」
小声で、マルスが呟く。
マルスも私と同じで、辺境領にいたころにスパルナは何回も見たことがある。
乗せてもらった回数はきっと私より多い。
アルジェナは干し肉を平らげると甘えたように、ピッとないて、アルバートに頭を擦り付けた。
めちゃくちゃうらやましい。本当は、エサやりとか私もやってみたいけれど。
アルバートはこれからアルジェナと信頼関係を築かないといけないのだ。
「フィリア」
アルバートに手招きをされ、私はアルジェナの傍による。
「撫でてやって」
「アルジェナ、なでてもいい?」
私の顔を覚えてくれていたのか、ぴっとないて、アルジェナは私に頭を擦り付ける。
相変わらずフカフカで、本当にかわいい。
「マルス兄さまも撫でる?」
「……やめておく。主との絆が完全じゃない状態の時に、あまり他人が干渉するのは望ましくない」
「マルスはまじめだなあ」
アルバートが苦笑する。
「カルニス家は、この国の要だ。アルジェナが懐いても何の問題もない」
「まったく。殿下は口が達者でいらっしゃる」
マルスは首を振り、それでも、アルジェナに近寄ろうとはしなかった。
そうか。スパルナは王者の神獣でもあるから、臣下、いや、臣下でもない私が、勝手に触るのはやっぱりいけなかったのか。
可愛いけれど。
「すみません。私……」
「いいよ。俺がいいと許可したのだし、なにより、アルジェナはフィリアのことが好きみたいだ」
アルバートが優しく微笑む。
「はぁーっ。止めたいけれど、フィリアは動物に好かちまうからなあ」
マルスの方を見ると、ため息をつきながら頭を掻く。
「では、エサが終わったから、夜食でも食べようか」
アルジェナを撫でまわしてから、私たちはゲージにしまう。
「夜食?」
「ああ。料理長に、用意してもらっている。ベリテタの『お茶漬け』というものらしい」
「お茶漬けですか」
マルスも私もお茶漬けは食べたことがある。
私の母は、ベリテタ人だ。
普段は、ランデールの食事をしているけれど、時々、ベリテタの『米』が食べたくなるらしい。
米料理にもいろいろあるけれど、最後に残った米は、お茶漬けにすることが多かった。
「なんだ。やっぱり二人とも食べたことがあるのか」
アルバートは少しがっかりしたようだった。
なんでも、アルバートはついこの前、知った料理だったらしい。料理と呼べるかどうかは微妙だけれど。
食堂につくと、料理長が、お椀にご飯をよそい、その上に焼いた魚を解したもの、野菜の漬物、それからたっぷりの海苔をのせて、ベリテタの緑色のお茶をかけてくれた。
「さすがに宮廷の料理人が作ると上品で豪華ですねえ」
私は思わず感動する。
「うちで食ったものとは、全然違うなあ」
マルスも同意する。辺境領の茶漬けには、野菜の漬物くらいしかのっていない。
「それにしても、どうして、お夜食を?」
時間はかなり過ぎたとはいえ、おなかはかなりいっぱいだ。
「実は、明日の試食を兼ねているのです」
料理長が頭を下げる。
明日は立食形式だから、いろいろ用意する予定だが、ベリテタ人は、デザートで締める人と、お茶漬けで締めるタイプの二通りいるらしい。
「そうですか」
試食というなら、納得だ。少なくとも、私とマルスは、ベリテタの食事に慣れているから、たぶん試食に向いている。
「いただきます」
私たちは手を合わせてから、お茶漬けをいただく。
魚と野菜からの塩気と米の甘み、そしてお茶の香りがなんとも言えない。
「……すごくうまい」
見れば、マルスもアルバートもあっという間に完食していた。