選ばれた理由
襲撃を受けた後は、何事もなく、私たちは帝都にたどり着くことができた。
ただ、当初の到着時刻からかなり遅れてしまったのは、ある意味仕方がない。
城にたどり着いた時には日が暮れて、すっかり暗くなってしまった。
ベリテタの使節団の人たちの案内を城にいた担当者に任せ、今回私に与えられた部屋へと急いだ。
すぐに着替えて食事の会場に行かなければいけない。
正式な晩餐会は明日なのだけれども、私はお世話係として同席することになっている。
「フィリア、こっちよ」
部屋の前で手招きをしてくれたのは、エイミー。
公爵令嬢を廊下で待たせてしまっていることに、私は焦ってしまう。
「エイミーさま!」
「お帰りなさい。フィリア。お疲れさま」
エイミーさまは美しい笑顔で私を部屋に迎え入れてくれた。
部屋の中には十人近い侍女たちがいて、忙しそうにしている。
「さあ、とりあえずお風呂に入って。私は先に会場に行っているから、フィリアは落ち着いて準備してくれていいから、しっかりおしゃれしてきてね」
「でも、エイミーさまおひとりでは大変なのでは」
「あら、フィリアだって、一人で騎士団に同行したでしょ? こちらの仕事は私に任せていいの。ただ、使節団の人たちは、フィリアがいた方が安心すると思うから、食事の時間には間に合わせてくれればいいわ」
エイミーはそれだけ言うと、部屋から出て行った。
使節団の歓迎は、皇太子の婚約者の仕事だから、エイミーがとっても忙しいのは間違いない。
「さあ、フィリアさま、こちらへ」
城の侍女たちに促されるまま、私は風呂に入り、そして、豪華なドレスを着せられた。
歓待役ということで、デリンド公爵家が作ってくれたもの。
エイミーさまの補助だからってことらしい。
普段はあまり着ないような、フリルがたっぷり入ったオフショルダーのドレスは、最新の流行らしい。
辺境の田舎娘としては、自分が着ていいのかどうか迷うくらい素敵なドレスだ。
赤い髪は結い上げて、白い花を飾る。
いつもはあまりしない化粧をほどこされ、完全に化けたって感じ。
どこから見ても、深窓の令嬢って仕上がりだ。いや、一応は、令嬢なのだけれど。
ちなみに私をエスコートしてくれるのは三男のマルス。他の兄二人と、誰が私をエスコートするか、もめにもめたらしい。
相変わらず、妹に甘い兄たちだ。でもすごいのは、兄三人が、国政の重要ポジションについているってことだ。
今日の夕食会は、晩餐会とは違うので、皇帝陛下は参加しない。
ただ、各大臣クラスはみんな参加するし、皇太子であるアルバートも参加する。
外交は始まっているのだ。
だからこそ通訳がいるってことらしいのだけれど、そもそもグルナ公爵は、ランデール語を話せるし、本当に私が必要なのかなとは、思う。
「おおっ。フィリア、今日は滅茶苦茶きれいだね」
迎えに来てくれたマルスが私を褒めてくれる。
「マルス兄さまの制服も素敵です」
マルスは紫色のゆったりしたローブで、ところどころ金糸で刺繍がしてあるものだ。
マルスは、三人の兄の中で、一番背が低い。とはいえ、上の兄二人が高すぎるだけで、決して低くはない。体格も魔術師だから、それほど大きくない。
もちろん、カルニス家の人間だから、当然、普通の人より剣は使えるけれど、マルスは軍に入るより、魔術師になることを選んだ。
マルスは魔力が桁違いに大きい。ある意味『赤の魔術師』と呼ばれた母の力を一番受け継いでいる。
もちろん性別の差があるから、外見は私の方が母に似てはいるのだけれど。
「ハワード兄さんから聞いたぞ。一発でかい魔術をぶちかましたって」
「……そうでもないですよ」
私は慌てて首を振る。
「それにしても、単純にベリテタ語を話せる人間をというのなら、どうしてオレがよばれないんだろうなあ」
「……そうですよね」
少なくともうちの家族で一番の味噌っかすの私に歓待役をさせるより、マルスの方が優秀だ。
「私が母さんに似ているからじゃないですかね?」
「いや、絶対そうじゃないだろう」
マルスが首を振る。
「そうじゃないとは?」
「フィリアは本当に相変わらずだなあ。まあ、フィリアはずっとそのままでいてね」
マルスはそう言って、私の肩をポンと叩いた。