アルジェナ
夕食を食べた後、私はアルバートとグルナともにスパルナを見に行くことにした。
スパルナの雛は、雛と言えども、大型犬くらいの大きさはあるから、そのゲージはかなり大きい。
「給餌は、すぐに始めてもらった方がいいです。慣れてくれば、殿下以外の方がしても良いですけれど」
「しばらくは、仕方ないな」
グルナの言葉にアルバートが頷く。
給餌行為は、雛との信頼を築くために重要だ。
信頼関係がなければ、スパルナは絶対に人を背に乗せたりはしない。
「餌は何を?」
「旅の間は干し肉を与えていました。基本は雑食で、果物なども食べます。ただ、ひと月に数度は魔物を与えなければ、魔力が保てなくなって死んでしまいます」
「帝都で飼育するのは、なかなか大変そうですね」
無論、帝都の外はいくらでも魔物がいるから、入手が不可能というわけではないけれど。
「まあ、懐いていれば、数日野放しにしてやれば、勝手に狩って食べるでしょう。帰巣本能はとても強いので、その辺は心配いりません」
「それは……さすがに無理かな」
アルバートが苦笑する。
スパルナを崇めているベリテタ王国なら許されても、この国でそれをやったら、皆が怯えるに違いない。そもそも、スパルナを見たことがない人間の方が圧倒的に多いのだから。
「カルニス領なら、簡単ですけれどね」
辺境だから人も少ないし、スパルナも全く見たことがないってわけじゃない。
何より、魔物に不自由しないし。
「生餌である必要はないので、そこまで難しくはないですよ」
グルナは答えながら、スパルナのゲージの傍に置いてある樽の蓋をあけた。
「そんなに食べるのですか?」
用意している干し肉の量が半端なくて、私は思わず目を丸くする。
大きさは大型犬並みというから当然量は多いと思ったけれど、想像以上だ。
「そうですねえ。今の時期はどんどん増えていく感じですので、様子を見てとしか言えませんね。成鳥になれば、食欲も落ち着きます」
とはいえ、大きさが大きさだけに、一日に食べる量はかなりありそうだ。
野放しにして勝手にさせちゃいたくもなるかも。
グルナは干し肉を大きな皿にのせ、それをアルバートに手渡した。
「餌をやる時に気を付けることは?」
「そうですねえ。必ず声をかけてあげることです。割と臆病ですので、無言で近づくとパニックになるかもしれません。それから柑橘類は避けてください。高確率で魔力が暴走します」
「魔力が暴走ですか?」
それはちょっと怖い。
「はい。少量ならいいのですけれど。また、スパルナは柑橘類がとても好きでして、自身で加減するということは無理なのですよ」
「え? では自然にいるスパルナはどうして?」
「スパルナの住む地域には、柑橘類の木はある一種の木しか育たないのです。そちらは食べても大丈夫なのですけれどね」
グルナはゆっくりとスパルナのゲージの鍵を開く。
スパルナのゲージは外から中が見えないように視覚疎外の魔術がかかっている。輸送の間、周囲の視線を集めないようにするためだ。
反対にゲージからは外が見えるようになっていて、スパルナにストレスがかからないようになっている。
ゲージの扉が開くと、目の前にスパルナの雛がいた。
成鳥は朱金の羽を持つのだけれど、雛はあか抜けない灰色の羽をしている。
高山の鳥だけあって、羽毛はふわふわのもこもこだ。
鳥の雛はあまり可愛くないのが定番だけれど、目がクリクリしていて、結構可愛い。
「さて、餌をあげてください」
「ああ」
アルバートが餌の入った皿を見せると、雛は嬉しそうに寄ってきた。もうすでに、人に慣れている。
「長旅でお腹が空いたろう。ご飯だぞ」
ぴっと、雛が小さく鳴いて、差し出された皿をつつき始める。
その仕草が必死で、とても可愛い。それに首筋のふわふわな毛が本当に柔らかそう。
「あの、触っても大丈夫でしょうか?」
グルナに恐る恐る尋ねる。
「触っていいか聞いてみてください」
「ええと」
雛に話す前に、私はアルバートの顔を見る。よく考えたら、雛はアルバートの所有物だ。グルナの許可だけでなく、アルバートの許可も必要。
「いいよ」
アルバートはにこやかに微笑む。
「あの。触ってもいい?」
私は側に寄って、雛に話しかける。
雛はその首を伸ばして私の頬にすりすりしてきた。
か、可愛い! めっちゃ可愛い!
ちなみに雛といっても、大型犬くらいの大きさがあるから、背は私と同じくらいある。
「フィリアは相変わらず、動物に懐かれるね」
アルバートが目を細める。
「仲良くなったのだから、名前をつけてあげてよ」
「え、私が?」
この子はアルバートのものなのに。
「うん。俺がつけるより、フィリアの方がセンス良さそうだ」
「そんなことはないと思いますけれど」
「フィリアにつけてもらいたいんだ」
ぴぴっと、雛が鳴いた。
「どうやら、この子もそうしてもらいたいみたいですね」
「え?」
グルナに言われて、雛の方を見ると、なんだか期待のこもった眼差しで見つめられている気がした。
スパルナはとても賢い。
私たちが何を言っているのか、わかっているのだろう。
「ええと」
私はその首筋を撫でてあげながら、考える。
スパルナは確か『美しい翼を持つもの』って意味があるって聞いた。
だったら。
「アルジェナ。アルジェナはどうかな?」
『翼』を意味する古い言葉。
ちょっと、ベタかなあって思ったけれど。
ぴぴ! と、雛は満足そうに鳴いて、私の頬にその頭をこすりつける。
「へぇ。アルジェナか。いいな」
アルバートも了承したので、雛の名はアルジェナに決まった。