チーズケーキ
エディン神殿はとても広かった。
ゲストハウスがちょっと大きめなので、信者だけでなく隊商などが泊まることもあるらしい。
ぐるりと回廊で取り囲むようになっている中庭はかなり広く、ここにスパルナのゲージを置くことになっている。
宿泊する部屋は個室でベッドと机と椅子があるだけの簡素なもの。
窓は木戸で、ガラス窓ではない。もっとも、中庭側にしか窓はないので、開けておいても防犯的にそれほど問題はなさそうだ。夜はさすがに閉めるけれど。
神殿には強い魔力結界が張られているので、外部からの魔術攻撃の心配はない。
物理的な攻撃も見晴らしがいいので、そこまで心配しなくてもいい。ちょっとした『城』のようなものだ。
私たちは、使節団が来る前に、一通り神殿内を見て回った。警備のためなのだけれど、いつもは入れないような場所が見れて、私としてはお上りさん気分だ。
アルバートとフォロス団長は細かなところまでチェックしていたけれど。
兄のハワードが使節団とともにやってきたのは、日が沈むより少しだけ早かった。
「ようこそ、ランデールへ」
アルバートが使節団を迎え入れる。
使節団の代表は、ベリテタの王の弟でもある、ブロウ・グルナ公爵。
年齢は三十六歳だったはず。眼鏡をかけてほっそりとしているひとだけど、この人は、優秀なスパルナ乗り手でもある。しかもスパルナの生態に最も詳しく、しかも扱いに長けているという。
政治的にも、外交が得意だと聞いている。
「アルバート殿下。お久しぶりでございますね」
流ちょうなランデール語。柔らかな雰囲気だ。
「おや、そちらの方は、カルニス辺境伯のご令嬢でいらっしゃいますか?」
『フィリア・カルニスです。お初にお目にかかります』
私がベリテタ語で挨拶をすると、グルナは『こちらこそ』と微笑んだ。
「赤の魔術師どのに似ておられますね」
「よく言われます」
私は頷く。
ベリテタ王国に人に会うたびに、それは言われる。赤い髪のせいもあるだろう。
ベリテタでも赤い髪はそれなりに珍しいものらしいから。
「赤の魔術師どのは我らの世代の憧れでしたよ。まさか隣国の英雄にかっさらわれるとは、思ってはおりませんでした」
嫌みのない笑顔。
この人が外交上手と言われるのも納得だ。
「遠路はるばるお疲れでしたでしょう。まずは、ご夕食を」
「それはありがたい」
スパルナを中庭に運び入れると、私たちは夕食をとることにした。
食堂は高めの天井の細長い部屋だった。
さすがに騎士団全員一度には食堂に入らないので、食事は交代制。私はアルバートや使節団の人たちと一緒にいただくことになった。
神殿の食事は、お肉は控えめだけれど、お野菜はたっぷりだ。
よく煮込んだ野菜のスープは、派手さこそないけれどとてもおいしい。
カリッと焼かれたパン、お魚のパイ。
普段の神殿料理の中では、ちょっと豪華なのだそうだ。
ちなみに使節団の人たちには、ワインも出されている。ただ、一緒に座っているフォロス団長の前にはワインがなくて、ちょっと寂しそう。
我が国の騎士団は全員、任務中なので『禁酒』なのだそうだ。フォロス団長みたいに『ざる』なら、一杯くらい飲んでもどうということなさそうだから、ちょっと可哀そうだなあって思う。
「船はどうでしたか?」
「晴天が続きましたので、比較的快適で助かりましたよ」
アルバートとグルナが和やかに話をしている。
会話は主にランデール語。グルナは噂だと八か国語くらい話せるらしい。こんなすごい人が代表なら、通訳とか必要なかったような気もしなくもない。
もっとも使節団の人全員が、グルナのレベルで言語が堪能なわけではないみたいだけれど。
やがて、神官の人達がデザートを運んできてくれた。本来、神殿の食事の場合は、基本がセルフサービスなのだけれど、さすがに皇太子と国賓だから、そういうわけにもいかないってことなのだろう。
デザートはブルーベリーソースのかかったチーズケーキだった。
「美味しい!」
思わず歓声をあげてしまった。
柔らかなレアチーズケーキに、甘酸っぱいブルーベリーソースが絶妙のアクセントを添えている。
「本当に美味しいですねえ」
グルナも感嘆の声をあげる。ワインも飲みほした後なのだけれど、顔に全然出ていない。
「それにしてもカルニス嬢は本当に可愛らしい方ですね」
「ありがとうございます」
礼を述べつつも、複雑な気分になる。チーズケーキをほおばっているところで可愛いといわれるのは、ひょっとしてお子さまに見えているってことだろうか?
私は慌てて、フォークから手を離す。
淑女にあるまじき、食欲だったかも?
「フィリアが食べている姿って、本当に可愛いだろう?」
アルバートが自慢げに言う。
これは、からかわれているのだろうか。
「食卓で微笑むご令嬢がいると、それだけで和やかになりますね」
「うん。そうだな」
アルバートが頷く。
「フィリア、遠慮なく食べろ。神官たちが丁寧に作ったお菓子だ」
「はい」
アルバートに促され、私はフォークに再び手をのばす。
チーズケーキはとっても美味しいのだけど、何故だか食べているところを皆に見られている気がして、ちょっと恥ずかしかった。