ファダ
ファダの村は小さな森を抜けたところにあった。
港町からの街道沿いだが牧歌的でとても静かだ。
街道として整備されていて、比較的楽な道のりだった。
隊商が十分通れる広さがあるので、スパルナの輸送も安心して行えそうだ。
あえて言うなら、森を通るところは警戒すべきだろうけれど、視認性はそこまで悪くなかったし、青騎士団にプラスして黒騎士団の精鋭がつくことになるので、大きな問題はないだろう。
「本日はこちらに宿泊でしょうか?」
「ああ。そうなる」
馬を進めながらアルバートが答えてくれた。
「使節団が着くのは夕刻になるだろうからな」
スパルナを輸送していることを考えると、移動速度はかなりゆっくりだ。
軍の行軍ならそのまま帝都まで行ける距離だけれど、そんな無理を使節団にさせるわけにはいかない。
「宿泊はどちらで?」
「エディン神殿だ」
アルバートはすまなそうな顔をする。
「たぶん、一般宿の方が快適だと思うのだが、キャパの問題とか警備の問題があってな」
「安全を優先されるのは当然だと思います」
神殿なら、敷地も広く警備もしやすい。普通の宿では、スパルナを置いておく場所にも困る。
大地の神であるエディンは、ベリテタ王国でも信仰されており、宗教上の問題もない。
皇太子や隣国の使節団が宿泊すると考えるとかなり質素ではあるけれど、安全は何物にも代えがたいものだ。
「それにファダのエディン神殿で作られるワインは有名ですよね」
ファダはブドウの産地でもあり、エディン神殿の神官が中心になって、ワインを作っている。
かなりの人気銘柄だ。
「ああ。あと、チーズケーキも美味しいと評判だ」
「チーズケーキ!」
いけない。つい、お仕事を忘れてテンションがあがってしまった。
神殿の料理は、肉類はあまり使われないのだけれど、乳製品は豊富に使われる。
ファダでは養蜂もさかんだから、蜂蜜もとてもおいしいらしい。
「フィリアは甘いものが本当に好きだね」
「すみません。仕事は忘れませんから」
私は慌てて真顔を作った。
「いや、いいんだ。俺も楽しみだしね」
アルバートは優しく笑んで馬を進める。
「酒盛りするわけにはいかないからね。兵も、俺もデザートくらい楽しまないとな」
いくらワインが美味しくても、仕事だ。飲酒をしては護衛が務まらない。
使節団の人間には振舞われるだろうけれど。
「そう言えば、ハワードは下戸だったな」
「はい。カルニス家は下戸家系なので」
私はお酒を試したことはないのだけれど、カルニス家の人間は酒に弱いから、多分弱いと予想される。
父など見た目は樽ごと飲めそうだが、実際にはグラス一杯のワインで、大酒をくらったような感じになってしまう。
母は父よりマシという程度。ゆえに私の兄三人ともお酒に弱い。
そのせいもあるのか、我が一門は『お菓子』が好きなのだ。
「貴族としては、少し格好がつきませんけれども」
お酒は、貴族の『話題』としても『贈り物』としても鉄板だ。
どこそこのお酒はナントカの香りがするだのだけではなく、恋の口説き文句としても常套句ではある。
もっとも、我がカルニス家の兄たちは、そんな洒落た口説き文句などが似合うタイプではない。
アルバートなら似合いそうだけれど。
「ん? どうした?」
「チーズケーキ、楽しみですね」
お子さまと言われようが、ケーキなら食べても任務に支障はない。
やがて丘の上に白い神殿が見えてきた。
村の規模と比較すると、神殿はかなり大きい。
村の主産業は神殿を中心に行われているのだから、当たり前なのかも。
「団長は、お酒が飲めなくて残念ですね」
私はフォロス団長に笑いかける。団長は父とは真逆の酒豪で、ざるだ。何倍飲んでも酔わないらしい。
「仕事ですから。それに今回は辺境伯からの特殊任務もありますし」
「父から?」
「団長、その話は禁句だろう」
アルバートの顔が少しだけ険しくなる。
父と団長、皇太子の間で何かあるらしい。重要機密を団長が漏らすとは思えないのだけれど、使節団の護衛以外に、私の知らない仕事があるのかもしれない。
「大丈夫です。他言は致しません」
「フィリア、君が思っているような話ではないよ」
アルバートが苦笑する。
「カルニス辺境伯は、フィリアをとても可愛がっているってこと。団長は、君に悪い虫がつかないように見張るつもりなのさ」
「フォロス団長は心配性なのですね。私、自分の身は守れますから大丈夫ですよ」
統制のとれた軍とはいえ、一応は男所帯だから、父の元副官として、気を使ってくれているのだろう。
でも、私は剣も魔術も人並みに使えるから、よほどの相手でない限りそこまで後れを取ることはないと自負している。
「フィリアさまは確かにお強い。ですがね、その強さをもってすれば、必ずしも何でも払いのけられる危機だけとは限らんのです。まして、私は邪魔をしたいわけではないのですから」
団長は複雑な言い回しをして、深くため息をついた。