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7 『新生活の始まりと思ったら』

「むにゃ……う!?」


 眩しっ!?

 え……えっと、私、今……。


「ハッ、とんだ寝坊助じゃねェか」


 寝て……寝てたの?

 あっそうか、箱が揺れるのがゆりかごみたいで……。

 ってそんなわけない、寝ちゃったのは()()()()()()からだ。


 朝に日光浴びて果実湯飲んで、昼に市長室でキュビエの実をひとかじりして……。

 うん、光合成なしでエネルギーが足りるわけないよね。市庁舎までの行きの道は大丈夫だったけど、帰りというかカラアゲさんの家への道では休眠モードに入ってしまったようだ。


 ……あ、カラアゲさん()

 カラアゲさんが箱の蓋を開けたってことは、着いたのかな?


 角度の高い陽の光を全身に浴びながら、私は立ち上がって箱から顔を出す。

 すぐに視界に飛び込んできたのは――簡素な茶色のログハウス。

 平家の木造建築の周りには家の床の面積の5倍ほどある草原のような庭、さらにその周りにはカラアゲさんの身長の2倍ほどの高さがある草木の垣根が張りめぐらされている。


「ここが、カラアゲさんのお家ですか?」


「あァ……そんなに大きくねェし、テメェの元いた世界の家屋よりはみすぼらしいだろうよ」


「そ、そんなことはありません! コンクリートにはコンクリートの、木造には木造の良さがあって、どっちが劣ってるなんてことはありません!」


「お世辞がポンポン出るヤツだ」


「お世辞じゃないですが……」


 簡素なログハウスは日本の避暑地の別荘のようで、都市の中だというのに自然の中にいるような感覚だ。

 スタート地点の花畑を最初に目にした時みたいに、コンクリートジャングルの窮屈さや息苦しさをキレイに忘れ去ることができるような感覚。

 開放感というか……高い垣根に囲まれてるのに開放感はおかしい気もするけど、花畑のところも周りを隙間なく囲まれていたから、結局これで良いのかもしれない。広さが全然違うけど。


 もちろん鉄筋コンクリートの建築も断熱材とかテクノロジーが充実しているし、近未来的な清潔感が備わっている。

 どちらにも良いところがあると私が考えているのは間違いないのだが、説明不足が過ぎてカラアゲさんには素直に伝わらなかったみたいだ。


 ――それより、起きた時から何か気持ちの悪さが、ムズムズする感触がある。

 植物の体になった時に備わった、新たなる欲求だ。


「ハイッ、カラアゲさん」


 私は元気よく手をあげた。


「何だよ」


「しばし、お庭に根を張ってもよろしいでしょうかっ!」


 気持ちの悪さは、きっと体に老廃物が溜まってきたのに起因している。

 昨日の夜にナントカの道から根っこを引っこ抜いて以来、ずっとどこにも根を張らずに来ていた。

 植物が根を張る理由――水分補給や栄養補給は少しの飲食ですることができたが、いらない物質を外に出すことは根を張らないとできない。下の穴が全部無くなっちゃったし。

 つまり、私はずっとトイレに行ってないのも同然で、そろそろ用を足したい気分というわけだ。


 ……しかし、庭の地面に根を張るということは、強制的に『()』なんだよなあ。

 仕方ないことだけど、人間としての尊厳が傷つけられてる気がする。


「あァ!? ――ずいぶん奇妙な要求だが、テメェの体は植物だからなァ。どこでも好きな場所使え」


「ありがとうございます!」


 よし、じゃあ好きなところに――って、カラアゲさんが私を見てる!?

 た、多分、私は誰も見たことのない種族だから、いろいろ観察したいんだよ。

 だから根っこをしまうところだけじゃなくて、根っこを取り出すところも見たいんだろうけど……。


 つ、つまり、私が用を足すところを見られる訳で……!

 生憎私にそういう趣味はないし、普通に恥ずかしい。いくら恩人のカラアゲさんでも見られたくない。というかカラアゲさんだからこそ見られたくない。


「え……っと、その、お花を摘みに……」


 私は数十センチ高いところからの視線を受け続けながら、その視線を遮断するべく家の裏手へ回ろうとする。


「何言ってんだ、テメェがお花じゃねェか」


 しかし日本で使い古された言い回しはこの世界では通用しないようで、カラアゲさんは首をかしげたまま私についてこようとする。


 裏手に回ることはできたが、結局カラアゲさんもついてきてしまっているのでは意味がない。

 どうしよう、説明しようかな? でも説明する方がもっと恥ずかしいよ……。

 はぁ、こうなったら、カラアゲさんの姿をなるべく見ないようにして、自分自身に「いない」と言い聞かせて――。


 小さい体に収納された大きな台座。元々は私の少女体の外側にあり、根を張って私を大地に縛り付ける役割を担うものだ。

 触手というか体の一部を少女の体に出し入れできる事実が発覚してからは私も自由に歩き回ることができているが、本質的にはそれは裏技というか、人間のように活動するために無理矢理体を変形させているような感覚。

 魂が人間である私は完全に植物として生きるのはお断りだが、生存のためには大地に根を張ることは必要不可欠なのだから、一時的に台座を出して根を張るのはしょうがない。


 台座を出していくと――体が持ち上がる、いや背伸びするような感覚。足の触れる地面が茶色い土から黄色いベッドに変わり、5枚の花びらが生えておしべ型触手が伸びてくる。

 根っこは引っ込める時は背中とかからでも良いけど、出す時は台座からの方法しか知らない。だからこうやって台座を出してから、その底から地面に張り巡らせるのだ。


 ――ふう、落ち着く〜。

 例えるなら学校の教室でずっと硬い椅子に座っているのが、家に帰ってきて寝慣れてるベッドに横になるような収まりの良さ。

 家事手伝いとかあるからあんまりのんびりはしてられないんだけどね。

 あっそうだ、今もカラアゲさんを待たせてるかr


「……っ、テメェ、布でちゃんとくるんどけ」


 あ……カラアゲさん。

 布? 布って何? あっ今おしべの一本に引っかかってるヤツかな?

 ……あれ、あの布ってさっきまで一糸纏わぬ私が服がわりに包まってた……。


「――〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」


 即座に私は花びらを閉じた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「服着るまで、絶対その布を離すんじゃねェぞ」


「はい……」


 地面を介した物質の循環が終わったところで、私はしっかり裸を布で隠して台座を仕舞った。

 布の境目のところを、今は強く握り締めている。


 カラアゲさんは玄関ドアの前に立ち、腰の小さい布袋から鍵を取り出して解錠した。

 木製のドアがギギギと開き、ログハウスの内観が視界に入る。


「入れ」


「はい、お邪魔します」


 カラアゲさんに招かれて中に入ると、ダイニング、キッチン、それから寝室といった感じのシンプルな部屋構成。

 あっ奥にドアが3つ見える。1つは多分トイレで、1つはお風呂かシャワー室だろうか、あと1つは何? トイレは私が使うことはないだろうけど。


 ダイニングテーブルの上は食器とかがごちゃごちゃしていて、成人男性の生活感がすごく出てる。キッチンは整理されているけど、どういう違いなんだろう。

 寝室はベッドの掛け布団がだらしなくだれてるし、逆に近寄りがたい聖域の雰囲気を醸し出してる。

 1人暮らしだしとやかく言うのは違う気がするけど、カラアゲさんがこんな感じで生活してるのは、ちょっとガッカリかも。


「そういやァテメェ、一度拭きはしたがまだ体が土で汚れてるなァ。あの部屋でシャワー浴びてろ」


「あ……はい」


 カラアゲさんが3つのドアのうち1つを指さした。あれがシャワー室なんだ。

 確かに私の体をよく見てみたら、所々土色にくすんでいる。この世界で目覚めた時から砂とか付着していたし、無頓着になっていたのかもしれない。女の子は身をきれいにしておかないとね。


 シャワー室のドアを開けると、中は石造りの壁と床になっていて木材を侵食しないようになっていて、排水溝も完備してある。この世界、結構ハイテクだ。

 脱衣所がなくて直でシャワー室なのは1人暮らしだからだね、これも私に文句を言う権利はない。


 ドアを半分閉めて脱いだ布を隙間から外に置き、その後で閉じ切れば問題なし。

 よしシャワー……は、見慣れた形のホースとノズルのセットがあるけど、肝心のひねるところが見つからない。シャワーの根っこの方に小さな金属製の箱みたいなものがあるしタンクか水道につなげる機械なのかもしれないけど、スイッチっぽいものがどこにもないのが見ていてもどかしい。


「――すみませ〜ん、水ってどうやって出すんですか〜?」


 水を出す方法がわからなければどうしようもないので、一時の恥を選んでカラアゲさんに大声で尋ねる。


「……そいつァ魔力を流せば出るぞ!」


 大声で回答が来たが、その魔力を流す方法がわからない。


「魔力ってどうやって流すんですか〜?」


「……あァ!?」


 また大声で尋ねたら、大声のイラついたような返事が来た。

 この世界じゃ当たり前のことなのかな……カラアゲさんがイライラするのもわかるけど、私は魔法のない世界から来たから……。


「――ちょっと入るぞ」


「……えっ、えっ!?」


 わ、私裸なのに、また見られちゃう!

 と思ったらカラアゲさんは顔の方に私が包まっていた布を掲げていて、そのまま自身の私の体への視線を遮断したまま私に布をかぶせた。

 もう私に恥ずかしい思いをさせまいとして……カラアゲさんにはどうやっても迷惑をかけちゃうなあ。


「下がれ。ここに魔力流すんだよ」


 そうしてカラアゲさんが指で触れた先は、金属の箱の左側のスペース。

 数秒後に、その部分が小さな魔法陣の形に光って、シャワーから湯気のたつお湯が出てきた。


「左がお湯で、右が冷たい水だが、まァ春のこの時期なら……」


「あの、そうではなくて、そもそも魔力の流し方が分からなくて……」


 カラアゲさんがハァと息をつく。


「もしやと思ったぜ、()()()その体じゃねェってんなら……テメェ、もう魔力流してんだよ」


「……え?」


 私が、すでに魔力を?

 え? どういう意味? 分からないのですが。


「テメェ、()()()()()()()()()()()()? 骨と筋肉で動くのは動物だ。テメェの体は、心臓の位置にある『核』を中心にして、魔力で動いてんだ」


「えっ、私には見えも感じもしないんですが……分かるんですか?」


「あァ、自慢じゃねェが俺の目は特別でな。他人の魔力の流れが分かる。テメェが手足を動かすたびに、それに応じて魔力が流れるのが手に取るように分かるぜ」


 そう言いながらカラアゲさんは、毛むくじゃらの手をぐっぱさせる。


「テメェは元人間だ。恐らく筋肉で体動かす感覚と魔力で体動かす感覚が似てるのだろうよ。なら、この魔法陣がテメェの体の一部のように動かすイメージを持てばいいんじゃねェか」


「体の一部……」


 私の体――魔力で動いてたんだ。だから、この体を動かす要領であの魔法陣を起動させればいいということみたい。

 でもそんな感覚あるかな? 人間は脳から電気信号で筋肉を動かしてるけど、電気を流してるという感覚はない。同様に今の私にも頭(心臓?)から魔力を流して体を動かしているという感覚は感じられない……。


 ……心臓のあるはずの場所に、核。ならこの鼓動は、核が全身に魔力を行き渡らせているということ。

 つまり、魔力の流れというのは血流のようなもので……。

 ならばこの、体温にも似た、私の中で循環している温かい感覚。

 そうだ、()()()だ。

 小さな感覚に注視したから分かる。()()()が、私の体を動かすもの。

 これが『魔力』――!


 仮説が立ったところで、立証するために私は魔法陣のある場所に指先を合わせる。

 体の中で循環する熱を、指先から伝わせるイメージで……。


-dolce-


「――うわ!?」


 熱を帯びた水滴の束が、細く多く降り注ぐ。

 いきなり上から降ってびっくりしたけど、流水が全身を覆うと、温かいものが体に染み渡るようで、こびりついた黒いものを洗い落としてくれるようで、心地いい。


「できたじゃねェか。じゃ、気が済むまで浴びてろ」


「お、教えてくださり、ありがとうございます!」


「テメェにはまだ知らねェことが山ほどあるんだ。黙って教われ」


「はい!」


 相変わらずぶっきらぼうだけど、他人の私にこの世界で生きていけるようにいろいろ教えてくれるらしいカラアゲさんには感謝しかない。

 返せるかな……とりあえず、小さなことから始めて行こうかな。

 この家の掃除とか。あとは散らかったテーブルの上の整理とか……でも下手に片付けると怒るってタイプかもしれないし……。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 数分ぐらいシャワーを浴びてきれいになって、今私は濡れ切った布に代えてタオルを体に巻いている。

 布(と、キュビエの実の箱の底に置きっぱなしにしていたカヌレさんのハンカチ)は洗濯機みたいな機械に入れられた。あれも魔力で動く『魔道具』だそうだ。


 濡れた長い髪を乾かしたかったところだけど、毛並みを調える櫛はあってもドライヤーに準ずるものはなかった。しょうがないのでカラアゲさんにもう一枚タオルを所望し、髪が乱れないようにまとめておいた。頭頂部に付いている大きな花がちょっと邪魔だったけど。


 それで今は、私が着る服を探しているところだ。衣食住のうち、食は光合成でまかなえるし、住はこのようにカヌレさんとカラアゲさんがここに住まわせてくれた。

 あとは衣類があれば、生活に必要な3要素は満たされるんだけど……。


「……どうだ?」


「ダボダボです」


「まァ、着る前からわかってたがな」


 カラアゲさんの身長は2メートルはあって、体格もプロレスラーやお相撲さんが怯えそうなくらいには大きい。

 そんな屈強な成人男性の一人暮らしの家に、華奢な女の子に合う服があるはずもなく。


「チッ……こうなりゃ買うしかねェな。だが、女のガキの服を買いに行くのは、どう言い訳すりゃいいんだ……」


「あ、あの、それなら私が」


「バカか。テメェに着るもんねェから買うんだろうが。それとも緑色の裸見せびらかしながら買い物するのが趣味か?」


「……すみません」


「ハァ、業腹だがババアに頼むか。今日一日は服を着れねェことが確定するがな」


 昨日の夜カラアゲさんに会って、今日のお昼にカヌレさんに会ってと、いろんな出来事が目まぐるしく起こってる。

 そんな状態で色々な物事が決まったけど、当然準備なんてないわけで。

 新生活が始まると思ったけど、中々スムーズには行かないものだ。


「――まァ服の問題は後回しだ。ちょうど午後2時になったところだ、飯にするぞ」


「ご飯、ですか?」


「あァ」


 カラアゲさんの目線の先には、2時ちょうどの時刻を示している壁掛け時計。

 この世界の時間の単位は、1日24時間、1時間60分、1分60秒という地球と同じもの。単語は違うけど、日本語に翻訳したらぴったり合うということだ。

 カヌレさんとの会話の中で、「異なる世界で時間の単位が同じなんて不思議ですね」と言ったら、カヌレさんは「行き着く先はみんな同じなのかもね」と返した。どういう意味なんだろう。


「……あの、私はご飯食べなくても大丈夫ですよ。光合成ができて、体の中で栄養を生み出せるので」


 ご飯を私に出してくれるのは嬉しいけど、カラアゲさんは1人暮らしで、1人分の食べ物しか用意されてないはず。カラアゲさんの食べる分を横取りするわけにはいかない。

 植物の体に生まれ変わった恩恵を、ここで活かさないとね。


「……ハァ」


 しかし、カラアゲさんは鬱陶しそうにため息をつく。


「あのなァ、この家の中で生活する以上、日の光があまり差さねェし、光合成も十分じゃねェ。曇りや雨の日を考えても、テメェがエネルギー不足で動けなくなるのを介抱するのはもうゴメンなんだよ」


「でも」


「それにな、コイツは実験も兼ねてンだよ」


「実験……ですか?」


「あァ」


 そう言ってカラアゲさんは家の中に上げた箱の方に歩いて、残り少ないキュビエの実の1つを取り出して、私に放り投げて渡した。


「ババアもこうやってテメェにキュビエの実を食べさせただろ。ありゃテメェにカマかける狙いもあっただろうが、テメェの味覚も調べてたと思うぜ」


「そ、そうだったんですか?」


「多分な。他にも調べて結果を報告すれば、うざったいババアも満足して大人しくなるだろうよ」


 そうなんだ……カヌレさんって頭いいなあ。

 私も気になってきたな、味覚って変化してるのかな? 甘いものは甘いように、辛いものは辛いようにちゃんと感じるのだろうか? そもそも植物に味覚はないけど。


 カラアゲさんも気になったのかな……でもそんなキャラじゃない気がする。カヌレさんは好奇心が強いから私にいっぱい食べ物を食べさせてきそうだけど、カラアゲさんはもっとこう落ち着いてる感じというか……。


「……それとな」


「? 何ですか?」


「食は楽しみの一つだ。辛い1日も、美味いもん食えば疲れも吹き飛ぶもんだ。テメェが元から植物女だったのなら話は別だったがな」


 ……そうかも。

 私も食べれるなら美味しいもの食べたい。

 別の世界に来ちゃったからラーメンとかたこ焼きとか2度と食べられないと思うと悲しいけど、その分この世界にも新しい料理とかあるだろう。それも味わってみたい。


 なんだ、結局最後に言ったことなんだ。

 色々と照れ隠しに言葉を並べ立ててたけど、私が幸せな生活を送れるようにしてくれているんだ。

 好意を無碍にはできないな。


「分かりました! 味わって食べます!」


「おう、せいぜい頑張れ」


 カラアゲさんは表情を崩さぬまま、冷蔵庫らしき棚を開けた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「味はどうだ?」


「……と、とっても、美味しいです。香辛料が効いていて、お肉の厚みが……」


 うん。

 美食大国日本の料理と比べる方がおかしいんだ。

 サラダのキャベツっぽい野菜はシナシナだし、肉はパサパサだし、香辛料は効きすぎだし、スープは何かちょっと苦いし……居候の身で出された料理を「まずい」とは言えないので、うまくいいところを食レポしているけど。

 今のところ異世界で一番美味しかったのは、馬車で出された果実湯だ。次点でキュビエの実。


 それにしてもカラアゲさん、料理もできるなんて……悪いからと私も料理に参加したけど、横で見ててカラアゲさんの包丁捌きはきれいだったなあ。

 もう地球に来たらモテるどころの騒ぎじゃない。イケおじを超えたスーパーイケお人だ。何言ってんだ私。

 

「ハッ、それにしても、植物のテメェが草食動物の肉を食うたァ、なかなかの皮肉――」


 カラン、カラン


 唐突に外から鈴の鳴る音がした。外入口の金属の扉の方だったから、インターホンみたいな感じかな。


「誰か来たみてェだな。テメェは出てくんなよ」


「はい」


 人前に植物の姿を見せるわけにはいかない私に釘を刺して、カラアゲさんは玄関ドアから外に出た。


♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫


「悪ィ、今はちょっと――って何だィ、ババアのところの秘書じゃねェか」


 『ラーララットの太陽』の団員が訪ねてきたのを予想していたカラアゲは、金属製の大扉の向こうの来訪者が見慣れた『小人族(ハーフリング)』の男性であったので、拍子抜けした声を出した。


「はい、オベイヤードです。市長の命で参りました」


 カヌレの秘書――フランシス=ペイトン・オベイヤードは貴族用の馬車の前に立ち、御者に中身の不明な木箱を持たせていた。身長も声も10歳の人間のようだが、彼は歴とした25歳の成人である。


「なるほど……ならテメェも事情を聞かされたというわけか」


 木箱の中身は、ハナコが生活するための必需品であるとカラアゲは推測した。

 カヌレはいたずら好きではあるが、いいかげんな性格ではない。何のサポートもせずに成人男性用の家屋に女の子を住まわせるほど愚かではない。そのために後からカヌレがこちらに生活用品を支給しに来るのは当然だと、カラアゲは心の中で頷いた。

 そして(一応)忙しいカヌレが、こっそり1人でハナコのための生活用品を短時間で準備する余裕はない。そのため信頼のおける秘書に仕方なく打ち明け、用意をさせたと言ったところか。


 そんな推理をしたカラアゲだったが、フランシスは首を横に振って、


「いいえ。ただ『何も聞かずに10歳の女の子が生活するための品を集めて、カラアゲくんの家に届けて』としか聞かされておりませんので」


「そうか……毎度のことながら、テメェも大変だな」


「市長秘書は、給料がいいのです。あの方の無茶振りも、その金額に含まれていると思えば」


 フランシスは無表情のまま軽い口を叩いた。

 彼は貧乏な実家に十分な仕送りをするために金が必要なことを親しい者に明かしており、金のために仕事に真摯になる性格である。

 しかしただの守銭奴ならカヌレが秘書に採用するはずもなく、フランシスは実際優秀であり、動機はともかくひたむきに仕事に取り組む男である。


 カラアゲが市長室を出たのは正午の15分手前。カヌレが会議中に密かにフランシスに指示を出したとしても、市庁舎に女児の服などあるはずもないから、この秘書は約2時間で街中から適当なものを見繕ったことになる。このフルコースの広さでこの速さは流石という他ないと、カラアゲはいつもながらの市長秘書の手腕に舌を巻いた。


「……んじゃ、ありがたく貰っておくぜ」


 カラアゲが御者の持つ木箱を軽々と持ち上げると、フランシスは馬車の奥にあるもう一つの木箱を見せた。


「ホワイトノーツ様なら、1度に2つ持てますでしょうか」


「あァ……この短時間でこの量、流石に有能だな。日頃から廉価の衣服屋にツバつけてるってことか」


「……質は保証いたします」


 そんな会話をしながら、カラアゲが2つの木箱を担いで敷地内に戻ろうとする時、「ホワイトノーツ様」とフランシスは引き留めの手を見せる。


「恐らく、幼い女性の方を保護されたのかと推測されます。自警団の方ではなく、ホワイトノーツ様のご自宅で保護されるということは――」


「勘が鋭いってのは、少しいただけねェなァ」


「失礼しました。市長からも『他の職員には内緒』と指示されている手前、これ以上の詮索は賢明でないと認識しております」


「あァ、それが賢い生き方ってもんだ」


「では、失礼いたします」


 フランシスは主人からの密命を終えて、馬車に乗り込んで去っていった。

 馬車の小窓から彼がため息をつく姿が見えて、カラアゲは微笑した。


♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ ♫


「お帰りなさい、カラアゲさん――それは何ですか?」


「ババアからお前にプレゼントだよ」


 プレゼント? 引っ越し祝いかな、嬉しいなあ。

 キュビエの実が入ってたヤツと同じくらいの大きさの木箱が2つで、いっぱい入ってそう。


 カラアゲさんがドスンと重そうな木箱を床に置いたので、開けてみることにする。

 蓋を取り外すと――これは服だ!

 そうか、カヌレさんはこの家に私に合う服がないのを見越して用意してくれたんだ。

 後で会ったらお礼を言っておかないと。


 あ、蓋から紙切れがこぼれ落ちた。

 手紙だ、きっとカヌレさんが書いたのだろう。


『――やっほー! 新しい家の住み心地はどうかな? まあおっさんの一人暮らしの家なんてむさ苦しいよね! そんな家を選んでしまったお詫びに衣服と少しの食料と生活用品を用意しておいたよ! ありがたいでしょ〜、私のこと好きになってもいいんだよ♡ 君のことが大好きなカヌレ=ルイス・クインスラー』


「チッ、ムカつく文章だ」


 はい、カヌレさん。

 ありがとうございます、とっても役に立ってます。

 大好きです。

 あっ、人として尊敬しているという意味です。


 それにしても、この木箱には見た感じ服しかないけど、もう1つの方かな?

 ――やっぱり! 干し肉、干し魚、変な形の木の実、それから靴とかいろんな道具とかが仕切られて入ってる。

 あっこれは歯ブラシとコップ! 櫛もある。 あとこの瓶は飲み物かな――『美容液』!?

 この魔道具は『乾かし機』、つまりドライヤーだ! わー本当に嬉しい!


「――コイツはめちゃくちゃ甘いギレミの実、んでコイツはめちゃくちゃ辛いサザランか。やっぱ試そうとしてやがったな」


 カラアゲさんは2つの変な形の木の実を手に取ってそう零した。

 やっぱり市長室でキュビエの実くれたのは私の味覚を試す目的もあったみたい。まあたとえ実験だとしても、食べられるものをくれるのは素直に嬉しい。


「……じゃ、テメェの服も手に入ったことだし――あァ、そろそろ団の方に顔出さねェとな。テメェに付きっきりでいられるほど、俺はヒマじゃねェ」


「出かけるんですか?」


「俺1人だけだ。テメェはここで留守番だ。頑張って似合う服探してろ」


 そう言ってカラアゲさんは、何やら太陽の下に2本の剣がクロスした紋章が貼られた、紺色のマントを着飾った。


 そうか、行っちゃうのか……自警団の団長さんだからしょうがないことだけど、少し寂しいな。

 でも今生の別れなんてことはないし、夜には帰ってこられるでしょ。

 その時には私は眠ってしまってるかもしれないけど。


「はい、留守番します!」


「毎度毎度、テンション高ェなオイ……呼び鈴がなっても、顔出すんじゃねェぞ?」


「分かりました!」


 カヌレさんとの約束――私は誰も知らない種族で、公式発表まで知られちゃいけない。

 もし知られたら、てんやわんやなことになるのは分かりきってるからね。

 私は我慢のできる模範的女子高生なのだから、はしゃいで目立つ行動をするなんておバカな真似はしないよ。


「――行ってくる。大人しくしてろよ」


「行ってらっしゃい!」


 カラアゲさんが玄関ドアの向こうに消え、また私1人の世界が生じる。

 でも、その世界は希望そのもの。

 ずっと1人にはならないことがわかっているし、楽しいことだってある。

 新生活がこれからどうなっていくのか、すっごく楽しみ。


 とりあえず、この大量の服を着比べてみよう。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 発表いたします。

 堂々の第1位は、白のワンピースです!

 いや〜この紺色のジャンスカとは僅差だった、でも勝敗を分けたのはやっぱり明るい色ってことかな。

 特に胸のあたりにある薄桃色の花の刺繍がいいアクセント出してるよ。私の頭のお花と合わせてダブルフラワーだね。

 あっでもこの黒の帽子とベストマッチなんだけど、それだと頭のお花が隠れちゃうなあ。難しい。


 それにしても、寝室の方に姿見があってよかった。カラアゲさんもおしゃれするのかな?

 団長っていう偉い立場にいる人だから、式典の時に身だしなみを整えるのかも。


 ふふふ、この格好ならカラアゲさんもきっとメロメロだね。「素敵じゃねェか」なんて言ってもらえたら……キャー!


 ……。


 えーと、じゃあ片付けよう。

 出した物は整理して片付ける、これ常識。

 カラアゲさんはテーブルの上散らかしてる? これは私の中の常識だからいいの!


 ――片付けていくと、一度別の意味で気になって置いておいたフード付きマントがまた目に入った。

 これだけ何か、ファッショナブルじゃないというか、おしゃれとは別の用途というか……。吸い込まれそうな黒色で、何だか私とは合わなそうだ。


 ……あれ、フードの裏側に文字が書いてある。

 いつ書いたんだろう……カヌレさん、お話ししてた時に市長室を歩き回っていたけど、その時かな? もしくは会議が終わって私のための服を揃えてた時かも。


 なになに……『魔力を流して』?


 私が魔力を流す方法を知ったこと、カヌレさんは知らないはずだけど。

 あっでもきっと、『カラアゲさんが教えてくれる』と読んでいたのかもしれない。それなら辻褄があう。

 それでは早速、魔力を流してみよう。


 ――うわ、光る文字が浮かび上がってきた!?

 えーと、何て書いてあるか……。


『このマントはフードまでかぶると周りの人達からの君への認識を歪めることができるよ。つまり君の肌が人間族(ヒューマン)のように肌色に見えるということ。でもフード取っちゃったり、注意深く覗き込まれちゃったりしたら効かなくなるから気をつけてね。後この魔法は君が来ている時しか使えないからね。君のことが心配なカヌレ=ルイス・クインスラー』


 ……。

 つまり、このマントを着てれば私が植物娘だとバレずに済むのかな? フードかぶってないといけないけど。

 外出用にこしらえてくれたんだ。ありがとうございます!

 まあそれでも、目立つ行動は避けるようにしないとね。注目されてフード取るように言われたらゲームオーバーだ。


 ――さて、片付けを再開しよう。

 と言っても、ランキング圏外の服はすでに畳んでしまってあるからすぐ終わるけどね。


 それにしても、テーブルの上に物が散乱してるのが本当に気になる。

 カラアゲさんにはちゃんとキレイにしてもらいたいんだけどなあ。

 私の食べる料理の置くスペース用にちょっと押し除けただけで、まだ食器とかビンとかがごっちゃで……。


 ……あれ?

 あれは、手帳?

 食器とか容器とか小道具とかが置かれてるなか、手帳はあの1つだけだ。

 何が書いてあるんだろう、ちょっと気になる。

 だ、ダメなことだってわかってるよ、他人の手帳の中身見るって。でも気になる……。


 黒の皮の表紙で、私の小さい手からギリギリはみ出すぐらいには小さい。

 表紙には何もタイトルとか書いてないけど、裏は――






『団員証 No. 001

 ラーララットの太陽 団長 カラアゲ・ホワイトノーツ』


 ……ちょっと待って。

 これまずくない?

 だってさ、今カラアゲさん団員証持ってないってことだよ?


 つまり、警察官が警察手帳持ってないようなもの。

 悪い人を見つけて「逮捕する!」とか言っても、「手帳見せてよ」と言われたらどうしようもない。

 ……いや、カラアゲさんは有名だからそうはならないかもしれないけど、逆に有名だから問題だ。

 カラアゲさんが団員手帳持ってないことがみんなに知られたら、「団員手帳持ってないなんて団長失格」って陰口叩かれて、最悪団長を辞めることに……!


 大変!! 大変だよ!!

 早くこれをカラアゲさんに渡さないと!!

 留守番してろと言われたけど、カラアゲさんのピンチなんだ、外に出よう!!

 ああでも、外出したら私のことが他の人に知られちゃう……。


 ……そうだ、あのマント!

 あのマントを着れば、人間族を装って街中を歩ける!

 きっとこういうことを読んでいて、カヌレさんはこれを私にくれたんだ!


 よし、思ったより早くなっちゃったけど、フルコースの街に繰り出そう!

 そして、この団員手帳を絶対カラアゲさんに届けるんだ!

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