6 『CURIOSITY』
「はい次の方――あっ、カラアゲさん! お帰りなさいませ!」
交易都市フルコースには確かに30分で着いたけど、高い壁の内外を出入りできる大きい門には荷馬車の行列が出来ていて、さらに30分待つハメになった。
鎧姿の門番の人は自警団の団員ではないらしいけど、カラアゲさんへの対応を見るに、間違いなくカラアゲさんは有名人みたい。
カールさんの話によると、フルコースには東西南北4つの門があって、この大陸の至る所からたくさんの人がひっきりなしに来る。平和な時代に似つかない堅牢な壁は、100年以上前に世界規模の戦争があった頃の名残なんだって。怖いね。
「ここを出てから10日間でしたっけ。お疲れ様でした、団員の方々もきっと待っていますよ」
「おう」
「――あれ、奥に誰かいらっしゃいますけど……女の子ですか?」
気づかれた。
今私は大きい毛布で全身を包まりながら暗い荷馬車の奥に座っているけど、門番さんは私の黄緑の髪が漏れているのを見て女の子だと判断したみたい。
「あァ、ちょいと行き倒れてたところを見つけてよ。人見知りで、俺にしか心を開かねェ」
という設定。
前半本当、後半ウソ。
本当の私は、今すぐにでも門番に挨拶して礼儀としたいところなんだけど、そういうわけにも行かないらしい。
私の種族は、おそらく一般的には知られてないもの。植物が人型の姿で動いている種族など、2人は聞いたこともないそうだ。その姿を不特定多数の人に見られれば、びっくりされるどころの騒ぎではなくなるらしい。
世界に人型の種族――もとい知性のある種族は数えきれない。その中には繁栄して他の種族と交流しているものもあれば、知性や価値観の違いから攻撃的で危険な種族もいるそうだ。前者を『友好種』、後者を『敵性種』といい、現在『人類』として認められているのは全部『友好種』らしい。
今より昔、まだ色んな種族が対立していた時代――種族差別が酷かったらしい時代。抑圧されていた種族の反撃、脅威とみなした種族の虐殺の企図、他を支配して自分達が世界の頂点に立とうとする種族の暗躍、他種族と手を取り合う世界を目指す者たちの思い――それらが重なり合い、あらゆる国と地域を巻き込んだ世界大戦『人類戦争』が起きた。
おびただしい犠牲の果て、疲弊し切った多くの種族は戦争を終わらせることを決意し、条約をもってある取り決めをした。
それが『人類条約』であり、これに定められた種族が『友好種』、『人類』と見做され条約に批准した国と地域で等しく人権を得ることとなった。
――裏を返せば、『人類条約』に定められてない種族、未確認の種族は、人権がない。人権がないということは、どんな酷いことをされてもおかしくないし、殺されても殺した人は罪に問われない。とても恐ろしいことなのだ。
つまり、種族の分からない私は今危ない状態。フルコースは割とその辺寛容らしいけど、世界中の人々が出入りしている以上、何が起こるか分からない。だから今、他の人にうかつに植物の姿を見られるわけにはいかないのだ。
以上、カールさんとカラアゲさんから聞いた話。
「あんま覗くんじゃねェぞ。怯えちまうからな。まァ俺が拾った以上、俺が責任持って見とくっから」
「はあ……まあカラアゲさんに任せておけば安心ですね。お願いします」
すごいカラアゲさん。めちゃくちゃ信頼されてる。
きっと自警団って街のみんなから尊敬されてて、団長であるカラアゲさんはその中でも一番尊敬されてるんだろうなあ。
それにしても、この世界ではじめに出会ったのがカラアゲさん(とカールさん)でよかった。
もし悪い人だったら、どんな酷いことをされていたか……想像もつかなくて、恐ろしい。
日本での充実した暮らしが突然無くなった手前あれだけど、私って恵まれてるんだなあ。
この世界に神様いるのか分からないけど、感謝しておこう。ありがとうございます。
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カラアゲさんの顔のおかげでばっちり関所を通ることが出来て、私たちは街の中で入っていった。
暗い荷馬車の奥から、明るい街の景色が見える。
地球で見る西洋の人みたいないわゆる『人間族』の人たちもいれば、犬耳、猫耳、うさ耳……細かく分類されてるのをひっくるめて『獣人』と呼ばれる人たち、あとはトカゲみたいな人とか、翼が生えてる人とか、角が生えてる人とか――いろんな人がいる。
ワクワクしてきた。これが異世界!
地面は石畳で舗装されていて、建物は木造建築かな、もしくは石造建築かな? 塗装が赤とか緑とか青とか、日本の一般住宅地では見れないような派手さだ。あっちは落ち着いた地味な色が多いしね。
すごいなあ。私もこんな街に住めるのかなあ。
「――オイ、早く隠れろ」
「はい、すみません」
街の景観に見惚れてたらカラアゲさんに怒られたので、私はすぐに大きい木箱の中に小さい体を隠すことにした。
元はカールさんの商品であるキュビエの実(四角くて青い不思議な果物)が詰まってた箱で、カラアゲさんが仕事で滞在してた別の街で結構売れたらしく、今は8個しか残ってない。一辺1メートルくらいの立方体、屈めば私の体がすっぽりおさまるほどのスペースはある。
門のところでも隠れていればよかったのでは? と思ったけど、万が一にも荷物検査されて、隠れてたら大問題になるからね。ああいう方法を取ることで2人と合意した。
――箱の蓋を閉めてしまうと、外は昼なのに全くもって真っ暗闇で、視覚が完全に役に立たなくなってしまった。
しょうがないことではあるけど、街を観察出来ないのはもどかしい。
どんなところにどんな店があるのかとか、すごく知りたいのに。
「――あっ、団長だ!!」
少しばかりフラストレーションを募らせていると、何やら若い男の人の声がする。
続いて1人どころじゃない足音がこちらに向かってきた。それぞれ大きさは違うけど、音の質は同じだ。
もしかして――
「団長、お帰りです! 10日間、異常なしでした!」
「マリネ土産ありますか!?」
「帰ったら俺と模擬戦やりましょう!」
「いやいや、まず私の報告書を……」
「みんな落ち着いて、団長はこれから市長に報告に行くのよ」
若い男性の他に、子供っぽい声、しわがれた男性の声、若い女性の声、少し低めの女性の声……多くの人がカラアゲさんに話しかけてる。
きっとそうだ。この人たちが、自警団の人たちなんだ。
カラアゲさんもカールさんも自警団の規模について話してくれなかったけど、これで全部? いやいやそんなことない、6人でこの広い街全体を見張れるわけないし、多分団員のほんの一部だろう。
「テメェらうるせえ!! ……ただいま」
「「「「「お帰りなさい!!」」」」」
すごく仲良さそう。カラアゲさんって団員に慕われてるんだな。
「わざわざ馬車について行ってるとこ悪ィが、俺はあのババアに入り用がある。さっさと本部戻って仕事しろ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
カラアゲさんは相変わらずぶっきらぼうだけど、団員のみなさんは声だけでも「団長が帰ってきて嬉しい」という気持ちが伝わる。元気なのはいいことだ。
「あ、忘れていました団長! 午後5時に2番通りの広場に来てください! 団長のいない10日間で起こったことについて報告が!」
「あん? そんなの本部ですりゃあ……ま、お前のことだ、何か考えがあってのことだろうな。わかった」
「はい、それでは1番隊、仕事に戻ります!」
そう若い男の人が言うと、私達から遠ざかる数人の足音が聞こえた。
それにしても、1番隊かあ……何番隊まであるんだろう?
カラアゲさんは、一体何人の上に立ってるんだろう。大きさが計り知れない。
「……ハナコ」
「………………あっハイ!」
「呼ばれてすぐ反応できねェなら、名前変えちまえ」
「すみません……」
怒られてしまった……でもどんな名前にしたって、きっと私の元の名前とは一致しないんだろうなという感じがするし、反応が遅れちゃうのは避けられない。
なれば、私の取るべき道は一つ。『ハナコ』という名前を早く馴染ませること。
私はハナコ、私はハナコ、私はハナコ……
「……ハナコ」
「はい!(反応できた、やったね!)」
「これからお前をバb……市長の元に連れてく。いいな?」
「はい、わかっています」
市長さん――この街の最高権力者。カールさんによれば、この人も街の人々から厚く支持されてるらしい。
だからまず誰よりも先に私を市長さんに見せて、『人類』として認めてもらう。そうすれば、市長のお墨付きということで街の人も納得してくれるらしい。私を市長さんに会わせるのは、私の種族を調べるためだけじゃなくてこういう目的もある。
2人は市長さんの性格について何故か詳しく語ろうとしなかったけど、十中八九私は『友好種』で『人類』となるように手配してくれるらしい。そうなったら嬉しいけど、もし嫌われてしまったらどうしよう……絶対街にいられないし、森で暮らすしかなくなるのかな……。
でもこればっかりは、私の力じゃどうにもならないし、祈るしかない。
今までが幸運続きだったし、そろそろ……いや、そんなこと考えたくない!
なるようになる、そう信じよう!
馬車は揺れ続ける。
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しばらくして揺れが収まって、どこかに馬車が停車したみたいだけど、カラアゲさんの周りの人と会話するときの口ぶりから、きっと市庁舎だろう。
そしたら、私が箱ごと持ち上げられる感覚がした。きっとカラアゲさんだ。
カールさんが別れの挨拶を言っていた。私も言いたかったけど、他の人にバレちゃいけないから言えなかった。
寂しいな。顔も名前も忘れてしまった家族と友人にも、別れの言葉を言えなかったから。
そんなわけでかれこれ10分ぐらい、私は持ち運ばれている。
階段上がった感じ、3階くらいかな……あっ止まった。
ノックする音が聞こえる。きっと市長さんの部屋の前についたんだ。
「俺だ」
「――入っていいよ」
……あれ、声がすごく若々しい。
年配の人じゃないの?
まあ、声質には個人差があるからね。さっきの団員さんたちだって、声の印象通りの人とは限らない。
そんなことを考えてたら、箱がどすんと置かれた。
きっと市長室の中だ。
「お帰りカラアゲくん。どうだったかなマリネ旅行は?」
「チッ、よくも……テメェには言いたいこと色々あるが、まず1つ。反対勢力が報告より多かったじゃねェか」
「そうなんだー、それは災難だったねー」
「おまけにあと8日と言ってた工事が、15日だったじゃねェか!」
「でも10日かからずに終わったんでしょ、よかったじゃん」
「……何が今日の正午までに帰ってこいだ!! おかげで雨の夜の中、カールは馬車を走らせる羽目になったんだぞ!!」
「へー、まあ間に合ったからいいじゃん。後でカール・マウントフォールくんには追加報酬を支払うからさ」
「チッ……」
えっと……よくわからないけど、カラアゲさんは市長さんに不満があるみたい。
もしかして、結構意地悪な人!?
嫌だなあ、気分次第で嫌われちゃったら。
「それで……その箱はお土産かい? 嬉しいなあ、こんなにたくさんくれるなんて」
「ああ……」
――あっ、箱の蓋を外した!?
うっ、今まで暗かったから眩しい……。
少し慣れてきたかな……あ、キュビエの実を1個とった。
これ私、出た方がいいのかな……カラアゲさんの指示を待つべきかな。
「ほれ」
「(パシッ)――キュビエの実? 冗談はいけないなあ、君はポルクに行っていたのかな?」
「そいつはおまけだ。テメェに見せたいモンは別にある」
そういうと、カラアゲさんは私の方に目をやり、首の動きで私に顔を出すように指示してきた。
ようやくだ……緊張するなあ。
とりあえず、ゆっくり頭を出して……。
「――花?」
両眼まで出してみると、校長先生が持っているような机に、キューブ状の果実を手にした若い女性が立っているのが見えた。
スーツみたいなフォーマルな服装に、整った顔立ち、鮮やかな銀髪に……長耳?
もしかして、エルフかな? アニメとかでよく見る。
表情はどうかな……おっ、何か笑顔みたい、機嫌良さそう!
……というか、笑顔が震えてる?
瞳孔も何か開いてない?
「……おや」
あっ、席立った。
「おや、おや、おやおやおやおやおやおやおやおや」
うわ、瞬きしないまま近づいてきた!
何か怖い!!
「わーーーーーーーーー、かわいいいいいーーーーーーっっ!!」
「ひいいいいっっ!!?」
い、いきなり私を軽々持ち上げて、ほっぺをすりすりしてきた!?
ペット扱い!?
「オイババア、怖がってんだろうが」
「いやあ、君みたいな強面のおっさんと一緒にいる方が、この子にとっては怖いと思うよ!!」
な、何なのこの人、すっごく目がキラキラしてる!
本当にペットを見る目じゃん!?
可愛いって言ってくれたのは……嬉しいけど。
「あの……カラアゲさんは、怖くないです。すごく真面目な人で、私にとても優しくしてくれて……」
「おっ、君は会話ができるんだね!! 素敵だよ!!」
「あ、はい」
すごい、めちゃくちゃ自分のペースにしようとする人だ。
いい大人なのに、子どもみたいにはしゃいじゃってる。
「……う、ごほん」
市長さんは少し落ち着いたようで、咳払いすると私をカーペットの上に下ろしてくれた。
それから笑顔を保ったまま、私に目線を合わせるように少し屈んで、
「それじゃ、話せるついでに、もう少し何か話してみようか」
何でもか……何を話そう?
あっ待って、私まだこの人に挨拶してないじゃん!
危ない危ない、挨拶しなかったら失礼だよね。第一印象をよくする第一歩はきちんとした挨拶だから。
「えっと……はじめまして。私の名前はハナコです。種族は……今はわかりません。よろしくお願いします」
お辞儀までしたけど……この世界でもこの作法であってるのかな? カラアゲさんに感謝の気持ちを伝えたときもこれでなんだかんだ大丈夫だったから、これでも通ると思うけど。
「ふむふむ、礼儀正しくてよろしいね」
あっよかった! 好印象だ! やったね、これで認めてもらえるかも!
「じゃあワタシからも自己紹介しておこう。ワタシは『森精族』のカヌレ=ルイス・クインスラー。この街の市長をやってる者だよ」
「よろしくお願いします、クインスラー市長」
「カヌレでいいよ」
「はい、カヌレさん」
やっぱりエルフだった。それにしても若々しくて綺麗な人だ。
日本だったらすごくモテモテで、イケメンの旦那さんとかいるタイプなんだろうなあ。
「……どうしたの? ワタシの美貌に見惚れた?」
「あ、はい! お綺麗ですね! 後とっても若くて、それで市長をやっていらっしゃるなんてすごいです!」
「……」
あれ、何かカラアゲさんが後ろ向いてる。どうしたんだろう。
カヌレさんはカラアゲさんを少し睨みつつ、再び私の方を向いて、
「そうだねえ、ワタシはピチピチの334歳だからねえ」
「へえー、334歳なんですkえっ?」
桁がおかしいな。33.4歳の間違い?
えっ人間が334歳なんてあり得るの? 最高でも120歳ぐらいじゃなかったっけ?
あっそうか、カヌレさんはエルフだった。
エルフって寿命が長いんだったっけ? 私そこら辺詳しくないんだけど。
「ねー、若いでしょ?」
「そ、そう、ですね、お若い、と、思います……?」
うん分かんない。エルフ基準なんて分かんない。
「――それで、カラアゲくん。この子をワタシの元に連れてきたということは、処遇をどうするかワタシに伺いをたてにきたのかな?」
「あァ、コイツは『オードブルの森』の『アペタイザーの道』で拾った。人型で歩き回る植物なんて俺ァ見たことねェが、テメェなら知ってるかと思ってな」
「へえ――ハナコちゃん、だったね。君の肌は緑で頭にお花が咲いてるけど、本当に植物なのかな?」
植物……脚とかが生えてて自由に動き回れるなら『動物』だろうけど、光合成ができるから『植物』ってことでいいのかな。
「……はい。植物です」
「そう。でも植物って地面に根を張らないと色々と都合が悪いでしょ? 君は大丈夫なの?」
「ええと……私、根っこを触手みたいに動かしたり、体の中にしまったりできるんです。後、大きいお花型の触手というか、台座というか、それも体の中にあって……説明が難しいんですけど……」
「俺がコイツと出会ったとき、コイツは幅7、8ツール(約2メートル)ある巨大な花の中で眠ってたぜ。道の真ん中で邪魔だっつったら、ずるずると吸い込むようにソイツを小さい体の中に収納したんだ」
「んー……ふむ……」
私の説明とカラアゲさんの補足で、カヌレさんは笑顔を崩さないまま顎に手を当てて考えはじめた。
そうだよね、口頭の説明だけじゃよくわからないよね。
でも実演しようにも、この市長室には土の地面はないし、根っこを張ったら床を傷つけちゃうし。
「……君は、どこから来たのかな?」
あ、馬車の中でカラアゲさんにも聞かれた質問だ。
答えはもちろん、日本から来ましたと言っても通じるわけないので。
「森の、中です。その中に、お花畑がありまして……」
「そうなんだ。君にお仲間はいるのかな?」
「いません。お花畑には、私一人でした」
「なるほど……」
そうしてカヌレさんは、また俯いて考え続けてる。
割と表情豊かな人だと思ったけど、よく考えると私と会ってからずっと笑顔で、実は何考えてるかよくわからない。
私のことどう思ってるんだろう――不安だなあ。
「……他の人と話をしたことは?」
「えっと、カラアゲさんと話したのが、初めてです」
「その次は?」
「次がカールさんで、その次がカヌレさんです」
「なんだ……ワタシが1番がよかったなあ」
「文句あんのかババア」
本当に何を考えてるのかよくわからない。
「森の中ねえ……そう言えばこの『キュビエの実』、ここから北西の方の森で取れるんだけど、どう?」
そう言って、カヌレさんは私にキュビエの実を投げ渡してきた。
小さい手では少しお手玉したけど、落とさずにキャッチできてよかった。
というかこれって、カラアゲさんが渡したヤツじゃない?
私にくれるなんて、優しい人だ。
「食べていいよ」
「あ、はい。いただきます」
果実の皮はリンゴかナシか……とにかく剥かなくてもかじりついて食べられそう。
しゃりっ。
美味しい!
ナシみたいな食感だったけど、少しみかんみたいな酸っぱさもある。
「お味はどう?」
「はい、みずみずしくて、口の中の粒々の食感が良くて、甘酸っぱくて、美味しいです!」
「それはよかった」
美味しい果物をくれたカヌレさんはすごくニコニコしてる。
先刻感じたペット扱いかもしれないけど、私が美味しく感じてるので何も問題はない。
「それでね、ハナコちゃん」
「はい」
「――何かワタシに、隠してることないかな?」
!?
うわあああ、近い近い近い!!
いきなり近づいてきて、目を大きく開かれると怖いよ!!
「あっ、あ、あの、隠してることって……?」
「そうだね。まず君の態度をみた限り、とても誠実で礼儀正しく、真面目だ。言葉に嘘がほとんどなくて、とっても人間ができてると思うよ」
「あ、ありがとうございます……?」
「昨日初めて他人と出会った子が、どうしてなのかな?」
――あ。
確かに私が森で1人きりで暮らしてたとすれば、他人との付き合い方も、礼儀も、言葉さえも、もちろん知らないはずがない。
カヌレさんにとって私は、『礼儀知らずなド田舎育ちなはずなのに、とってもしっかりしてる人』であると奇妙な印象を抱いてるに違いなかったんだ。
「時にカラアゲくん、ハナコちゃんは最初から礼儀正しかった?」
「……あァ、そう言えば最初から都会のマセたガキみてェだったな。その割には、種族だとかこの都市の存在を知らなかったりしたがよォ」
「ふうん……まあ物理的に不可能だとはわかっていたけど、君に仕込まれた可能性はなさそうだね」
うわ、これ何やらまずい流れでは?
すごく怪しい人だって思われてるってことでしょ?
どうしよう、どう弁明しよう?
「それにね……君はキュビエの実を食べたじゃん?」
「はい……?」
「味の感想が、語彙力のまあまああるのも少し引っかかることだけど、それよりも。君はキュビエの実を、食べたね?」
「……? はい」
「君が本当に植物なら、水を根っこから吸って、太陽の光を浴びればそれで事足りるはず。でも君は口から食べた。咀嚼の仕方を知っている。まるで人間だったみたいじゃないか」
あ……あの1つのやり取りで。
見透かされてる。私のことを。
恐ろしい。お腹の中に手を突っ込まれてるみたいな、気持ち悪い感覚だ。
「それを踏まえて、質問を1つ追加しよう」
顔同士の距離が10センチにも満たないほどに近づく。
カヌレさんの笑顔が消える。
「君は何者なのかな?」
――怖い。
怖い怖い怖い。
唇が震える。手足が痺れてる。
頭が働かない。弁明しないといけないのに。
この人に生殺与奪を握られている感覚が、私を縛りつけてる。
な、なみっ、涙が。
涙が出ちゃいそう。
怖くって、動けなくって、どうしようもなくって。
情けない……!
「……ふふっ」
「……ぇ?」
するとカヌレさんは再び笑顔になって、ポケットからハンカチを取り出した。
「ごめんね! ちょっとおどかしたかっただけで、泣かせようとまでは思ってなかったんだ。お詫びにこのハンカチあげるから、機嫌直して?」
「テメェ、マジで性格悪ィな」
カヌレさんからハンカチを手渡されて、私は恥ずかしい涙を拭った。
カヌレさんの手のひらの温度が残るハンカチを顔に押し当てて、少し気持ちが落ち着いた。
はあ……怖かった。
「まあまあ、君がワタシ達を陥れようと隠し事をしているのではないとはわかってるよ。君を悪いヤツだと思ってるわけじゃあない」
「はあ……はい」
「嘘にしてはお粗末すぎるしね。君がワタシにできるだけ正直に答えようとしてるのも本当そうだ。すると、君が隠し事をしている理由の候補は3つ」
カヌレさんが3本指を立てる。
「1つ目、どこかの大人に脅されてる、もしくは言えないように細工が施されてる」
「え、えっと、それは違うと思います……」
「2つ目、真実があまりにも荒唐無稽で、話すと逆に疑われそう」
「……はい」
「3つ目、自分にも自分の身に起こったことがよくわからないから、正確なことが言えない」
「……そうです」
2つ当たってる。カラアゲさんとカールさんが、市長さんは物知りって言ったのは本当みたい。
334歳というのも本当みたいで、私の10倍以上の人生経験があるんだ。
すごく頭の良い人――1つの街を治めるのにふさわしい人だ。
……きっとこの人なら、異世界転生のことも信じてくれそう。
こことは別の世界があって、私は元人間で、植物の体になって……自分でも信じられないような出来事を、市長さんはきっと飲み込んでくれる。そんな気がする。
それと、カラアゲさんにも。
最初に出会って、優しくしてくれて……本当のことを教える義務が、私にはある。
そんな私を受け入れてもらえるかは、まだわからないけど。
「――話します。私にも正確なことはわからないんですけど、私にわかる範囲で全てを。それと――カラアゲさん、隠し事してごめんなさい」
「いちいち謝んなィ。良いからさっさと話せ」
「はい!」
「うんうん、ありがとうハナコちゃん。さあどうぞ、どんな突拍子もない話だとしても、私は驚きはしないよ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「それでそれで!! そのヒコウキとかいう金属の塊が、魔法も無いのにどうやって飛ぶのかな!?」
「え、えっと、翼がありまして、燃料を燃やして加速して、揚力を……」
「揚力!! 魔力を持たない鳥の要領だね!! 金属すらも浮かせられるとは、驚きだ!!」
私が異世界出身ということを知るとカヌレさんは大層驚き、ここまで数十分間興奮しながら私を質問ぜめにした。
信じてくれたのは嬉しいけど、だんだん疲れてきた……。
「さて、やはり話を聞く限り、そちらの世界は電気が――」
「オイババア、その辺にしときな」
「……結構我慢できた方じゃないか。その調子であと20分」
「テメェ15分後に会議あるじゃねェか、時計見ろや」
「ふむ、ならばバックれt」
「させねェよ、首根っこ掴んでも連れてくぞ」
「冗談だよ」
すごい食いつきっぷりだった。
私がこの世界の街に対して知りたいことがいっぱいあるように、カヌレさんにとっても私の世界のことは好奇心がそそられるものだったのだろう。
それにしても、魔法。
カヌレさんは10回ぐらい「魔法がないのにどうしてるの!?」みたいなことを聞いてきたし、魔法が文化に根付いてる世界なんだろうな。
私にも魔法が使えるかな? とは期待するけど、今私にとって肝心なのは、『私の種族は何か』『この街で暮らせるかどうか』ということだ。
『人類』として認められて、余裕ができてから考えるべきことだ。
「……じゃあ残された時間もあまりないことだし」
「テメェのせいでな」
「ハナコちゃんと話をしている間に、ハナコちゃんの種族について1つ思い出したことがあるんだ」
「ほ、本当ですか!?」
私の地球の話に夢中になってると思ったけど、そこもちゃんと考えてくれてたんだ。
偉いなあ。
「この街にはいろんな種族が来る。だからカラアゲくんもあらゆる種族について勉強し、熟知して、過去に滅亡した種族さえも頭に入っている。そんなカラアゲくんにも全くピンとこない君の姿、人型の歩く植物――文献にほとんど残っていない、大昔に滅亡した種族、ワタシが森精族の里にいた時に長老が昔話として語ったのみの種族……」
カヌレさんが人差し指をピンと立てる。
「――『妖花族』」
「「……『妖花族』?」」
奇跡的に、私とカラアゲさんの声が一致した。
「とっくにくたばった長老の話だって、御伽噺みたいなものさ。――森の奥深く、ある者は木々の間、ある者は湖のほとり、ある者は大木の近く、ある者は隠された花畑に住んでいて、その姿は半人半花とも、全身緑色な他はただの人間族に見えるとも、また巨大だったり虫のように小さかったりとはっきりしない」
妖花族……確かに私の容姿とか、目覚めた場所とか一致するかも。
「それでね、森に迷った旅人を女性の姿で誘惑して、エネルギーを吸い取るんだって」
「わっ私そんなことはしません!!」
妖花族って悪い種族なの!?
どうしよう、『敵性種』に認定されちゃったら……!
「ふふふ、知ってるよ。君は元人間族だからね」
「あ……はい」
「それに、本当は18歳なのに10歳のサイズになっちゃって……これじゃ相手がロリコンでもない限り誘惑できないねえ」
「……はい」
「デリカシーの欠片もねェな」
「――とりあえず、市長の権限をもって君に市民権を与えておくよ。君の種族も、『人類条約』に書き足されるようワタシが各国と話をつけておこう」
「あ、ありがとうございます!!」
やった、この街で暮らせる!!
森で1人ぼっちじゃなくて、この世界で暮らしてる人たちと関われるのが何より嬉しい。
……人助けは、他人がいないとできないからね。
「まあ君は今、家無し金無しの、文字通り根無し草なんだけどね」
「あっそうか……あの、どこか働けるところ……」
「良いって良いって! 君はあっちで学生やってたんでしょ、子どもに働けなんてそんな酷いことは言えないよ!」
「で、でも」
この街のどこでどう暮らしていけばと言おうとした時、カヌレさんが何やらカラアゲさんに目配せをした。
「いやあ、本当だったらワタシが面倒見たいところなんだけどなー、ワタシは市長の仕事で忙しいしなー」
「オイ、俺も自警団の仕事が……」
「というわけで、しばらくこのカラアゲ・ホワイトノーツくんの家に住みなよ」
……ええ!? カラアゲさんの家に!?
「俺はまだ良いとは言ってねェぞ!!」
「まあまあ、君にしか頼めないんだよ。秘密を共有している君にしかね」
「どういうことですか?」
「ああ、ハナコちゃんが異世界から生まれ変わって来たこと、ハナコちゃんが『妖花種』であることは、この3人だけの秘密ね」
「秘密……ですか?」
「考えてもみなよ。まだ認知されてない珍しい種族、この世界にない技術の知識を持ってる、女性で子供、おまけにすこぶる可愛い。とっても誘拐されやすいと思わない?」
「最後はどうか分かりませんが、確かに危険ですね……」
「だからワタシが公式発表するまで、その植物の姿を見せたり、目立ったことしたりしちゃいけないよ。この街で安全に暮らしたいならね」
「カールさんにも秘密ですか?」
「にもだよ」
「……分かりました」
ここまで優しい人たちに支えられてきたけど、本来私は狙われたり嫌われたりしてもおかしくない状態なんだ。
そのことをしっかり頭に入れて、これからの身の振り方を考えよう。
「んで、普通に女の子が1人いても危険だから、この街で最強の人――『ラーララットの太陽』団長、『豪剣』カラアゲ・ホワイトノーツの元で保護してもらおうってわけ」
「だから、俺ァまだ――」
難色を示すカラアゲさんに対し、カヌレさんは接客用のソファから立ち上がってズイズイ距離を詰める。
「この子を拾ったのは君だよ? 絶対面倒なことになるって分かってたのに、それでも助けようとしたのは君だ。だから君が責任持つべきだよね」
「……チッ」
カラアゲさんはカヌレさんから目を逸らして舌打ちした後、私の方を向いた。
「しばらく、俺の家でじっとしてもらうぞ」
「――!! よろしくお願いします!!」
居候は少し申し訳なさがあるけど、カラアゲさんと一緒に暮らせるというのは何か、温かい嬉しさがある。
異世界に来て初めて会って、優しくしてくれた人だから。
第二のお父さんみたいな人だから。
「それじゃ、この話は――ああそうだハナコちゃん、もし姿を見られて種族を尋ねられたら……そうだねえ……『花精族』と名乗りなさい。万が一にも『妖花族』の名前を出すわけにはいかないからね」
「分かりました! これからは、『花精族』のハナコで行きます!」
「うん、よろしく頼むよ。――カラアゲくん、ハナコちゃんをよろしく」
「……ああ」
もう市長さんには会議の時間が迫ってるみたいだし、話はいったんお開きだ。
これから私は、カラアゲさんの家に行くことになる。
「ハナコ、箱ん中入れ。来た時と同じ方法だ」
「はい」
来た時と同様、私はキュビエの実の箱に身を潜めて、他の人に見つからないようにする。
蓋が閉じられると、視界は再び真っ暗になった。
「じゃあな、クソババア」
「またねー、2人とも」
「またお会いしましょう! ――あ、ハンカチ、いつか洗って返します!」
「もらっといて良いのに」
一時の別れの挨拶をした後、箱ごと持ち上げられる感覚、持ち運ばれる感覚があって、ドアの閉まる重たい音が聞こえた。
そうして、また揺れる乗り物の中に、私はいる。
「……カラアゲさん」
「何だ」
私には、どうしても尋ねたいことがある。
あの馬車の中では、私は自分の本当の出自を隠していた。
隠し事をしたのも罪悪感があるけど、他の世界から来たというのを、カラアゲさんはどう思っているのだろうか。
市長室で打ち明けた時は、カヌレさんが質問ぜめしてて、カラアゲさんは全然何も言ってなかったし。
少し気味悪がられたかな……。
「私が異世界から来たって聞いた時、どう思いましたか?」
「――腑には落ちたなァ」
「……え?」
「正直、何の種族かも分からねェテメェを森で拾って、それなのにガキらしくなくませやがってよォ……気味ィ悪かったが、社会で教育を受けてたって分かって、納得したぜ。テメェはただの礼儀正しいヤツだってなァ」
「はあ……そうですか」
「あんま喋んな、バレるぞ」
「はい」
よかった、気味悪く思われてなかった。
しかも逆に気味悪くなくなったって。じゃあ早めに打ち明けておくべきだったかな。
……あれ? でも、馬車に乗ってた時は私を気味悪いって思ってたってこと?
それなのに、体温めてくれたり、あったかい果実湯注いでくれたり……
「……ふふ」
「喋んなっつってんだろうが」
「はい」
箱の揺れが、心地いい。
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「――市長、そろそろ」
黒いスーツに身を包んだ秘書が、カヌレに声をかける。
大事な会議5分前になっても自らの主人が現れないのはいつものことで、もう慣れっこだ。
「はいはい、今行くってば」
「全く、ホワイトノーツ様との雑談に花を咲かせすぎです」
「酷いな、報告がてら旅の出来事について話してただけだよ」
「それを雑談というのです」
市長が自警団団長カラアゲ・ホワイトノーツと長話に耽るのはいつものこと。
それで政務が滞ることがないために秘書は黙認していたが、会議にはもっと余裕を持って着席してほしいとため息の出る思いであった。
しかし、いつものことと秘書は決めつけてはいるが、カヌレの話し相手はまた違った存在であった。
カヌレがハナコを目視した時点で『防音』の魔法をかけていたため、会話が万が一にも外界に漏れることはなかったが。
「――やはり成すのは、人間ではなく、神の領域の者ということか」
「……? 何かおっしゃいましたか?」
「ううん、ただの独り言」
会議室に向かいながらカヌレは、可愛らしい植物娘がこれから巻き起こす旋風に期待を膨らませていた。
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