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2 『始動の午前』

 目が覚めた。

 何も変わっていなかった。

 何も元に戻っていなかった。






 日差しが眩しい。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 昨日と相変わらずの快晴。動き回るエネルギーは有り余ってるのに、この狭い台座のスペースでは大した運動もできないのがもどかしい。

 『台座から離れた』扱いになるからジャンプもできないし。

 ああ、でも筋トレはできるかな。

 腹筋とか腕立て伏せとか。

 悲しいかな、それをしたところでスポーツなどの成果に一切結びつかないのだが。

 暇つぶしだからそれでもいいけど。


 とりあえずやってみましょう。他にやることないから。


 ……。


 ……。


 結果。

 10歳の体って結構軽いんだね。

 楽々にできてしまい、何の面白みもなかった。

 最初あんまりできなかったのが、徐々に成長して連続腕立て100回とかできたら達成感もあったろうに。すでに120回はやって疲れてない。

 乳酸の貯まらない体。飲まず食わずでエネルギーを生産できる体。太陽が出ている間は最強だね私、やったね! 虚しい。


 ――それにしても、10歳の体って筋肉量も少ないから、こんなにスイスイ腕を曲げ伸ばしできないはずだけど。

 私の不完全な記憶の中でも、腕立て伏せで20回が限界だった。高校の時の話で、小学生時代はもっとできなかった記憶。


 もしかして、人間を辞めたから、パワーアップしてるのかな。

 そういえば昨日は1日中ぼーっとして歌を歌っていただけで、この体のこと詳しく調べたりしてない。

 この花畑から出られないという現実に直面して放心状態になっていたけど、落ち着いた今、何の説明もないこの体のことを調べてもいいかもしれない。


 というわけで、まずはこの花の台座でできることを調べてみよう。

 半径1メートルくらいの可動ベッド。自由に動かせる花びらと、14本のおしべ型触手。

 人間の体にはないこれらの部位は、どれくらいの範囲、どの程度の力で動かせるのか。


 花びらを動かしてみると、単純な開閉のみ。足の指を曲げ伸ばしするように、決まり切った動作しかできないみたい。

 それよりも私が注目するのは、かなり自由な形に動かせるおしべ達。

 骨や関節の存在する感覚はなく、どこからでも360度柔らかく曲げることができる。

 骨とか無かったらふにゃふにゃになりそうなものだけど、筋肉(?)の塊のようでなかなか強靭な触手だ。


 どれくらい重いものを持ち運ぶことができるだろう。

 試したいところだが、生憎地面の近いところは真っ平な土の地面で、めぼしい小石一個も落ちていない。

 あっでも、1つ持ち上げるのに適度な重さがある物体がある。


 触手を1本、私の少女の体の腰に巻きつける。

 滑るから2本ぐらいがいいかなとは思ったけど、しっかり1本の触手で抱きしめる(?)ことができているのでオーケーとしよう。

 それでは早速、リフトアップ。


 ――おお、おおお!

 楽々と1メートルほど上昇できた。

 誰かに持ち上げられるのと誰かを持ち上げるのを同時に味わう奇妙な感覚は新鮮でもあり、少し興奮する。少し高いところから見た花畑も、また違った清廉な趣がある。


 っていうか、私の手も足も台座から離れてる。

 わーいやったー、っておしべ型触手も台座の一部判定だから結局接触しているんだよね。

 でも触手の可動範囲の分行けるところが広がってこ、やれることが広がるってことになる。なんだかもっとワクワクしてきた。


 ――もうちょっと高いところから見れば、広葉樹の森のその先が見れるかも?

 1本の触手の長さは2メートルあるかないかぐらいだけど、頑張れば少女体の身長も合わせて3メートルの高さに届くかもしれない。


 ピンと伸ばして……伸ばして……。

 うう……もっと高く……高く……。

 もっと……。

 もっと……。


 ずるずるずるずる……


 すごい! 木の高さぐらいまで持ち上げられた! これなら木々で閉ざされた景色がこの目に収められる!


 ……って、明らかに触手が5メートル以上伸びてる!?


 感覚的には、ゴムみたいに薄く伸びたという感じではなく、私の体の中に内包された糸玉のような触手の延長が飛び出したような……

 他のおしべも伸ばしてみよう。――うん、伸びる。台座にある触手の根っこからずるずる伸びていって、全部私の目線の高さまできた。これだけ触手を伸ばして、訳もなくゆらゆらさせていると、海中に揺れるわかめみたいだ。なんだかおかしくって、面白い。


 でも待って。これ伸びっぱなしだと困るよ。さすがにこれだけ長いと、寝る時絡まって起きた時動けなくなっちゃう。

 戻るかな? 戻れ! 戻れ!


 ずるずるずるずる……


 な、何か鼻水を強引に吸い込んだ時のような、綺麗じゃなくていやらしい感触……でもバッチリ触手は元の長さまで戻ったぞ。

 うーんでもちょっと気持ち短くなった? メジャーとかないから正確には分からないけど。


 触手は長さも自由に調節できるのが分かったところで、今度はどこまで長さを伸ばせるか試してみよう。

 まずは私の体の中に意識を向けてみよう。うん、触手が折り畳まれるようにコンパクトに収納されているのが……


 あれ、これはおしべ触手じゃない。これもだ。これも、これも……

 えっ他にも触手があるの!? しかもたくさん、数えきれないほど、それもとても大きく……。

 ツタのような触手、木の幹のような触手、先端に蕾のある触手、etc。

 小さい体だと思ってたのに、本当はどれだけ大きい体なんだろう?


 ――突然、この触手達を一気に外界に放出してしまいたいという衝動に駆られる。

 存在を知ってから、窮屈に縮こまった大きな体をあるがままにしたいと、開放感を得たいと、そうこの体が叫んでいる。

 同時に、本能のままに衝動を開放することへの恐怖感が一気に募る。

 得体の知れない、異世界での新しい体への恐怖、一線越えればいよいよ戻れなくなるかも知れないという恐怖――正と負の感情が、私の中で渦を巻いて鬩ぎ合う。


 うぐ……せ、折衷ね。ちょっとだけ。ポロだし。出しすぎたら折角の綺麗なお花畑も台無しになっちゃうから。

 1割だけ。1割だけ飛び出させよう。


 まずは、背中からツタ型触手を――ツタ型といっても、太さは私の腕を上回るぐらいに太い。それが、私の背中から同時に6本、うねうねと。なんだかスパイ○ーマンの敵(名前忘れちゃったけど)みたいになっちゃった。

 私の身長ほど伸ばしたけど、まだ全長の1%にも満たない。どんどん解放して行こう。

 同時に、台座の方からも太い幹のような触手を伸ばしていく。普通の木の幹は硬いけど、この触手はおしべ型とかと同じでいろんな方向に自由に曲がって、とても柔らかい。メキメキと台座から出てくるけど、痛さはなくて、むしろ軽快な快感に近い。


 ああ、何だか楽しくなってきた。もう少し触手を出してみよう。

 この花畑を、植物触手の海にするぐらい。

 あれも、これも、それも。どんどんどんどん。


 ――あっ、もういいもういい。1割で止めるの。

 ヤバイ。勢いつきすぎた。止まらない!!


 ぐえ! 一番大きくて胴の2倍以上の太さのある触手が私の体の至るところから伸びて、重さで押しつぶされちゃう!!

 苦しい……っ。

 動けない……誰か助けてえ。

 コントロールできない。勝手に触手が暴れまわってる。

 花畑の半分が触手で覆われて、めちゃくちゃになっちゃう!!


 ははははあはあはあ、おちおちオチ越智落ち着いて。

 まず止める。止める! 止まれ! 止まれってば!!


 ――よし止まった。落ち着いた。窮屈で苦しくって、もがこうとした私の意志が暴走していたらしい。

 でもこのままじゃ苦しいのは変わらない。

 触手出てないのが私の左目と鼻と口ぐらいだもん。呼吸の確保はできていたみたいで、そこは幸いというべきか。


 触手全部引っ込めて、元に戻らなきゃ。

 おしべを伸ばした時とは長さも太さも本数も段違いだから、引っ込めるのもとても痛くて苦しいかもしれない。

 だけどこのままじゃ全然動けなくて、生活に支障をきたすどころの話じゃない。

 時間はかかるかもしれないけど、頑張って元通りに……!


 う……(ズズズズズ)……うぐ……あぁ……うぁ……あ……(ズッ!メキメキ)あぐあああっ……ああっ、うあああっ、(ずりずりずりずり)……うう、うくぅ、くうううう……(ズン! ズズズズズ)うぐぅううあああっ! ……ぁあ、ああ、あああ……(ずりゅずぶっ)っ、はあ、はあっ、


 はあ……あ。


 頑張って全部の触手を引っ込めることができたぞ。やっぱりちょっと退屈だからってよく分からない欲望に身を任せたらろくなことにならないね。

 この欲望は()()()に備わったもの? 大きい体がそのままだと大変なことになるから、小さい体に収納しているってこと?

 もしかして、大きくなるのを防ぐために私の魂が、理性が利用されてるってこと? それじゃあ、私が異世界に転生した目的って……。


 ――決めつけるのは良くない。私は誰にも何も言われてないのだから。もしそういった使命があるとすれば、私に話せばいい。言われれば喜んで抑える役割を全うするよ。


 ……空が青いなあ。

 私は物事を深く考えるのが苦手だ。分からないことを納得いくまで思考し続けるのは頭が疲れるし、なんとか結論を出そうとしても結局中途半端なものになっちゃう。

 そういう意味では、青空の下で転生したのは良かったのかもしれない。植物の体で光合成できるし、どこまでも澄み渡る青空を見れば、ちっぽけな悩みを簡単にクリアにできる。


 周りを見ても、心が洗われるように綺麗で色彩豊かな花畑が……そういえばおしべ触手が見えない。全部の触手を引っ込めようとして、勢い余ってこれらも引っ込めちゃったみたい。初期状態ではうねうね出てたけど、完全に引っ込められるものなんだね。


 っていうか、あれ? 目線の高さに花畑? 台座の分高くなかったっけ?

 あ、土? 今台座の上で仰向けになってると思ったけど、腕や脚や後頭部、背中が触れてるのは乾き切った土の地面だ。


 えっ台座も引っ込められるの? 台座も触手判定? いや、引っ込められるのが触手だけというのは私の勝手な思い込みだけど、台座も収納できるってことは……!


 ――ああ、でも今、背中に根っこが取り付いてて動けない。結局この地面に根付いてしまっている以上、この土地からは離れられないということなのか。

 はあ、台座から離れられないなら、台座ごと取り込めばいいじゃん作戦はありだと思ったんだけどなあ。しょうがない、背中に根っこがあったら全然動けないから、台座に根っこがくるように戻して……。





-stringendo-





 それは、暗闇に覆われていた私の未来に差す、一筋の光。

 偶然から生まれた、革命的な気付き。

 エジソンは『天才とは、99%の努力と1%のひらめき』という名言を残したが、その真意は『1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる』という、ひらめきの重要性を説いたもの。

 いろいろこの体を動かして試してみたが、思えば私が様々な情報を得ることができたのは、偶然のひらめきによるものがほとんどだった。


 そして、今も。


 『根っこを引っ込められるなら』……!


 私の体を。魂を。土地に縛り付ける鎖。四肢に打ち込まれた楔。

 それを取り払って、打ち破って――いや、取り込むことで私は自由を得られる。

 この広い花畑を駆け回り、未知の森の先へ突き進むことができるのだ。


 しかし同時に、余計なことに――悪い気付きも生じてしまった。

 『根っこを地面から離してしまって、大丈夫なのかな』?


 地面から根っこを引っこ抜いたら、即死とかないよね?

 大丈夫だよね? 苦しんで衰弱死とかないよね?


 うう……本当に余計なことに気づかなきゃ良かった。

 転生ってきっと、『一度死んでる』ってことだと思うけど、私はそんな記憶も感覚もないし、やっぱり()()()()()()

 2回目の転生がある保証なんてないし、私の存在が永遠に消えてしまうかもしれない。

 永遠の闇。永遠の無。

 いやだ。死にたくない。消えたくない。


 はあっ、はっ、はっはっ、落ち着いて考えようほら現実の植物について考えてみようだってほらにんじんとかじゃがいもって生きてるじゃんでもあれって生きてるの収穫したらあれはしばらく生きてるのそんなの分かんないよ結局食べるんだからああ違う違うお花だお花について考えてみようあっそうだ鉢植え鉢植え!鉢植えのところに花とか盆栽?とか植えるじゃんそれでさあっ土の入れ替えするじゃん!あれで一回土を取り除くってやっても植物は即死しないよねむしろ取り替えない方が栄養が無くなって死んじゃうよねつまり根っこが土から離れるのが植物にとってダメなのは栄養がなくなるから! 光合成だけじゃ植物はダメで、窒素?とかリン?ケイ素?とか必要なんだっけ? よく分からないけどすぐには死んじゃわないよね? なら……なら、きっと。大丈夫。

 大丈夫な、はず。


 そしたら、一回抜いても栄養が足りなくなる度にどこか適当な地面に根を張りなおせばバッチリ生き続けられる。

 人間だった時のように、広い範囲を自由に歩き回れるようになるんだ。


 では……早速……。

 抜こう……抜いてみよう。


 ブチ、ブチブチ


 うっ……いっ、痛いっ、でも引っ込められる、引っこ抜ける……。

 ゆっくり……うまく痛くないように。


 根っこは地中2メートル、いや3メートルはあるか、それぐらい深くまで張っている。

 細くって、少し間違えれば盛大に千切れてしまいそう。

 痛覚は普通にあるから、切れでもしたら今感じている痛みの比じゃないのが襲ってくるかも。


 慎重に、慎重に。

 もう少し……あとちょっと……あと10センチ。

 よし……最後の1本!


 ――ふう、全部抜き終わった。

 地面に固定されていた感触がなくなって、背中が軽くなって……うん、バッチリ立ち上がれる。

 細長い根っこはちゃんと私の体の中に収められたけど、土は入らないから背中が汚れちゃった。

 とりあえずパッパとはたき落として……っと。


 そうだ、体調!

 どうかな、即死はしなかったけどこれから気分が悪くなるかもしれない。

 少しばかり様子を見てみよう。

 危なくなったらまた根を張り直せばいい。


 ……。


 ……。


 ……っ。


 だ……だい、じょうぶ。


 大丈夫だ。


 大丈夫、平気、元気、なんともないっ、


 元気! 健康! 無病息災!!






-animato-


「やったあああああああああああああーーーーーーーーっっっ!! あははははははーーーーーーーっっ、いやっほほーーーーーーーーう、あっはははーーーーーーっっ!!」


 走ってる!!

 私、花畑を走り回れてる!!

 こんなに思いのままに!! 大股で!! こんなに速く!!

 気持ちいいーーーーーっ、チョー気持ちいいいいいいーーーーーーーーっっ!!


「あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、あはははは、


 ……ふう。はあ、はあ……」


 普通に走り疲れた。

 心肺機能(?)は乳酸とか関係ないから息苦しくなるんだね。

 植物も呼吸はしてるらしいけど、何か葉っぱの小さい穴から空気を取り入れてるみたいな感じだったはず。普通に中学生物忘れちゃった。

 でもこの体、人間の心肺機能が効いてるみたいだ。動けるならこっちの方が空気取り込むのに効率いいのかも。


 ――ああ、結局また寝転がることになった。

 でも側には黄色い台座でもおしべでも土の地面でもなく、可愛らしいお花。

 目についたのは、青いネモフィラ……あっ違う花びらが6つだ。あとおしべが紫色だ。

 他にもカーネーションっぽい花、チューリップみたいな花、タンポポみたいな花……似てるけど色とか花びらの形とかちょっと違う。

 ここは地球じゃないからね。でも違う花でも綺麗で可愛い。


 あれ、遠くの方の広い範囲に渡ってお花が潰れてるところがある。

 数分前まで私がいたところ、円形の土の地面の周りに。

 1箇所だけじゃなく、大体10箇所ぐらいが、地面がえぐられるまでに荒らされてる。


-ritardando-


 ――()()()()()

 私が巨大触手を暴れさすなんてバカな真似をしたから。

 こんな綺麗なお花畑を台無しにするなんて。

 自分のことばかり考えて、舞い上がって、気づかずに傷つけてしまった。


「……ごめんなさい」


 誰かの所有物とかでも無さそうだけど、私もお花になったし、潰されるのなんていやだよねって、お花の気持ちになって申し訳なく思えてくる。

 少し踏まれたのはまだ直せそうだけど、千切れたりバラバラになっちゃったものは直せない。

 取り返しのつかないことをしてしまったと、本当に悲しくなってくる。


 とにかく、可能な限り修復しよう。

 私はもうこの花畑を離れるつもりだけど、荒らしてしまった分、直すことが私の義務だ。


 これが、この世界に転生して初めての、私のやるべきことだ。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 ……少しは元には戻ったかな。

 小さい両手だけで丁寧に土をならしたり、お花達を植え直したりして綺麗にしたけど、やっぱり目に見えて花の数が減っているのがわかる。

 バラバラになった花達は、土を掘って埋めてあげた。ごめんなさい。


 太陽は(登ってきたところを東とすると)真上からちょっと南に位置している。

 正午になったのかな。

 いろんなことがあったけど、まだ午後にもなってなかったんだ。


 黙々と修復作業を続けたけど、気分が悪くなったりはしてないから、まだ根を張らなくて大丈夫そう。

 どこまで平気でいられるか分からないけど、危なそうだったらすぐに対処しよう。


 さて、そろそろこの花畑に別れを告げよう。

 東の森の方に歩みを進めていく。なるべくお花を踏まないように、小さな足で合間を縫って。

 軽い少女の体で踏んでもそんなに花の形は崩れないけど、気持ち的にできるだけ踏みたくはない。

 そういえば、触手を解放したら重くなって、引っ込めたら軽くなるって、質量保存の法則はどうなってるんだろうね。

 植物の体が動いてる時点で今更だけど。


 ――ここがお花畑の端っこ、森の入口。

 木々の下は広葉樹の影に覆われて、なかなか小さい花が育ちにくいみたい。

 光が届きにくいから私も危ないかも。できるだけ早く森を抜けた方がいいかな。


 森に入るその前に、花畑をもう一瞥しておく。

 赤青黄色緑などなど、全ての種類を語れないほどの多様な色彩。それでもごちゃ混ぜの汚さはなく、神秘的に整然とした、奇跡的なバランスの配色で美しさを醸し出している。

 美しさを鑑みると、もう少しいてもいい気がするけど、それでも新しいところに行ってみたいという幼い好奇心が勝つ。

 だから、ひとまずお別れだ。


「……お世話に、なりました」


 感謝と謝罪を込めて、深々と頭を下げた。

 にわかにそよ風が吹き、花々が揺れる。

 一方的にお邪魔して一方的に荒らしていった私が悪いのに、そんな私をお見送りしてくれるような、優しい揺れ。

 目から熱いものがこみ上げてくる。

 植物にとって、水分を失うのは一大事なのに。


 名残惜しいけど、私は再度振り返って、森の中へと進んでいく。

 今日の午前は中々に濃い時間だった。

 午後はもっと濃いものになりそう。

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