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第百二十九話 共存の時代

作者: 山中幸盛

 山中幸盛は直腸癌の手術をし、令和三年六月十四日に退院したが、その時主治医が

「今後のことは、二十一日に来院していただいた際に相談しましょう」

 と意味ありげに告げた。そして一週間後のその日、

「山中さんの場合は腫瘍が血管の一部に噛みついていましたからステージ2に相当します。念のために抗がん剤を服用された方がいいでしょうね」 

 と勧められた。ゼローダ錠なる抗がん剤を二週間服用して一週間休む。これを八回繰り返すので、計二十四週だから半年間を費やすことになる、とのこと。

 幸盛は承諾し、それから一週間後の六月二十八日に診察を受けた後にゼローダ錠を出してもらい、その週から服用を開始する心積もりでいた。ところが、二十八日朝の血液検査結果のうち、B型肝炎ウィルス感染の有無を調べる項目で陽性反応が出てしまったのだ。外科医は言った。

「もしB型肝炎ウィルスに感染しているとなると、抗がん剤を使用できなくなります。遺伝子を調べますから、今日これからもう一度採血してから帰って下さい。一週間後の血液検査で再度陽性反応が出たら内科の先生とバトンタッチということになりますから、朝一番に来院できますか?」

 できます、と応え、やれやれ面倒なことになりそうだ、とヘコみながら帰宅した。そしてあることに気付いた。二十一日の血液検査で陽性反応が出なかったのに二十八日に出たということは、もしかしたら、毎日寝る前に、キンカン酒を牛乳で割って飲み始めたからかもしれない、と。

 入院する数週間前から禁酒していたので、入院中に数えきれぬほど血液検査したのにひっかからなかったのも飲酒していなかったからにちがいない。そこで、スマホに向かって音声で質問してみた。

「B型肝炎と飲酒の関係は?」

 すぐに女性の声で返答があった。

『B型肝炎ウィルスキャリアの方は、少量の飲酒でも肝機能を悪化させるので禁酒が必要です』と。

 そこで幸盛は飲酒と陽性反応は無関係ではないと確信し、断酒を決意して、作りかけのキンカン酒と、数年前から寝る前に牛乳と混ぜて飲んでいた未開封の麦焼酎二リットルパック二本を全部、どぶどぶとドブに捨てたのだった。

 その結果、直感が的中し、七月五日の血液検査で陽性反応は出なかった。主治医は首を傾げながら言った。

「むかし肝炎に罹ったけど治っていて、それで擬陽性になったのかもしれませんね」

 ともあれ、これでやっと抗がん剤の服用が開始されることと相成ったが、奇しくも七月三日付けのS新聞に、ある外科医が「病と向き合うために」という題で寄稿していた。


 【これまでのがん治療では、手術による切除、抗がん剤の投与、放射線療法が行われてきましたが、現在は、免疫療法を加えて四本柱となりました。さらに抗がん剤の分野では、がんゲノム医療が導入され、今後、この分野は飛躍的に進歩する可能性があります。

 がんゲノム医療とは、一人一人のがんの個性を遺伝子レベルで明らかにし、患者さんに、より適した治療などを行う次世代のがん治療です。これによって、今までは胃がんや乳がんなど、がんの種類で標準的な治療法が決まっていましたが、遺伝子を調べることで、がん遺伝子の異常に適合した薬が選ばれるようになったのです。

 現状では、がん治療にはガイドラインがあり、標準治療薬の投与が全て終了し、次の治療薬がない患者さんに限定して、がん遺伝子パネル検査(多数の遺伝子を同時に調べる検査)が保険診療として行われていますが、あと十年もすれば、がん遺伝子の検査を先に行い、最も効果の期待できる治療薬を選択していく時代になると思われます。

 そもそも、がん細胞は遺伝子のコピーの失敗から生まれるものです。一日約一兆個もの細胞が生まれ変わる人間の体で、将来、がん化する可能性のある異常な細胞は、毎日、数千個の単位で体内に発生していると考えられています。

 一方、私たちの体には、遺伝子の変異を修復するシステムが備わっています。この修復するシステムに異常が生じてしまうと、遺伝子の変異は体内に蓄積していき、がんの発生につながることがあります。

 (略)

 こうした医療の進歩の中で感じるのは、切除や抗がん剤の投与などによって「がんを完全に排除する」という考えではなく、宿命的存在である「『がん』との共存」という発想が出てきたことです。

 糖尿病や高血圧症といった慢性の病気では、治癒ではなく、悪化させないで現状維持を目指すことが多くあります。がんの治療も同様に現状維持、いわば「がんとの共存」を目指すということです。】


 もしかしたら、六月二十八日の再採血検査は外部に依頼すると言っていたから、『次の治療薬がない患者さん』に対しての、がん遺伝子パネル検査だったのかもしれない?



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