三題噺 「海」・「ヤンデレ」・「大阪」 さらに「登場人物全員が老人」との条件 タイトル:「老人と海」
地球からわずか1光年の距離に大銀河横断道路が開設されることが決まった。
銀河レベルで通用する産業といえばB級グルメしかない地球人にとっては、宇宙に進出する絶好の機会である。
中流サラリーマンさえもがローンを組み、アステロイドベルトの小惑星を購入しては宇宙船へと改造し、大銀河横断道路わきで開店をするのが当たり前になった。
誰もがギャラクシー・ドリームを夢見る宇宙B級グルメ戦国時代の始まりである。
だが、今回語られるのはその陰でくり広げられるもう一つの物語である。
大銀河横断道路が輝くころ、青き星地球では、ある社会問題が深刻化していた。過疎化である。
地球がこの世界のすべてだった時代の古い因習を嫌った若者は次々宙へと旅立ち、残った僅かな者たちも活気を失っていく世界に絶望し、去っていった。
最後に残ったのはもはやここ以外で生きる方法を見つけることのできない老人たちだけであった。日本列島の人口は500人を切り、その半数が寝たきりである。
彼らは、旧来の生き方を続け、ただ静かに滅びるのを待っていた……わけでもなかった。
須磨海岸を粉々に破壊しながら駆け抜ける巨大な四角い影。それは空へと飛びあがったと思うと、人型といえなくもない姿が晒した。
「こらー、北林さん。そっちに行ったぞ。ぼやっとするんじゃねーやい」
「分かっとる。物事には順番があるじゃ」
吉田ヒロシは上下左右前後360度に外部の映像が映し出される全天型ディスプレイを有するコックピットに腰かけ、こぶし大の大きなボタンを掌でたたきながら、大海を泳ぐ何ものかを追っている。
最小限の機能、大きなボタン。大きな文字表示。
老人向けギガドールは当初の予想を裏切り、粟田工業株式会社のヒット商品となった。
全高60メートルの巨大ロボットは動くだけで、周囲の環境を破壊する。しかし、もうどうせ誰も地球のことなど省みないだろうということで老人たちは好き勝手にやっている。
稼働時間は短い。主にパイロットの腰の調子に左右されるためだ。
「おらぁ。シュウ―――トじゃ」
ヒロシはコクピットの真ん中に設置されたひと際大きな赤いボタンをもう不必要なくらいになんどもなんども拳でたたく。ギガドールは目標をロックオンすると最新のAI制御で適当な武装を選択し発射する。
目標は爆散。
「どんなもんじゃい」
「吉田さん。暴れすぎじゃ。また淡路島が少し欠けちまったじゃないか」
「淡路島なんぞ、琵琶湖にすておけばいいんじゃい。」
回収ユニットが飛び散った目標の肉片を集め、戻ってくる。
遺伝子改造した超巨大タコ。今や瀬戸内海の王者は彼らである。今日倒された40メートル級は、まだ小さい方で最大150メートルの個体が発見されている。
大阪名物超銀河タコ焼きがバカ売れのため、昨今タコの需要がうなぎ上りに高まっていた。皮肉なことに宇宙B級グルメ戦国時代を足元で支えているのは彼らだったのだ。
「最近、集まりが悪いのぅ。坂田さんはどうした」
「移植した心臓の調子が悪いらしい。もう駄目かもわからん」
「紀藤さんは……先月亡くなったか。小林さんは頭の方がもうダメじゃな。こりゃ新人を募集するか」
「あと1~2年は動けるフリーの男が秋田の方に1人いるらしいと聞いたぞ」
「助っ人外人も候補に入れるべきかのう」
そろそろ帰るかと二人が支度を始めたのは午前10時。年寄りは朝が早いのだ。
「ん、何じゃ。蚊がとんどる」
吉田さんがディスプレイに黒い染みを見つけた。指でこすっても消えないので、センサーが何かを捕らえたのだ。
「飛蚊症というやつか……いや、違うミサイルじゃよ」
アラートはちゃんと出ていたが二人は聞いていなかった。(耳もだいぶ遠くなっとるんじゃよ)
強烈な光のためにディスプレイが一瞬ブラックアウトする。続いて、衝撃波。コクピットが激しく揺れるが、一般向けの10倍の安全性を誇るシルバー向け仕様のギガドールは二人の老人に伝わるはずの振動をすべて吸収してのけた。
巨大な爆発が粉塵を巻き上げ、小さなキノコ雲を生み出していた。
気化爆弾が『家島』を消滅させたのだった。
「ハハハハハハ。とろいマネしてるんじゃないよ、爺たちが。ヒャハハハハハハハハハーッ」
二人のニュートリノ通信に乱入する女の声。
「今日からここは私の狩場だ。この星の明石だこはすべて私のもんだよ」
明石海峡大橋の陰から現れた真っ赤なギガドール。軍用と見まがう重装備仕様の機体だった。
「お前は何者じゃ。ここはわしら『ミオツクシ・ボーイズ』がずっと庭にしてきたんじゃ。お前の好きにはさせん」
海面を走る白い波しぶき。
赤いギガドールの威嚇射撃だった。
「私の名前はリン。赤い死神とは私のことだよ。ヒャハハハハハハハハハーッ。聞こえる、聞こえるよ。処刑人の鳴らす鈴の音がね」
リンは機体に搭載されたすべての砲門を開き、一斉射撃を始める。
高性能AIは吉田らの体を守りぬいたが、必死に逃げ回るその姿は情けないの一言だ。
「くそう。北林さん。このままやられてばかりではおれんぞ。ここでジェットストリームアタックをかけるぞ。紀藤さん……」
「だから今日わしら二人だけじゃと…」
三位一体のジェットストリームアタック。
二人でやればタダの的だった。
「も……もう降参じゃ。リンさんとやら。もう年寄りをいじめんでくれ」
「ふふふ。じゃあ、今日からアンタたちは私の手下だよ。いいね」
「もう何でもいいわい」
「でも、諦めずに私に向かってくる姿、少しだけかっこよかったよ」
コックピットが開き、深紅のパイロットスーツに身を包んだ、グラマラスな女性が現れる。
その顔を覆うヘルメットを脱ぎ、吉田らに晒したその正体は……
「やっぱ、ただのババァじゃないかよ!!」
「そら、そうじゃろ」
おしまい