運命には秘密がある
その女性は救急車に運ばれたが、死体を運んだといっても過言ではないだろう。
エドは、そのあとのことは警察に任せて自宅に向かった。
この町は荒れた町だ。
殺人事件のひとつやふたつ、あまりにも最悪な事件ではない限り話題にはならない。
今回、エドが目撃した事件は、荒れた町で起こった”ただの”事件なのだ。
夜の十時ごろ、自宅に着いたエドはタバコを味わい、コーヒーを味わった。
そうしていると、二階から女性の声がした。
「また帰りが遅いのね。今日に関しては珍しく遅いわ。」
エドの妻、ステイシーだ。
エドが高校ニ年生のころ、後輩だったステイシーにアタックして交際が始まった。
結婚して十年近く経っているが、子供はおらず、深い関係でもない。
全く会話をしないのだ。
お互いに不満はないものの、エドはいつも憂鬱だった。
自分自身の価値は一体なにか、妻でもあるステイシーに対しても、さらけ出せなかった。
コーヒーに角砂糖を足しても甘みを感じず、コーヒーも感じない。
感じていたのは、コーヒーの苦みだけだった。
ステイシーはエドに聴いた。
「あなたは変な部分がたくさんあるけど、病院に行ってから、より変になった気がするの。」
エドは、ダリルのことや、さっき遭遇した刺殺事件のことなど、体験したことを全て話した。
エドの身に起きることは全てつまらないことだが、ここ最近の出来事は謎が多い出来事だった。
ダリルが壁に耳を当てて盗聴していたこと、精神病の患者であること、去年起きた未解決の残虐な刺殺事件に対して熱い思いを持っていること、車を凹ませたのに無傷という理由で超人扱いしたこと。
エドはステイシーに全てを話した。
ステイシーは最初、面白そうに聴いていたが、途中からシワを寄せていった。
エドにこう言ってきた。
「そのダリルって子、変ね。親と病院に来てないのもそうだけど、なぜ、女性が刺されているのを見たとき、警察ではなく、私立探偵のほうにかけたのかしら。」
エドは今頃、ダリルの怪しさに気づいた。
未解決の残虐な刺殺事件に異様に熱い思いがあることに。
しかし、精神病の患者であるということを考えると、大したことではないと思っていた。
ステイシーはエドが考える最中に追い打ちをかけた。
「今日起きた刺殺事件の犯人はダリルよ。それしか考えられない。」
それと同時にステイシーは、1年前のことを思い出した。
「あなたとあまり会話をしないけど、今わたしは、楽しく会話してるわ。去年の残虐な刺殺事件のときも、あなたは積極的に話してくれた。なんとなくだけど、何かを感じるの。」
二人が盛り上がっているとき、近くでたくさんの叫び声が聴こえた。
近くで若者が、はしゃいでいるのはよくあることなので気にしていなかった。
次に、たくさんの悲鳴が聴こえた。
二人は、さすがに恐怖を感じただろう。
最後は、悲鳴とうめき声が交じり合った。
エドは家を飛び出し、声が聴こえたほうに走って向かった。
向かっていく最中、下着姿の女性二人がこちらに走ってきたように見えたが、エドを通り過ぎてどこかに去っていた。
そこは、夜の公園だった。
たくさんのビールの空き缶がベンチを占領していた。
そして、砂場には三人の男が占領していた。倒れている三人の男が。
その隣には、体格がいい男が立っていた。
フードを被っている黒いコートの男だ。
倒れている三人の男のうち一人がエドに言った。
「逃げろ。ぶっ飛ばされた。」
6秒間の沈黙が続いた。
黒いコートの男は自分の力を証明するためか、倒れている男の一人を片手で掴み、ソフトボールを投げるかのように投げ飛ばした。
その倒れていた男は、エドのほうに飛んできたため、エドは避けた。
その瞬間、憂鬱が完全に消えた。
エドは、車を凹ませてから今に至るまでの経緯を、運命だと確信した。
エドは鉄棒の棒を片手で取り外し、鉄パイプにした。
(あの黒コートは殺さないといけない) エドは黒いコートの男のほうに向かっていた。
鉄パイプを振りかざし、頭を殴った。
黒いコートの男は地面に両手を付いたが、エドは何度も殴りつけた。
しかし、殴っていくごとに殴っている感触がしない。
殴っていくごとに鉄パイプは曲がっていたのだ。
鉄パイプはU字型になってしまって、使いものにならなくなった。
黒いコートの男は血を流していないどころか、傷ひとつ付いてなかった。
黒いコートの男が動き出そうとしてきたため、エドは焦った。
エドは、黒いコートをつかみ、ベンチのほうに投げ飛ばした。ソフトボールを投げるかのように。
投げ飛ばした先はベンチの方向だが、ベンチの隣にある木に当たった。
木に跡が残るほどの衝撃だったが黒いコートの男はすぐに立ち上がり、エドに飛び掛かった。
エドは押し倒されて、首を両手で絞められたが、苦しいという感覚がなく、息もできる。
エドは押し倒された状態だったが、黒いコートの男をトイレの建物に突き飛ばした。
建物に大きなヒビが入るほどの力で飛ばした後の4秒の沈黙で、サイレンの音が近づいているのに気付いた。
きっと、エドが向かっている最中に遭遇した、二人の下着姿の女性が警察に通報したのだろう。
黒いコートの男は急いで逃げ、エドも、この少しの間の出来事を他の人にバレたくなかったため逃げた。
エドはうまくパトカーにバレずに、自宅に着いた。
「エド、大丈夫なの。」
ステイシーは恐怖を感じていたのか、包丁を片手に持ったままだった。
エドは、自分の力、黒いコートの男の件をステイシーに話さなかった。
自分が特別な存在であるということを、妻であるステイシーに打ち明けたくなかったからだ。
「大丈夫だよステイシー。酔っ払いが喧嘩してただけさ。」