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愛の定義を教えてくれ

作者: 羽月

――愛の定義を教えてくれ。




そんなことを馬鹿真面目に聞いてきたのは同期の男だ。顔はいい癖に性格がこんなだから女っ気は全くない。本人はそれを気にもしていないようだが。


「そんなもんに定義なんてないよ」

「何故だ」

「逆に、何故とか言われる意味がわからない。第一、何で私に聞くんだ」

「お前なら、必ず答えを知っていると思って」

「お前なあ……何でもかんでも私が答えられると勘違いしてないか?」

「違うのか?」

「当たり前だろう」


嘆息する。私はいつもこいつの望む答えを教えてやっている。古語の世界には様々な情報が埋まっていて、その解読を仕事とする私には広く多種の知識がある。しかし、


「そんな感情面の機微まで、古語は教えてはくれない」

「そうなのか?」

「確かに、人類の愛への探求は古来から続く永遠のテーマだ。古語文にも愛を語る台詞はいくつも残されている。『月が綺麗ですね』『あなたと同じ時を生きたい』『愛しい我が子』『老いて共に』」


だが、この言葉をどれだけ並べ立てても、ひとの感情に定義など付けられないんだ。


「そんなものか?」

「そうだよ。お前は、自分が何かを好きだと感じた時、そこにいちいち理由をつけるのか?」

「ああ」

「そうか。だが、果たして全てに理由を付けられるのか? その理由をずらっと並べて、共通点を探したりするのか? 仮に共通点が見つかったとして、ならば同じ共通項を持つもの全てを好きになったりするか? しないだろう」

「……しないな」

「感情に定義なんて無駄だ。理屈じゃない。学問では解き明かせない領域だよ、それは」


確かにそのようだな、と頷く男に、私は苦笑を禁じ得ない。この男は全く、頭はいいのに馬鹿すぎる。


「全く、何で今回はそんなことを聞いてきたんだ? お前が人間の感情面を気にするなんて珍しいじゃないか」


いつもはもっと学術的な知識を求めてくるのに、と腕組みしながら聞けば、男もまた気難し気な表情で口元に手をやり、


「いや、同僚が……」


珍しいことに、言葉を濁した。


「……同僚が何だ?」


いつも必要なことだけを端的に話す男が言葉を詰まらせるなんて、その同僚とやらは一体どんな話をしたんだ、と俄然興味が湧いて少し身を乗り出す。すると男は少したじろいだように身を引き、渋々と、口を開いた。


「俺が、いつもお前の話ばかりをするから……それは恋なんじゃないのか、と。愛しているんじゃないのか、と」


言われたんだ、と。そんなことを、言ってのけた。


「……は?」


私は一瞬思考放棄した。背けた顔をわずかに赤くする、男のそんな様子は初めて見る。


「……これは、恋なのか? 俺はお前を愛しているのか?」

「……いや、え、知らないよ、そんなの」


聞かれても困る。というか、仮に好きかもしれないと仮定して、それを当の本人に問いかけるのはどうなんだ。


「そんなことを言われてから、俺は何だかおかしいんだ。お前のことがやけに気になって、理由もないのに、会いに行きたい、話をしたいと、そんな風に思ってしまう。いや、よく思えば、前からそうだったんだ。俺は、何かと理由を付けては、お前に会いに来ていた。お前だけだ、そんなのは。……なあ、これは何なんだ? いつもみたいに俺に答えを教えてくれないか?」

「……それは」




それは恋だよと、答えればいいのか。




私は自分でもわかるほどに顔を引きつらせ、余計なことを言いやがったその同僚とやらを頭の中で盛大に殴りつけておいた。







――愛の定義はわからない。わからないけれど、まずは恋から始めようではないか。




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