第9話 夫婦喧嘩もほどほどに
――村長宅のリビング。夕食を終えた俺は、この場所に案内されていた。
広い空間なのは言うまでもなく、生活に必要な家具などが一式取り揃えられた部屋の中央には、テーブルとソファーが置かれている。
異世界なので、とんでもない食事を提供されるのではないか。と、身構えていたのだが、めちゃくちゃ美味しい夕食を頂く事が出来た。ただのウルフの肉って美味いんだな……。
そんな感想を抱きつつ、大きなソファーに腰掛けながら、イッチャテルネファミリーとの談笑に耽っていた。
「トウヤさんのお話し、本当に最高だったよ!!」
「まるで、物語の主人公みたいでした!!」
「バウッ! バウッ!」
「……そいつは良かった」
ジェイ君は瞳を輝かせ、フワリも同様に興奮した様子を見せる。なぜか、なだ君も吠えているが、言葉を理解している訳ではないだろう。
ふ~、なんとか誤魔化せたみたいだな……。
イッチャテルネファミリーと夕ご飯をご一緒させて頂いた際、ここに来た顛末などを異世界転生した事実を抜きにして説明したり、フワリとジェイ君の為に『異世界の歩き方』を駆使した大ほら冒険譚を聞かせたりしながら、楽しい時間を過ごした。
この世界に来てからというもの、これほど安堵する時間を満喫出来たのは初めてと言っても過言ではないだろう。
いきなりボス級の魔獣を相手にしたり、森を彷徨い歩いたり、魔獣に殺されかけたり……思い返すと、本当にロクな目に合ってないな。
そんな俺を救ってくれた聖女、フワリ様には感謝の言葉しかない。
「フワリ……改めてお礼を言わせてくれ。俺が無事にここへ辿り着けたのは、紛れもなくお前のおかげだ」
「……どうしたんですか、急に?」
俺の突然の言葉に首を傾げるフワリ。
「きちんと、お礼を言ってなかった事を思い出したんだよ」
「……ん? 私、何かお礼を言われるような事、しましたっけ?」
相変わらず、とぼけた様な表情を浮かべているフワリ。これを本気で言ってるのだから、質が悪い。
「……もういい、お前は少しでも考える事を覚えろ」
「考える、ですか……分かりました!」
絶対に分かってないよ、この子!! ああ、もう良いや。
フワリにお礼を言った事を後悔しながら、村長に向き直る。
「そんな事より、本当に泊っても大丈夫何ですか?」
フワリの母にどうにか許しを得て、夕食を一緒に取った村長。
その際、聞きそびれていた事を聞いてみた。
「そうだな、お前がフワリに何もしないって言うなら泊っていけ……だが、もしフワリに何かあってみろ……分かってるよな?」
慣れた様子で俺を脅してくる村長。ここに泊まろうとする男達全員に同じ事を言ってるんだろうな……。
とりあえず、村長の機嫌を損ねるような事を言うのは慎むべきだろう。
「……は、はい、肝に銘じておきます」
「ははっ、それなら大歓迎だ! 今日だけと言わず、好きなだけ泊って行くと良い」
俺の答えを聞いた村長は上機嫌だ。
娘の事になると阿修羅のような形相を見せるが、それ以外の事なら二つ返事で助けてくれる聖人様のような人だと思った。
……親子そろって崇め奉る事にしよう。
「パパの親馬鹿にも困ったモノです……」
その言葉を聞いた村長が急に立ち上がり、
「親馬鹿なモノか。フワリに変な虫が付いたら、お前だって困るだろう!」
「そういう事は、フワリ自身が決める事です」
「そ、それは……そうだけどよ……」
急に口喧嘩を始め出すフワリの母と父。
最初こそ勢いづいていた村長だったが、あっと言う間に形勢逆転。
フワリの母が放った一言で、歯切れを悪くする村長。
そんな二人の喧嘩を我知らずと傍観しているフワリ。お前の事を言ってるんだぞ……。
「……おいおい、止めなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。いつもの事ですから」
自分の事で揉めていると言うのに、俺の隣で平然と返してくるフワリ。
「そうなのか……?」
「うん。パパとママは姉さんの事になるといつもこんな感じだよ」
ジェイ君まで俺の隣で首を縦に振る。なんて家族なんだ……。
改めてイッチャテルネファミリーのおかしさを認識させられていた時、夫婦の口喧嘩はさらに過熱していた。
「だいたい、この子がこんな世間知らずに育ったのも、あなたの過保護過ぎる性格のせいでもあるんですからね!」
「……過保護で、何が悪いんだよ」
ぼそっと呟く村長。最早、ノックダウン寸前って感じだな。
その姿を見ていたフワリの母は、溜息を吐いた。
「そんな事では、明日から生きていけませんよ」
「……うっ、言うな……言わないでくれぇ…………」
フワリの母が口にした言葉に過剰な反応を見せる村長。何だ……? 明日、何かあるのか?
俺が不思議に思っていると、隣に居るフワリやジェイ君も顔を曇らせているのを発見する。本当に何だというのだ……?
怪しい雲行きの中、そっとフワリの母が口を開いた。
「あなたがそんな事では、フワリも安心して旅に出る事が出来ないでしょ」
――旅に出る? と思った直後だった。
「うぉぉぉぉおおおおおおおお!! 止めてくれぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええ!!!!」
「……うぉ!」
急に発狂し出した村長にびっくりした俺は、小さく驚きの声を上げた。隣でぐっすり眠っていたなだ君ですら、飛び起きてしまうくらいの騒音だ。
「……あな……やめ……さい……、……なた……いて…………ので……か……」
いつまでも泣き叫んでいる村長に呼び掛けるフワリの母だが、叫び声がうるさすぎて本人には聞こえていないみたいだ。そりゃ、部屋中に響き渡ってるんだから、聞こえる訳ないよな。
村長以外、両耳を塞いで我慢していたのだが、拉致が明かないと判断したらしいフワリの母が村長に近づいて行く。
そして、村長の目の前で立ち止まると、右手を大きく振りかざして、
――パンッ!! と、村長の左頬に打ち付けた。
「……へっ!?」
ビンタされた事で正気を取り戻したのか、村長はきょろきょろと視線を右往左往させている。
その姿を真っすぐ見据えるフワリの母は、村長に向かって叫んだ。
「いい加減にしてください!!」
今までにない剣幕を見せるフワリの母。
「……ッ!!」
その言葉を聞いてはっとなる村長。そして、
「あなただけが辛いと思わないでください……」
「……す、すまん。つい、取り乱しちまった」
ようやく喧嘩が終わったようだ。
村長は大人しくなり、フワリの母も元の優しい微笑みをこちらに向けて来る。
「お見苦しいところをお見せしてしまいしましたね。二人にも余計な心配を掛けてしまったみたいで、ごめんなさいね」
俺に気遣いの言葉を掛けたあと、フワリとジェイ君にも謝罪の言葉を述べるフワリの母。謝罪を受けた二人は頷くだけで、特に言葉を発する事はなかった。
先ほどのやり取りを見ていると、フワリの母もかなり無理をしているように感じた。
だが、それをまったく表に出す事なく、俺やフワリ達と向き合っているフワリの母は本当に凄いと思った。
今回は注釈なしです。