第8話 イッチャテルネファミリー
「ただいま戻りました……父さん、母さん、お客様をお連れしました!」
そう言って、なだ君を床に下ろすフワリ。なだ君は何事もなかったかのように寝息を立てている。
フワリの自宅=村長の家にお邪魔する事になった俺は、フワリと共に玄関で家の主を待っていた。
その間、家の中をさっと見回したのだが、さすがは村長の家と言うだけの事はあると思った。
エントランスとも呼べる広い空間には大きな赤い絨毯が敷かれており、他の部屋に繋がる扉がいくつも確認出来た。
さらに、両端には二階へ続く階段が設置されており、この家がいかに広いかを物語っていた。
こんな立派な住居に住んでいる村長とは、いったいどんな人物なのか。
そんな事を考えながら待っていると、直ぐに目の前の一番大きな扉が開いた。
「おうフワリ、戻ったのか」
「あらあら、そちらがお客さんですか?」
「わぁー! あの格好、きっと旅人さんだよ!!」
村長らしきスキンヘッドの厳ついおっさんと、その妻だと思われる美しい女性、そして、俺の事を輝いた瞳で見つめて来る少年。おそらく、フワリの言っていた弟さんだろうな。
その三人が口々に何かを話しながら、俺達の方へ向かって歩いて来る。
「ようこそ、リーブ村へ。俺が村長のブルース・ヘッズ・イッチャテルネだ。歓迎するぜ、旅人さんよ!」
厳つい表情を和らげて、笑顔で手を差し伸べて来る村長。出たよ、ヘッズ・イッチャテルネ……覚悟はしていたが、これがあと三回も続くと思うとぞっとする。
「……はは、俺は桐ケ谷刀也って言います。よろしくお願いします」
愛想笑いを浮かべながら、村長の手を握り返した。顔は怖いけど、普通に良い人そうで安心した。
リーブ村の村長で、フワリの父でもあるブルースさん。
肌の色が日焼けしたように黒く、特徴的なスキンヘッドに相まって厳つさが倍増している。
とても、フワリのお父さんとは思えない風貌をしているが、それは触れないでおこう。
「おう、よろしくな! ところでよ……お前はフワリの何なんだ?」
先ほどまで笑顔で俺を迎え入れてくれていた村長の表情が急変した。
厳つい顔面の眉間にしわを寄せ、こちらを値踏みするように睨みつけて来る。しかも、握った手に力を込めて放そうとしない。何を考えているんだ、このおっさんは……?
「あ、あの……手が……」
と、指摘しようとした時である。
「……パ~パ~?」
村長の隣でニコニコと微笑んでいた女性が、薄っすらと目を見開き、その鋭い眼光を村長に向ける。
それを見た村長は、
「ハイッ! すびまぜん!!」
と、身の毛もよだつ化け物でも見たかのように、背筋をピンと伸ばして、掴んでいた俺の手を直ぐに放した。まるで、蛇に睨まれたカエルのようだ……。
「パパは、そこでしばらく黙っていてくださいね……」
「イエス・ユア・ワイフッ!!」
妻の言う事には逆らえない。と言った調子で、村長は後ろの方へ下がって行く。
何処の世界もかかあ天下は変わらないようだ。
うちの親父も、よく母さんの尻に敷かれていたな……ああ、いかん、いかん。過去の事は忘れて今を生きると決めたんだから、いつまでも思い出に浸っていても仕方がない。
そう気持ちを切り替えているところで、フワリの母が話し掛けて来た。
「……うちの主人が失礼をしました。私はフワリの母で、ニコラスと言います。あの人の言っていた事はお気になさらないでください」
「父さん、いつもああなんです。私が男の人を連れて来ると、絶対に怖い顔をして睨みつけるんです……何でなんですかね?」
フワリよ……お前にはこの言葉を贈ろう……親の心子知らず。
村長の行動やフワリの言葉から導き出される答えはただ一つ……フワリが連れて来る男が、彼氏かもしれない。という、心配から来る父親の本能みたいなもの。
俺はただの学生だからまだその気持ちは分からないが、好きな人を誰かに取られると考えると、胸が裂けそうな気持ちになるので、多分それと同じなのだと勝手に予想する。
「……言っておきますが、俺とフワリは何でもありませんからね」
面倒ごとは御免なので、一応言っておく事にした。
「……分かっています。この子に色恋沙汰はまだ早いというのは、先ほどの言葉だけでも十分に理解しているつもりですから」
「まあ、なんと言うか……大変ですね……」
余計なお節介だったらしい。
「……ん? 二人は何の話しをしているんですか?」
「この調子ですからね……」
と、娘のド天然っぷりを心から心配している様子のフワリの母。
その姿は、俺と同い年くらいの子供を持っているとは思えないくらい、若くて綺麗な女性だった。
フワリと同じ金髪碧眼で、整った顔立ちと常に微笑むように目を細めているのが特徴的だ。
唯一フワリと違う部分を上げるとすれば、胸の大きさだろうか。
フワリはストンで残念な感じだが、フワリの母はバインバインの特盛で母性の塊のような存在感を醸し出していた。
こんな母親だったら、俺ももっとイケメンに生まれていたかもしれないのに……と、思っていたのだが、よくよく考えると俺の弟は超絶イケメンの彼女持ちだった事を思い出す。
ああ、本当に世の中は理不尽だ……。
「ねぇ、お兄さんは旅人なんでしょ? お話し聞かせてよ!」
長い話しに痺れを切らしたのか、フワリの弟と思われる可愛いらしい顔をした少年が話し掛けて来た。
「おう、君がジェイ君か」
「そうだよ。ジェイソンって言うんだ。よろしくね」
人懐っこそうな愛くるしい笑顔を向けて来るジェイ君。まるで、天使のような少年だ。
身長は俺の半分くらいで、おそらく小学五、六年生くらいの年頃とみた。
それにしても、ジェイソンだからジェイ君か……顔に似合わず、ごつい名前だな……ん? ちょっと待てよ……ブルースに、ニコラスと来て、最後にジェイソン…………ハゲばっかりじゃねぇーか!!
……ヘッズ・イッチャッテルネって、そういう意味だったのか。
などと、馬鹿な事を考えている俺の体を揺するジェイ君。
「……ねぇ、早くお話し聞かせてよ~」
「おお、悪い。けど、俺の話しなんて聞いても面白くないと思うぞ」
「そうなの? でも、お兄さん旅人なんでしょ? だったら、色々なところに行ってる筈だし、その話しが聞きたいな~」
「ジェイ君……トウヤさんを困らせたら、メッ! ですよ」
ジェイ君が我儘を言っていると思ったのか、フワリが会話に割って入って来る。きちんとお姉ちゃんしてるのは良いけど、この年頃の男の子にメッ! は、ないだろ。
フワリに注意されたジェイ君は、寂し気な表情を浮かべていた。
そんな彼の姿を見ていると、俺は居ても立っても居られなくなり、
「別に良いぞ。俺みたいなしょぼい旅人の話しでもよければな」
「本当に! じゃあ、早く聞かせてよ!」
パッと花が咲くように、満開の笑顔を向けてくれるジェイ君。
「ああ、ジェイ君だけずるいですよ! 私だって、聞きたかったんですからね」
「……お、おう。分かった、分かったから、そんなにくっつくな……」
姉弟で俺に詰め寄って来る。何なんだ、この姉弟は!
しかも、さっきからフワリのない胸が押し付けられていて複雑な気分だ……嬉しいような、寂しいような、悲しいような……とにかく、牛乳を飲む事をおすすめしよう。
そんな俺を阿修羅のような目で睨みつけて来る村長が怖かったので、そっと二人を引き剥がす。
「――話す、話すから、一旦俺から離れようか……」
「「はーい!!」」
大人しく俺の言う事を聞いてくれた二人は、少し離れた元の位置に戻る。と、同時に村長の阿修羅化も元に戻った。俺も娘を持つと、ああなるのかな……。
そう思うと、笑えない冗談だと首を横に振った。
それにしても、こんなに誰かに求められたのは生まれて初めてな気がする……ツッコミ以外で。
そんな二人の為にもきちんとした話しをしてやりたいのだが、俺は異世界から来た旅人だからな……正直、話せる事なんてツッコミで魔獣どもを吹き飛ばしたくらいしかない……。
こんな話し、絶対に信じてくれないだろうし、適当に情報を漁って見繕うしかなさそうだな。
俺の頭には、『異世界の歩き方』があるし、こいつでどうにでもなるだろう。
旅人だと怪しまれないように会話する為の算段を立てていた時、パチンっと手を合わせる音が鳴った。
「……さあ、お話しはこれくらいにして、夕ご飯にしましょう。トウヤさんもご一緒にどうぞ」
フワリの母が奥の部屋へ俺を案内しようとする。だが、
「ええ~、ご飯より旅の話しが聞きたいよ~」
「私も聞きたいですぅ」
二人の駄々っ子がそれを邪魔する。
そんな二人を見兼ねたフワリの母は、細めた目を見開き、
「あらあら~、言う事を聞かない悪い子達は、ご飯抜きにしますよ……」
有無を言わせぬ母の必殺技……それが、ご飯抜きである。
「だとさ……話しならご飯を食べながらでもしてやるから、さっさと行こうぜ」
「うん、分かった! 姉さん、早く行こう」
「ちょ、ちょっと、ジェイ君! 走ったら危ないですよ!」
ジェイ君に連れられる形で、フワリも奥の部屋へと歩き出した。
フワリの母をこれ以上困らせるのは色々ヤバいと思った俺は、二人に助け舟を出してやった。まったく、世話の焼ける姉弟だな……。
俺も二人の後に続こうとしたところで、ある男が視界によぎった。
「……あの~、私はどうすれば良いでしょうか?」
「パパはここで立っていてください……」
「…………はい」
今日も愉快なイッチャテルネファミリーであった……。
注釈
※『ブルース、ニコラス、ジェイソン』とは、トウヤが居た世界の有名な俳優の名前である。共通点は、少々頭がうす……いや、何でもありません。申し訳ありません!! 注意:これは作者の勝手な妄想です。お気になさらないでください。
※『イエス・ユア・ワイフ』とは、全国の夫が妻に捧げる最上級の言葉である。この言葉を唱えたが最後、夫は妻に逆らう事が出来なくなる伝説の言葉と語り継がれているとか、いないのとか……諸説あり。