第7話 リーブ村へようこそ
――夕暮れ時を知らせる真っ赤な空。
辺りはすっかり茜色に染まり、俺の眼前に広がる森に囲まれた小さな村も、例外なく夕日の色に染められていた。
どうにか、夜になる前に村に着くことが出来たみたいだ。
フワリと行動を共にしていると、不思議な事に魔獣と遭遇する事が一度もなかった。
それに彼女の話しを聞いていて、さらに驚愕する事実が明らかになった。
俺となだ君がただのウルフ達に襲われそうになった時、そのただのウルフ達がいつの間にか倒されていた。と、いう出来事があった。
あのただのウルフ達だが、遠くで俺達を発見したらしいフワリが、遊んでいると勘違いして、なだ君用のおもちゃであるブーメランをこちらに向かって投げたのがきっかけだったという。
投げたブーメランは急に吹いたとてつもない強風に巻き込まれ、物凄いスピードで、今にも俺達に襲い掛かろうとしていたただのウルフ達に直撃してしまったらしい。何だよそれ……? って、感じだよな。
そして、あの大爆発である。
彼女が言っていた『ちょっと運が良い』と言う言葉だが、ちょっとどころでは済まされない、とんでもない強運の持ち主だと言わざるを得ない!
もはや偶然では済まされない出来事の連続に、俺は彼女を聖女として崇めても良いのではないだろうか。と、変な妄想を膨らませるまでに至っていた。
「あの、どうかされましたか?」
いつまでも村に入らず、ぼーっと突っ立ていた俺に話し掛けて来るフワリ。
「……ああ、聖女様」
「聖女、様……? 何を言ってるんですか?」
「ああ、すまん!! ……今のは、忘れてくれ!!」
ああ、恥ずかしい!! なんて馬鹿な事を口走ってるんだ、俺は!! 何が聖女だよ、気持ち悪い……絶対、変な目で見られてるよ。
「よく分かりませんが……分かりました!」
戸惑いながらも、ニコッとこちらに笑顔を向けてくれるフワリ。話しが噛み合わないと言うのは、こういう時非常に便利だと思い知らされた瞬間だった。天然万歳!!
「よ、よし、さっさと村に入ろうぜ」
向こうが分かったと言っているのだから、これ以上蒸し返される事はない筈……。
だが、念には念をという言葉があるように、世の中何が起こるか分かったものではない。
早々に村へ入って、話題を変えてしまう事にした。
「あ、待ってくださいよ、トウヤさん……」
村の住人であるフワリより先にどんどんリーブ村へ足を踏み入れて行く俺。
そのあとを慌てて追って来るフワリ。
「急に歩き出すなんて、酷いですよ」
両腕で抱えているなだ君が重たいのか、走りずらそうにしながらも俺の隣に追い付いたフワリ。
「……すまん、すまん。ちょっと、村の様子が気になってな……」
「どういう意味ですか?」
「そうだな……」
と、辺りを見回す俺。
恥ずかしさを隠す為の行動だったのだが、そんな事も忘れてしまうくらい、リーブ村の風景に見惚れている俺が居た。
――雄大な自然の中に作られた小さな村。
周辺は木々で覆われており、魔獣除けに木で出来た柵が張り巡らせている。
村の中には木材で出来た民家がちらほら存在し、あちこちに田畑や家畜小屋があった。その事から、この村では農業が盛んに行われている事が窺える。
夕方という事もあり、住人は作業を終えて帰宅しているようなので、人っ子一人見当たらない。
そんな寂しげな光景が、夕日をバックに良く映えていた。こういう光景を映える。と言うのだろうか……。
だとすれば、遠くの山からこの村を通り流れているあの川など、映えるの最高潮なのではなかろうか。
夕日に照らされキラキラ光る美しい水面は、絶好のフォトスポットと言えるだろう。
「こんな美しい光景を見たのは初めてだ……」
異世界ならでは……と、までは行かないにしても、元の世界でこの光景を見ようとすれば、かなりの秘境へ旅立つ必要があると思われる。
もし、死なずに元の世界で生活していたとしたら、絶対に見る事は叶わなかっただろう。
「そういう事でしたか……でも、こんな光景、旅をしているトウヤさんなら飽きるほど見て来たんじゃないですか?」
――ギクッ! 以外なところで鋭いな。まあ、適当に誤魔化すか。
「……まあ、勿論こんな光景は一杯見て来たが、どれも美しさのベクトルが違うというか……天気の良し悪しがあるというか……と、とにかく、ここはとても良いところだなぁ!」
「……はい! 私もそう思います」
ニッコリ笑顔をこちらに向けて来るフワリ。うん、やっぱり美しい村より美人だな……。
やはりと言うべきか、フワリはまったく疑いの目を向ける事なく、俺の出鱈目な説明を受け入れた。というより、途中の説明はまったく理解していなかったような気がする。
何回か首を傾げていたのを確認しているので、まず間違いないだろう。
「それで、この村には宿屋とかないのか?」
村の中を観察していて思った事なのだが、宿屋どころかお店らしき建物も見当たらなかった。
まあ正直、宿屋があったとしても、無一文なので泊まる事は出来ないんだがな。
この辺りも難易度で言うところのベリーハードな気がする。本当にあのおっさんには恨み言しかないな。
だいたい、この世界の通貨って何なんだ? ……って、そうか。こういう時の為にインプットされた情報があるんじゃないか。
もしかすると、お金の集め方などの情報もあるかもしれないし、きちんと確認してみるか。
……ええっと、通貨は『異世界の歩き方』にあった筈……これだ!
この世界の通貨は、『ペルカ』で統一されています。ペルカの価値は日本円の約十分の一となりますので、三千円持っているあなたの現所持金は三百ペルカとなります。
この世界のりんごの相場が一つ百ペルカくらいなので、これを基準に考えてみてください。
――いや、丸まる『カイージ』やないか~い!!
何処かで見た設定なのは大いに問題あるとして、誰が日本円とペルカの為替相場を決めたんだ?
正直、無一文だと思っていたから所持金がある事は嬉しい誤算だ。
だが、りんご三つしか買えない所持金で、どうやって今晩の宿を探せって言うんだよ!!
と、かなり焦っていた俺に、あるお方が救いの手を差し伸べてくださった。
「すみません。宿屋はありませんので、今晩は家に泊まっていってください」
「……マジでか?」
フワリの申し出には、感謝の言葉しかなかった。
これで宿屋問題は、かい、けつ、だッ!! (カッコいい効果音が鳴っている体で)
聖女様、万歳!! 聖女様、サイコー!! 聖女様、こっち向いて!! (聖女様を称えるパレードを行っている体で)
俺の中では、フワリ聖女様と崇め奉ろう。
あんな声が良いだけの神もどきより、よっぽど頼りになる聖女様だ。マイペース過ぎるのはたまにきずだが……。
「でも、本当に良いのか? 急に押しかけたら、親御さんとか困るんじゃないのか?」
相手からの申し出とはいえ、礼儀を怠るのは良くない。
そう思って聞いた一言だったのだが、
「全然大丈夫です。両親は困っている人を見たら、助けずにはいられない人達ですし、弟のジェイ君も旅人の話しを聞くのが大好きな子ですから。それに、なだ君を見つけてくれたお礼もまだしてませんからね」
ずっとフワリの腕の中で眠っているなだ君をこちらに向けてアピールしてくるフワリ。こいつ、全然起きないよな……。
「そういう事なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「はい、勿論です! それじゃあ、このまま真っすぐ進めば私の家に着きますので……」
と言って、歩き出した方向に見えたのは、この村で一番大きな木造建築二階建ての立派な民家だった。
……ええーっと、フワリはいったい何者なんだ?
という疑問を抱えながら歩いていると、あっと言う間にフワリの家の前に着いてしまった。
先行するフワリは家の前でくるっとこちらに向き直ると、
「遅くなりましたが……ようこそリーブ村へ! ここが、この村の村長が住む家です」
「……村長?」
フワリの家に行くんじゃなかったのか……?
「言ってませんでしたっけ? 私、この村の村長の娘なんです」
言ってないよ、そんな事……。
つまり、今から俺は村で一番偉い人の家に泊まるという事になるのか……無理! 絶対無理!! そんな経験した事ないし、人の家に泊まるとか、前世で仲の良かった馬鹿の家に何度か泊ったくらいしか経験ない!!
「……あの~、今からキャンセルとか出来ませんかねぇ~?」
「キャンセル……? トウヤさんったら、面白い冗談ですね。そんな事言ってないで、行きますよ」
「……お、おう」
俺の言葉を冗談と解釈したフワリは、自宅のある方へ歩き出した。
本当に俺のような得体のしれない奴が、村の村長を務める偉い人の家に泊めてもらっても良いのだろうか。勿論、何もするつもりはないが、なんと言うか……めちゃくちゃ緊張する。
だが、せっかくの厚意を無碍に扱うのも気が引けるしな……。
そういう気持ちもあった俺は大いに悩んだ末、フワリの厚意を受け入れる事にした。
どの道、俺には選択肢などないのだから。と、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、自分に言い聞かせた。
注釈
※『ペルカ』とは、一、五、十、五十、百、五百ペルカの全六種からなる硬貨と千、五千、一万ペルカの全三種からなる紙幣で構成された異世界の通貨である。硬貨には異世界の花や有名な建造物などが刻印されており、紙幣には異世界の有名な人物が描かれている。
※『カイージ』とは、トウヤの世界で人気を博しているギャンブル漫画シリーズのタイトル。主人公のカイージが命を懸けて様々なギャンブルに挑んでいく姿を描いた大ヒット漫画である。特徴的な擬音「わざ……わざ……」などが有名である。