第3話 最強のツッコミ
「……なんてこった」
目覚めた俺の眼前に広がっていたのは、鬱蒼と生い茂る草花や木々達だった。
その草木は、どれも俺が知っているモノに相違ない普通のモノだ。
もしかしかすると、俺の知らない日本の何処かなのか……と、淡い希望を抱いてみるが、俺の頭に直接インプットされた情報がそれを否定する。
……ここは間違いなく異世界だ。
そして、俺は得体の知れない神的なおっさんに転生させられた。そんな実感はないのだが、きちんと俺の頭が理解している。
有栖ちゃんに殺されたという事実も……。
ああ、その死因は忘れよう。俺がこの世界で強く生きていく為にも、過去の事は忘れて今を全力で生きる! それが大事な事だと自分に言い聞かせた。
「それにしても、慣れないな……」
なんだか物凄い違和感を感じる。
自分の知らない知識や、体験した事のない記憶などが混在された頭の中って、こんなにも滅茶苦茶な状態なんだな。
まるで自分の家の中に、赤の他人の物があるみたいだ。嫌だよな……人のパンツとかが自分の家にあったら。
だが、俺はこの情報をきちんと整理する必要がある。何も知らない状況だったら、パニックを起こしていただろうが、俺にはきちんとした情報源がある。
せっかく苦痛に耐えて手に入れた情報なのだ、せいぜい役に立ってくれよ……。
俺の頭にインプットされた情報によると、この世界は魔王の手により脅かされているらしい。
魔王の力は強大で、どんどん勢力図を広げて行き、今や人間達の住む領地までその版図を広げているようだ。
その力に対抗しているのが、主に人間、エルフやドワーフといった亜人、魔王に従わない魔族などが居るらしい。
以上が、インプットされた情報の中にあった『異世界の歩き方』から抜粋したモノである。何でもありかよッ!!
まるでゲームの世界にでも入った気分だ。
幼い頃、憧れた剣と魔法のファンタジー世界……そんな世界に俺は居る。
正直、死んでしまった事に対して未練がない。と、言えば嘘になる。
だが、それ以上にわくわくしている自分が居るのも真実。
転生したからには、前世で出来なかった事をしてやる。
この世界で魔王を倒し、英雄になって、今度こそ可愛い彼女をゲットしてやる!
「――やってやるぞッ!!」
と、意気込みの声を上げたところ、
「グルルルゥゥゥ!」
草木をかき分けて、突然一匹の巨大な狼みたいな魔獣が俺の目の前に現れた。
「――ヒィ!」
異世界で遭遇した初めて生き物が魔獣なんて……ついてないにもほどがあるだろう。こちとら何の装備もないっていうのに……。
確かにゲームなんかでも、森で魔獣とエンカウントするのは当たり前だけど、普通はスライムとかそういう弱い魔獣だろう。なのに――、
「何で俺の目の前に居る魔獣が、俺の身長の三倍はある『ウサイン・ウルフ』なんだよッ!!」
ウサイン・ウルフとは、森の守り神と称される古の狼で、その巨体からは想像出来ないスピードで森を駆け抜ける事から、森のボルトとも呼ばれている。
なお、これはインプットされた情報にあった『異世界魔獣図鑑』から抜粋したモノである。本当に便利だな、情報インプット!!
……おっと、そんな事を言ってる場合ではなかった。いきなりボス級の相手と対峙する羽目になるとは、俺はどうすれば良いんだ?
「グルルゥゥ?」
幸いウサイン・ウルフはこちらの様子を窺っているだけで、今のところ襲ってくる様子はない。今の内に何か打開策を練らなければ……。
確かインプットされた情報の中に『異世界バトル初級編』なるモノがあった筈……。
……え~、なになに、異世界でのバトルは剣や魔法が主流となります。ですから、剣や魔法を使って戦いましょう……って、どっちも持ってねぇーよ!!
剣? 魔法? 何それ美味しいの? クソッ! ちっとも役に立たねぇー!! 次だ、次……『異世界バトル中級編』ならもっと有力な情報がある筈……。
……え~っと、異世界でのバトルは職業によって大きく戦況が変わって来ます。まずは、冒険者ギルドに所属して職に就きましょう……だから、そんなの知らねぇーよ!!
冒険者ギルドに行けるなら、今すぐ行って職に就くわ!! そうじゃない、そうじゃないんだよ……俺が知りたいのは、今この時を切り抜ける方法なんだよ!
「ガウッ!」
「ヒィ!」
……やべーよ、森のボルト様がこっちに向かって吠えてきやがったよ~。
クソッ! 早く何とかしないと、『異世界バトル上級編』……は、きっと役に立たない。さっきの感じで行くと、パーティを組みなさいとか、ふざけた事をぬかすに決まっている。
こうなれば一気に裏技編だッ!! こんな状況を打開するには、小手先だけではどうにもならない。ならば、裏技を使って攻略する。
良い子のみんなは、裏技に頼らずゲームをクリアするんだぞ。
『異世界バトル裏技編 特別なんだからねぇ!』……なんてムカつくタイトルなんだ……って、言ってる場合ではなかった。
……頼むぞ、え~、全百タイトルを読み終えたあなたに特別大サービス! あんなクソみたいな情報が百もあるのかよ……ああ、いかん、いかん。集中しなければ。
あなたにしか使えないとっておきの特技があります。その特技を今から教えますので、ぜひ試してみて下さい。情報はそこで終わった……おい、何なんだよ、俺にしか使えない特技って?
一生懸命、情報を探っていると、ある一つの情報が俺の頭の中に浮かび上がった。
「嘘だろ……冗談って言ってくれよ…………」
俺はその情報に絶望した……。
まさか、異世界に転生しても職業は変えられないとはな……。
だが、これで助かるならやってやるよ!
「――ガウッ!!」
痺れを切らしたウサイン・ウルフがこちらに向かって走り出す。
その速さは情報通りで、電光石火の如く、こちらとの距離を詰めて来る。
だが、俺は逃げる事も、避ける事もしない。
ただ、右腕を折り曲げ、胸部の方へ引き寄せた。
「ガァッ!!」
ウサイン・ウルフは眼前、口を大きく開き、俺を噛み殺そうとしている。
それでも俺は避けない。
ただ、右手の指をそっと真っすぐに整え、そして――
「これが殿下の宝刀じゃぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!!!!!!!!!」
折り曲げた右腕を解き放つ。
俺の右手がウサイン・ウルフの右頬に炸裂した。
「グゥオオオオオオオオ!!!!」
物凄い雄叫びを上げながら吹き飛んでいくウサイン・ウルフ。
木々を薙ぎ倒しながら、空の彼方へと小さく消えてゆく。
「……マ、マジかよ」
これが俺だけの特技『最強のツッコミ』らしい……神も仏もクソくらえだ!
注釈
※『異世界の歩き方』とは、異世界にある町や国、存在する種族などに関する事が全て収められた情報である。
※『異世界魔物図鑑』とは、異世界の魔物に関する事が全て収められた情報である。
※『異世界バトル初級編』とは、駆け出しの冒険者に必要な事が全て収められた情報である。こちらはシリーズモノで、全百タイトル存在する。
※『異世界バトル中級編』とは、ちょっとバトルに慣れて来た冒険者に必要な事が全て収められた情報である。こちらはシリーズモノで、全百タイトル存在する。
※『異世界バトル上級編』とは、かなりバトルに慣れて来た冒険者に必要な事が全て収められた情報である。こちらはシリーズモノで、全百タイトル存在する。
※『異世界バトル裏技編 特別なんだからねぇ!』とは、バトルに慣れたが、どうしても攻略出来ない相手が現れた冒険者に必要な事が全て収められた情報である。こちらはシリーズモノで、全百タイトル存在する内のラストナンバリングである。これを読んであなたも楽に世界を救おう!