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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

千円ポッキリのネクロマンス

2.【少女と魔女って、仲良しなの?】

作者: 森村バイオ




 その日の昼休み。


 私は早速、例の法螺吹きに関しての調査を開始した。

 とは言っても、実際はそんな大仰な話ではない。一人二人に話を聞いただけで大体のことは分かってしまったからだ。

 聞き込みという言葉すら大袈裟だ。一応、他数名にも確認してみたが、情報の量に上下があるだけで聴けることはほとんど変わりなかった。


 曰く、

 長い黒髪、切れ長の眼をしていて、校内トップクラスの秀才で、変わり者で、美人。

 そして、


「死んだものを生き返らせることが出来るらしい」


 ということ。他にも怪しげな噂やちょっとした逸話等もあったが、どれもこれもがどうでもいいレベルのものでしかなかった。美人で変人の詐欺師。それが私の作り上げた人物像だ。


 二年E組出席番号三十八番、六六 六(ろくろく むっつ)

 それが、その悪徳詐欺師の正体だった。


(六六六?)

 その数列を見て、私は鼻を鳴らす。


 変な名前。いや、変と言うよりも、いかにもそれっぽいと言うか、実に胡散臭い。偽名にしか見えないし、怪しさ満点じゃあないのよ。しかも話によれば、教師を丸め込んだり、理屈をこねれば誰も二の句が継げなくなるほどに口も達者らしい。完全に詐欺師だ。私の睨んだとおりの悪人。絶対に許すものか。


 覚悟しなさい、六六六。

 あんたがどれだけの人をだましてきたか知らないけど、私は絶対にだまされないわよ。償わせてやる。絶対に。





 私は放課後、教室に残ってせっせと手紙を書いた。


 六六六への依頼分だ。相手を警戒させないようにいかにも依頼人らしい文章を作成する。

 

 日が暮れた頃に教室を出て、玄関にある二年生のロッカーに向かう。いつも自分が使う組のロッカーではなく、反対側にあるE組のロッカーだ。

 誰かが見ていないか、通りかからないかを、廊下で携帯を見る振りをして見計らう。人の気配がなくなった瞬間、私はロッカーの並ぶ前へ移動し、そこで奴が使っているスペースを探す。名札のシールを指で追いながら、あの数列の姿を。


 三十八番六六 六。


 ここだ。

 私は何度も何度もその名札シールを確認した。

 聞いた話では、奴に依頼するときはこのロッカーに手紙を投函するのが暗黙の了解になっているらしい。


 まるで妖怪ポストだ、と私は子供の頃見たアニメを思い出す。今回は私もそれに合わせてみようというわけだ。

 ロッカーを開けると、そこには学校指定の上履きが置いてあった。もう帰っているのだろうか。いや、当たり前か。時間はもう六時過ぎ。熱心に部活動をしていない人以外は、みんな帰宅している。私は手紙を上履きの上に置いた。


(明日が楽しみだわ)


 これでいい。後は明日の対決を待つばかりだ。

 まだ見ぬ六六六の姿を、無残に敗北する詐欺師の姿を思い浮かべながら、私は自分の靴を取りに向かった。





 次の日は朝起きてから昼休みまでの間、ずっと奴と対峙するときのことを考えて過ごした。


 友人も先生も私のことは放っておいてくれたから、授業も休憩もイメージトレーニングに没頭できた。

 攻撃する言葉を選び、武装する理論を構築する。学校一の秀才?だからなんだ。私だって頭はいい方だ。クラスの中なら十番以内には入る。

 詭弁や戯れ言に負けるつもりはない。昨日も家に帰ってからインターネットで法律やら詐欺やら魔術やらの色んな情報を仕入れてきた。準備も入念に行ったのだ。打ち負かしてやる。その一心で。





 昼休みに入ると、母さんの作ってくれたお弁当を中身もろくに確認しないままにかっ込み、五分足らずで食事を終えた。

 教室に掛けられた丸い時計を確認して席を立つ。私が指定した時間まで、後十分。私は出口へと向かう。


「沙織、どっか行くの?」

 近くの席で何人かと食事をしていた佳奈が声を掛けてくる。お前には関係ない。

「うん、ちょっとね」と私は答えて教室を出た。廊下を早足で歩き、階段を降りて体育館裏へと向かう。グラウンドでサッカーやらキャッチボールやらをしている男子達を尻目に、私は薄暗い巨大な日陰へと入っていく。


 そこに、一人の先客がいた。


 女生徒だ。壁に背をもたれながら本に目を落としていた。

(長い、黒髪)

 他に人影は見当たらない。

(切れ長の眼)

 間違いない。

(こんな暗い中で、読めてるの?その本)


 彼女が、六六六のようだ。私は深呼吸してから、彼女に声を掛けた。


「あなたが六六六さん?」

 私の存在に気付いたのか、彼女は読んでいた本(「惑星タイタンの妖女」というタイトルだった)を閉じ、長い髪を強く掻き上げた。一瞬、黒い扇が空中に広がった。


「ええ、そうよ」

 詐欺師は口を開いた。


「私が六六六さん」


 カキーン!と、バットがボールを叩くときの、乾いた快音が響いた。


 私は、目の前に立つ奴の姿を観察する。

 まず目を引いたのが、その長い黒髪。腰まで届く、ストレートに伸ばされた漆黒のロングヘアー。きちんと手入れが成されているようで暗がりの中でも光沢があるのが分かる。誰もが口を揃えて取り上げた特徴なだけあって、存在感があった。

 同じくよく話に出た切れ長の眼。優しい印象は全くないが、無駄に整った風貌(確かに、なかなか悪くない。美人と言っていいかも。背は私のほうが高いけど)には、むしろ似合っていた。なんというか、雰囲気がある。

 口元に称えた笑みがより一層そのミステリアスな感じを惹き立てていた。この女が、例の詐欺師というわけだ。純朴な人間が騙されてしまうのも無理はない気がした。


(でも)

私は気を引き締め、六六六を睨み付ける。

(私は騙されない)

決意を込め、挑戦するように。しかし。


「どうしたの?」

 六六六はそんな私の態度など気にしていないように冷静で、それどころかニヤニヤと嫌みったらしい笑みすら浮かべていた。

「あなたの言うとおり私が六六六だけど。手紙を寄越したのは、あなた?」


「そ、そうだけど」

 自分のものだとは思えないくらい弱々しい声が、口から漏れた。正直、この女の雰囲気に私は飲まれ掛けていた。

 だって詐欺師っていうのは、こういう人間ではない。上に見えるように見せかけてもそれはまやかしで、相手が自分より強いとわかるやいなや、下手に出て懐柔しようとしてくる輩。それが私の持つ詐欺師のイメージだ。

 なのにこいつは、余裕があって、私の敵意にもたじろかず、完全に私を見下ろしていた。傲慢とすら言えるくらい堂々とした態度で、私の前に立っていた。


「そう。それで、何の用?」

 冷たい口調で話す六六六。まるで、「用事がないのなら帰っていいかしら」と今にも言い出しそうな口調だった。獲物を前にしてもなお、事務的な姿勢を崩さない態度が、私の心を揺さぶる。

(もしかしたら)

 この女は、信用できるかもしれない。

(本当なのかもしれない)


 違う!

 私は心の中で叫んだ。

 これこそが、こいつの手なんだ。弱い相手につけ込んで、足下を見て、騙そうとする。そして、騙した相手を見て、笑うんだ。

 私は騙されない。再び心に強く誓う。


「あなた、死んだものを生き返らせられるって、本当?」

 私は六六六を見据えた。相手の目を見て、その一挙一動を見逃さないように。相手に負けないくらい強気に、一直線に。後ろめたい人間なら、なにかしら反応があるはずだ。そう思った。


「ええ」

 なのに、こいつが見せたのは、たった一つの肯定。

「そうよ」


 まるで出身地や血液型を聞かれたときみたいに。そんなことに、なんの意味があるの?とでも言いたげに。私は余りにも尻尾を出さない六六六に、段々苛立ち始めてきた。


「そんなこと、信じられない」

 そうだ、信じられるわけがない。そんな魔法みたいなこと、出来るわけがないのだ。ましてやこんな胡散臭い女に。


「どんなトリック使ってるんだか知らないけどね、そんな法螺吹いて回るなんて最低よ。死んだものが生き返るなんてあり得ないわ!何のつもりだか知らないけど、あんたみたいな奴は絶対に許せない!」


 私は強く言い切った。

 すると、この女は、やれやれ、という様子で首を振って。

「あらそう。じゃあ、用事はそれで終わりなのね」

 そんなことを、言い出した。


 え?


 私は混乱した。


 終わりもなにも、話はまだ始まったばかりだ。どういうつもりだ、この女。私は抗議しようとするが、六六六は聞く耳を持たない。一人で話続けている。


「あなたが口ではどう言おうとね、何のつもりで私を呼び出したかは分かってるつもりよ。本当は、どんなお話がしたいのかもね。でも、信じられないんじゃ話にならないわ」


 六六六はもう一度、首を横に振った。処置のしようがない。そう言いたそうに。


「別にあなたが信じようが信じまいがどうでもいいし。建前通り私のしていることを止めようとしてるのだとしても、私はそれに応じる気はない。

 あなたがお客でないのなら、完全に時間の無駄。帰らせていただくわ」


 六六六は言うだけ言うと、私に背を向け、「さよなら」と冷たく言い放ち、校舎に向かってさっさと歩き出していく。

 私はこの急な展開について行けず、呆然と彼女の後ろ姿を見ていた。


(どうして?)

 まだ、口八丁で丸め込もうとすらもしてないのに

(何を考えているの?)

 新たな鴨を残したまま、

(何処に行くっていうの?)

 去って行こうとしている。


 私が騙しにくそうだったから?そうだとしても、こんな簡単に引き下がるものなの?めんどくさそうだから?もっと楽な相手が居るから?それとも、

(彼女は本物で)

 私の暴言が気にくわなかったから?

(それに対するプライドのせい?)

 私は黒髪で埋まる彼女の背中を睨んだ。なんて、身勝手な女。

 

 でも、いいのよ、これで。どうせ噂は大嘘。あいつは詐欺師で、私に負けて逃げ出しただけに決まってる。それか脳みそのいかれたオカルトマニアに違いないわ。


(でも)


 信用する価値なんて一片もない。会ってみてよく分かった。義憤に燃えたのだって馬鹿らしい。噂なんて放っておけば良かったのだ。


(本当に)


 そんな神様みたいな奇跡が起こせるわけがない。

(そんな奇跡が)

 忘れよう、あんな奴。私が馬鹿だった。

(起こせるとしたら)

 あんなやつ

(死んだものを生き返らせられるとしたら)

 忘れよう。

(私は)

 そんなこと

(またセナと)

 期待するだけ無駄なのよ。

 奇跡なんて。

(起きない)

(でも)

(もし、本当だったら)


「・・・・・・待って」


 気付くと、私は声を出していた。


 懇願するような、

「ねぇ、ちょっと待ってよ」

 捨てられた子犬のような泣き声を。しかし、彼女は足を止めない。身じろぎもしない。完全な無視。私など、この世にいないかのように。それは、余りにも恐ろしくて。


(悲しくて、寂しくて)


「ねぇ待ってったら、聞こえてんでしょ」

 彼女は振り向かないで

「待ちなさいよ!」

 グラウンドへと向かっていく。

「ねぇ、待ってったら」

 私の脚が動く。彼女を追いかけようとして。

「ちょっと待ってよ」

 でも、うまく動かない脚は

(本当だったら)

 もつれて

(噂が)

 私は転んだ。

(そしたら)

「お願い」

 立ち上がれない私は、必死に

(また)

 必死に

「お願いだから、待ってよぉぉぉ!!」


 大声で叫んだ。

 懇願した。

 跪いて、頭を下げて。

 涙をボロボロ流しながら。

 地面に顔を擦りつけるように。


「・・・・・・しょうがないわねえ」

 頭上から声がした。駄々をこねる子供をあやすような、甘ったるい声。顔を上げると、六六六が笑顔で私を見下ろしていた。

「話してごらんなさい」


 体育館に差し込む僅かな陽光が、彼女に赤い輪郭を作っていた。


 

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