その後の話 ① 和解の破棄について
吉保は美雪の全てを知れたからか、折詰に退職届を提出した。
逮捕された駿河心優と小森颯の供述によると、発端は牧だったのだという。
彼女は昨年の真紀の事件で真鍋を知り、自分を捨てた谷崎俊平を探させた。
真鍋は牧に知らされた事実、自分が過去に肉体関係にあった男性が実の弟という事実に打ちのめされ、谷崎を見つけた後に自殺を試みて姿を消した。
姉の失踪を知った駿河心優は小森と繋ぎを取り、牧の存在を突き止めて、そして、彼らは折詰乗っ取りを企てたのである。
駿河は亜紀となり、小森は私を誑かし、そして、寛二郎は病院に押し込めて自殺に見立てて殺す、という計画だ。
それが破綻して牧が殺されたのは、彼らが真鍋の死を知ったからであった。
彼らは真鍋が三島莉子と名乗っていたとは知らず、自分達が仕掛けた火事に巻き込まれて死んだのは亜紀だと思い込んでいたらしいのだ。
ただし、ここで死体が多すぎると浮上したのが、あの本物の三島莉子の家にあった骨は誰のものなのか、ってことだった。
そして、その骨の素性がわかった時、私があの死体塗れの家に住む未来も回避できた。
三島莉子は警察がビニール入りの骨を押収しようとしたところで、それは自分のものだと叫んで止めたのである。
公務執行妨害と彼女が逮捕されなかったのは、警察もその場にいた寛二郎も目の前の彼女から今すぐにでも逃げたいという恐怖を感じたからであろう。
「お願い、最愛の人を連れて行かないで!この方は曽根島英明さん。家族がいらっしゃらなくて骨格標本になられる事を望まれた尊い方。私は英明さんの骨をなぞって人体を覚えたの。ああ、本当に滑らかで美しい骨格。この方の仙骨の手触りも素敵。脛骨と腓骨はなんて長くて美しいの!」
腕が良すぎると評判の骨専門の外科医のあの女医は、完全なる骨フェチであり、中学生時代に近所の診療所にあった骨格標本が忘れられないと盗んで隠し持っていたらしい。
ちなみに、前述の骨の素性は彼女の頭の中が勝手に作った設定である。
さて、和解の要素に錯誤があれば無効だが、寛二郎はかの女医自身を見誤っての和解の申し出であったので、彼が彼女に差し出していたその和解はすんなりと彼によって破棄されて、折詰が抱える弁護士に丸投げ事案となった。
私はまたもや最新式なタワーマンションの広々とした部屋で寛二郎との二人暮らしであり、ほんの一か月も経っていないのに、玄関には互いの靴が出しっぱなしの騒々しい我が家となっている。
そう、一か月、私は吉保に会っていないのだ。
私はふうっと大きく溜息ともとれる息を吐いた。
私の右手に下がるのは、自分の店の商品の詰まった紙袋だ。
私はこれを土産物にして、最近友人となった人物の家の呼び鈴を鳴らした。




