契約行為における善意の第三者はいつも最強なのに
警察に女詐欺師を渡すと、私達はライブハウスの片隅で亜紀を問い詰めた。
いや、問い詰めるというか、亜紀が私の商品の並べ直しをソファに座りながらスタッフに指示しているのを眺めながら、私達が彼女に話を伺っている、というのが正しい。
彼女はまず最初に吉保に謝った。
「頼まれたからと言って、あなたに嘘をついてごめんなさいね。」
軽い、と私は思ったが、次の言葉で私は何も言えなくなった。
「頼まれた、ですか。いえ、美雪で無いと最初から気付いていました。俺が辛かったのは、婚約破棄をあいつ本人が出てきてしてくれなかった事です。確かに、俺の親父は警察で有名な男です。そんな息子を振ったら警察でやって行けなくなると考えるのは理解できます。ハハ、違うか。俺はその程度の男だってあいつに思われていたのでしょうね。」
「そうじゃないの。彼女はあなたに会える状態じゃなかったの。あなたも知ったのでしょう。美雪さんがあなたの前に付き合っていた男性が実の弟だったって秘密を。」
「そんなの、あいつだって知らなかった事でしょうに。」
「知った事で、彼女は自分を捨てる決意をしたのよ。行動も起こした。車に飛び込んで、大怪我をしていたのよ。」
「怪我を?」
「えぇ。私の車に飛び込んだの。私は彼女の治療費と彼女の頼みを断れなかったというだけ。」
「そうですか。あいつはその時に死んではいなかったのですね。」
吉保は最初から知っていたのか。
だから、伊藤のスポーツジムであんなにも怒りを見せたのだ。
彼は失った恋人の真実だけを求めていたのか。
なんと、これは通謀虚偽表示じゃないか!!
通謀虚偽表示とは、相手方と通じてした虚偽の意思表示のことであり、その意思表示は無効とされる。
そして、民法94条の2項では、善意の第三者に対抗することが出来ないとある。
例えば、Aが債権者からの差し押さえを逃れるため、Bと通謀して、Aの所有する土地をBに売り渡す虚偽の売買契約をした。
それから、所有権が移転したかのように登記も完了させたのだが、その土地をBはCに売り渡す契約をしてしまったという場合だ。
AとBの行為は通謀虚偽表示にあたり、その法律行為は無効である。
それでは、善意無過失の金を払ったCは、Aに土地を返してくれと言えるのだろうか。
CはABが作り出した虚偽の外観を信じてBと取引したのである。
そこで民法は通謀虚偽による無効は、善意の第三者に対抗することができないとしている。
この考え方を外観法理という。
今回の事件においては、真鍋が吉保との結婚を取りやめるために亜紀に頼み、吉保はそれを知っていながら婚約破棄に持って行ったことに当たるだろう。
この場合の土地は吉保の心だ。
彼の心は真鍋から離れておらず、今もきっと真鍋のもののままなのだ。
そして、この場合の善意の第三者は吉保が完全にフリーだと思い込んで彼に恋をした私なのかもしれないが、善意なので吉保の心を下さいとは私は言えまい。
失恋した私が救済される事は無いのだ。




