私の心は誰が守るの?
真紀の私への成り代わりが、寛二郎のテレビ放映の日だということだ。
私は寛二郎の後頭部を見つめ、吉保は運転中なので視線は道路だが彼の耳はピクリと動いていた。
「その時に伊藤がさ、自分は失敗したんだと言って来てさ、辞職を申し出て来たんだよ。自分に娘が脅えるからと距離を取った事が間違いだったとね。一緒に向き合えば良かったってね。これから娘に時間を取りたいから退職させてってね。伊藤は必要だからさ、嘱託ってことで社に残って貰ったけれどね。あぁ、あれから真紀の症状は向上しているって伊藤も加藤も喜んでいたのにね。」
「ねぇ、それでお母さんの症状も牧は知っていて、そして、昨年の真紀の異常行動も牧は知っていたのに、知っていたんでしょう?それなのに、どうして牧はあたしを加藤の家に押し付けたの?」
運転席の男が大きく息を吐き、アクセルを踏んで車を加速させた。
「行先は決まりました。牧部長の自宅に行きます。」
「それはそっちじゃないよ。」
「いいえ。社長。牧部長の本宅はこっちですよ。」
「どうして君は知っているの?」
「入社する前に幹部の動向は大体調べてあります。俺は一応元生活安全課出身なもので、性、ですね。」
「そっかぁ、それで伊藤は君を護衛官に選んだんだね。美緒を知ったら、君は絶対に俺達を裏切れなくなる。嫌だろ、この可愛い子が泣くのはさ。」
私は寛二郎の親ばかの言葉と、悪代官そのものの言葉のどちらに感銘を受けるべきかと皮肉に考えてしまった。
そして、吉保が伊藤のスポーツジムを知っていた理由には、胃のあたりがずしんと重くなるばかりだ。
彼は傷心を癒して冷静になってみれば、元婚約者の変わり様に不信感を募らせたのではないだろうか。
そして、その疑問を解消するべく、今まで動いていたのでは無いのだろうか?
そうだとしたら、彼の心の中には真鍋美雪しかいない。
あんなに優しそうに微笑む女に私は絶対になれないのだから、吉保が私を選ぶ事など無いだろう。
「俺は昨日から美緒さんには泣かされてばかりですからね。俺が裏切らないなんてわかりませんよ。あぁ、せめて、田神さんって呼んで貰えたらなぁ。」
寛二郎は嬉しそうにハハハと笑い出したが、私は運転席の後ろを大きく蹴飛ばして、誰が呼ぶかと威張ってやった。
「あっぶないだろ。労働者への安全の配慮はどうした!」
労働契約法第5条には、使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することが出来るよう、必要な配慮をするものとする、とある。
では、労働者が使用者の心の平安を脅かす時は、使用者はどうするべきなのであろうか。




