死体を作ったらその処分が必要
「ビィ。」
吉保は今にも泣きそうなはずの私の顔を目の前にしているに違いないせいか、私に対して手を差し伸べようと腕が動いたが、私の後ろの彼のクローンの親玉の方が早かった。
私はぐいっと寛二郎に引き寄せられ、そして、寛二郎はニヤリと口角をあげた。
「それでね、別人になった真鍋さんの写真はあるのかな。」
「そんな、……あるわけ。」
「そうか。俺がさ、今ね、急に思いついた事を言っても良いかな。」
「何でしょう。」
「うん?君の美雪ちゃんは美雪ちゃんではなくって、半年前には亜紀が成り代わっていたのかなってね。警察の人が真鍋さんが俺の恋人だろって尋問して来た時にね、俺と結婚を前提とした付き合いをしていたらしき彼女が、一年前の婚約破棄とそれに伴う人間関係の破綻で精神的苦痛を苦に休職中だったと聞いたからね、成り代わるのは可能だったかなってさ。」
「どういう……。」
吉保が言葉を飲み込んだ代わりに、私が寛二郎の腕の中で彼に聞き返していた。
「あたしたちのマンションを焼いたのは、最初から真鍋の死体を燃やすのが目的、だったの?」
「死体を作るよりも生かしておいた方が隠しやすいのではないかな。そして、監禁されていた人が逃げ出そうとしたから殺された。俺は亜紀と真鍋刑事がそっくりだって聞いた時にはね、それはどっちかがどっちかの存在を隠したのかなって思ったよ。俺が菅野良祐を隠したようにね。」
吉保は真っ青になっていた。
民法第742条には婚姻の無効について書かれており、その一が、人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がない時、とあるのだが、人違いって何ぞやと私はずっと腑に落ちなかった。
だけど、理解せざる得ない現実を目の当たりにして、なんて残酷なんだと、目の前で言葉を失っている吉保を思いやるしかない。
寛二郎の言った事が真実ならば、吉保のした婚約破棄など正当この上ない行為とも言えるが、吉保が助けられた婚約者を見殺しにしたのも同然だとも言えるのだ。
吉保が婚約者の変わり様を受け入れるのではなく、不審に思って探っていれば真鍋の真実を知ることが出来たのに違いないと、絶対に吉保は考えるはずなのだ。
「俺は、……あいつを、あいつの不幸に全く気が付かなかった、のか。」
「そうだね。そういうことになるよね。可哀想だね、美雪さんは。」
私は吉保が可哀想になっていく姿をこれ以上見ていられないと、自分を抱きしめながら吉保を糾弾する寛二郎を突き飛ばしてベッドに再び沈めた。
「びい!」
「行くぞ。ヨッシー!あの時がどうだかなんてもういいんだよ。変えられないだろ、時間なんかさ。だったら、今できることをやろうよ。真鍋を亜紀が殺したというならさ、亜紀を捕まえよう。そして、全部終わってからお前は落ち込めよ。」
吉保は私をぽかんとした顔で眺め、それからやけっぱちな声でアハハと笑った。
顔をあげて笑う彼の目元に涙が見えた気もしたが、顔を戻して私を再び見返した彼の顔は、出会ったばかりのあの顔、我儘な子供を躾けてやろうかと言う私に対しての不遜な顔付である。
「さぁ、魔女狩りに出掛けようか。お前はあたしの護衛だ!どこまでもついて来い!」
「どこまでも、お姫様。」




