子供を監護する権利
愛する女が単なる犯罪者で自分が鴨でしかないと知った男は、心がささくれたのか、世界で一番大事だと数分前に語った口で、その最愛の筈の娘を絶望に突き落とした。
「だから、今日のライブは禁止だ。親権を行うものはな、子供の利益の為にならば、監護する権利があるんだ!俺はそれを執行する!ラ・イ・ブは禁止だ!」
民法820条を盾に手にしたばかりの父権を振るってきた男に対し、私は親離れをすることを決意して実行した。
突き飛ばして寛二郎をベッドに沈めたのである。
「なにが、だから、だよ。」
「あのバンドのボーカルはファンを喰うと有名じゃないか!俺の不幸でわかっただろ。大人の男と女が大人の関係になると汚くなるんだよ。純愛が消えるんだ!俺はお前をそんな汚れた大人にしたく無いんだよ。いつまでも俺のベイビーちゃんにしておきたい父親の気持ちがわからないのか。」
「わかんないし、キモイよ。」
「ビィ、社長は冗談めかして言っているだけで、本当に今回の事は重く受け止めているんだよ。あんなメタルっぽいだけでメタルじゃないどこにでもいるヴィジュアルバンドのライブに行くよりも、君に安全を第一に考えて欲しいと」
誠実めいた顔と真摯な目で私を言い負かそうとした男は、己が純粋なメタラーだと自負しているらしく、まるで私がメタルなど何も知らないヒヨコだという風に上からの物言いだ。
私だってあのジャリビエーツの音楽性に感銘は受けていないが、彼らが私の店の衣装を好み、グッズ製作も依頼してきたのならば話は別だ。
「ぜったいに、あたしはライブに行くの!」
「メタラーだと言っていた癖に!お前は単なるバンギャルだったのかよ!」
「何よそれは!」
「ロシアのあのバンドのあのCDが好きだと言うのならば、お前はくさメロが好きだろ。あのバンドにはくさメロは無いじゃないか。」
ここまで私の好みを言い当てた吉保に、私は一瞬ぐらっと来たが踏ん張った。
その様子を見て勝機を感じたのか、メタルを知らない男が喜んで参戦してきた。
「そうだ。田神君。この阿呆は音楽性よりもビジュアルに転んだのだ。俺はファンを喰うというあの男に、大事な娘を近づけたくはない。」
「納得です、社長。自分も全力を持って阻止します。」
「田神くん。」
「ばーか。ばかばか。誰が喰われるかあんな仔犬に。あいつらの衣装とファングッズはバンシースキームが用意してやったんだよ。それでの人気インディーズバンドなんだよ。バンシースキーム社長としては、今回のライブは凱旋の旗印なんだよ!」
「だったら、尚更に駄目だろうが!あいつが人を殺して行方不明なんだろ。お前が次に狙われるだろうが!確実にそこにいるってわかる場所こそ避けろ!真鍋っていう刑事が俺達のマンションで焼け死んだんだろ。」
「それ、あたしさ、どっちなのかなってヨッシーと話していたの。」
「何が。」
「真鍋が真紀の異常行動をネタに亜紀を脅したりしてたのかなって。それで亜紀が真鍋を殺したのか、あるいは、真鍋が顔が似てしまった亜紀に成り代わろうとしているのかなって、そういう話題。」
「どっちもありえるけれどね、亜紀だった方がお前が危険だな。」
「社長、社長と亜紀さんとの婚約解消を美緒さんのせいだと亜紀が未だに考えているという事ですか?」
「何?婚約解消って。婚約何てするわけないよ。亜紀は好みじゃないし、第一伊藤の娘に手を出せるか。誰だ、そんなことを言った阿呆は。」
裏切り者の私の護衛官はすいませんと寛二郎に謝りながら私を指さし、指を差されて寛二郎の視線が痛い私は二人から目をそらして顔を背けた。




