嘘を吐くときには人差し指と中指を交差させるんだよ 心裡留保
民法93条における心裡留保とは、内心的効果意思と表示との間に不一致があり、その不一致を表意者が自ら知っている意思表示をいい、民法95条の錯誤、民法94条の通謀虚偽表示と共に意思の不存在と呼ばれている。
民法93条本文によれば、心裡留保による意思表示は、原則として有効である。
自分が嘘をついているって知っていて行っているのだから、そいつを保護する必要などなく、むしろ、取引の安全性を計るために、相手方をこそ保護すべきであるという考えだ。
と、すれば、あたしが自分の行為が無効だと知っていながら相手を騙す行為は、確実に相手にも無効であり相手の保護こそを優先とするべきだと思うのだが、法律という弱者を守るという観点から作られている物によれば、守るべきは未成年の私であるようだ。
私は寛二郎の病室を寛二郎自身に追い出された後、加藤の自宅に向かわさせられた。
私が自宅に戻らないのは、寛二郎のいない今、私一人をマンションに置いておくと私が寂しさで死んでしまうと寛二郎がホワイトボードに書き殴ったせいでもあり、私がクラスメイトにパジャマパーティをしようと呼びかけるメール文章を作成している所を見つかってしまったからでもある。
すべて杞憂だが。
私はウサギじゃないから寂しくても死なないし、私には家に呼びたい人間などいない。
育ててくれた七人の小人と寛二郎には申し訳ないが、私はどうも同世代の人間とは合わない性質であるらしい。
いじめられることも排他されることもなく、学校では誰とでも会話し、お弁当を一緒に食べる仲間もいる。
でも、家というパーソナルスペースに呼びたくはないし、一々メールもしたくない。
私は人間的に欠陥があるのだろう。
私は大好きな音楽を聴いて、絵を描いて、本を読んで、煮詰まると外に駆け出すという生活で十分なのだ。
家には寛二郎が深夜になろうと必ず帰って来る。
私は彼と一時間ぐらい馬鹿話をするだけでも、実は彼が帰って来たと顔を見るだけでも充足してしまうのだ。
では、寛二郎が帰って来なくなったらどうなるのか。
それを確かめることが怖く、私は牧に気付かれるようにとパーティメールを作ったのだ。
でも、有能な牧は男連中と違って私の嘘を見抜いている。
私に本当の友達がいないと心を砕いているのが見受けられるのである。
よって彼女の指示で私が寛二郎の退院まで居座る事になったのは加藤の自宅となった。
しかし、彼女は私が逃亡する恐れを勝手に抱いたのか、自宅に着替えを取りに行かせるどころか、着替えを新たに購入してから加藤宅に放り込まれたのである。
「娘に服を買ってあげるってシチェーションは無いから、一度はね。」
いや、幼い頃どころか寛二郎では女性の必要な物がわからないだろうと、散々に買い物に付き合ってくれたのは牧だろうと小首を傾げる事となったが、彼女は寛二郎のように小言を言うどころか私の好きな系統服にアドバイスまでも出来る人だから彼女との買い物は楽しいものであった。
「じゃあね、びいちゃん。」
「牧さん、ども、です!」
私は加藤の家、高級マンションの高層階にある彼女の家への最初のゲートをくぐった。