あたしは絶対に認めない 時効の援用
私の世界はベッドに落ち着くと、私が彼の娘だったと告白した。
ドナーの為の検査で、姪ではなく実の娘だったと知れたのだという。
「ごめん。ずっと娘だとはと疑ってもいたけど、本当の娘だったと分かった時は嬉しさよりも申し訳なさで一杯だった。俺はね、俺を前にするたびに克寛や菅野にされたことを思い出して混乱する美津子が辛くてね、俺はあいつを病院に入れて手を引いたんだ。そのせいで、あいつはお前を何度も殺そうとする。俺が辛いからって逃げた咎をお前に全部受けさせてしまって、本当に、ろくでもない。」
「でもさ、あたしが克寛の娘だと思っていても、かんちゃんは優しかったよね。」
「――出産に立ち会ったからね。生まれたばかりのお前を抱いて、お前を愛せない人間などいないよ。お前は小っちゃくて、元気いっぱいで、俺の魂を奪った女神だったんだよ。」
寛二郎は私に向かい合わずに、いや、向かい合うことが出来ずに、さらに大きな右手で顔を隠すようにして告白し続けている。
寛二郎であって寛二郎でなくなった男の右手を、私は自分の両手で掴んで彼の顔からその邪魔な右手を遠ざけた。
自分を隠すものを失った男は私に顔を向けるしかなく、けれど、私がその男の手を子供のように必死に両手で掴んでいる事しか出来ない状態だと認めると、彼は左腕で私を自分に引き寄せて私の顔を自分の胸元に隠した。
彼が我慢できないものは、私の泣き顔なのである。
「美緒!俺にはお前だけなんだよ。」
「私には最初からそうだよ。」
「美緒、お前が俺に言った、美津子を繋ぎとめるため、は違う。俺はお前を手放したくはないからこそ、美津子を人質にしていたんだ。お前から母親を奪っていたんだよ。あいつがお前をこれ以上傷つけたくないからと病院でカウンセリングを受けたいと言っても、お前を傷つけたくないからお前の前から立ち去りたいと懇願されても、俺はお前が母親を追いかけていきそうで許さなかった。お前を独占したかった。こんな残酷で独りよがりな父親なんだ。こん、こんな父親、今更いらないだろ。」
私は寛二郎の右手を左手だけで握り、右手は彼の背中へと回した。
片手だけでも、ぎゅうっと彼を抱きしめなければ。
こんなに大きいのに馬鹿な男には、言葉だけでなく行動こそ必要だからだ。
「いるかいらないか、勝手に決めないで。間違った時間が長すぎてかんちゃんがあたしの父さんに戻れないと思っているなら、なおさら、だよ。時間が経つと親子に戻れなくなるというのならば、あたしがそんな時間など認めなければいい。時効はさ、当事者が援用しなければ効力が無いものじゃないの。あたしはかんちゃんを失う時効なんて、絶対に存在自体認めない。」
時効とは、一定の期間ある事実状態が継続する場合に、それが真実の権利関係と一致するか否かを問わず、そのまま権利関係として認める制度である。
民法は、一方で162条、163条、167条で、「時効期間の経過」によって権利の取得や権利の消滅の効果が生ずるとしながら、145条において「当事者が援用」しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない、としている。
そしてこれは私とかんちゃんという親子間の話で、債権でも債務でも所有権がどうしたという話でもないのだから、尚更に時効などある筈は無い。
私は寛二郎が実の父と知った瞬間に、彼を許し、その事実がなんて最高だとしか思ってはいないのだから、寛二郎から私を支配できる効力を私が失わせるはずがないのだ。




