偽証なんてもはやどうでもいい
辿り着いた病室には、魔王の姿が消えていた。
「あんのやろう。危険察知能力が猫並みだな。」
私は寛二郎を罵ってみたが、彼がいなくなった病室に佇み、無性に不安ばかりが喉元にせり上げて来ていた。
二か月前に私を学校のスキー合宿に押し込んでおいて、自分も別のスキー場で転んだからと一泊入院をしていたのだ。
政治家のよく言う療養だと、俺も偉くなったからさと、合宿から戻って来て彼の入院を知って驚く私に彼は笑ったが、その前月にも彼は検査入院をしていなかっただろうか?
私はあの寛二郎だったら見舞い品で騒々しい筈だと、病室が殺風景すぎると気が付いて、ぐるりと病室内を見回した。
大騒ぎで入院したはずであるのに、自宅が火事で物が無いはずなのに、寛二郎は入院に際して何も新たに買い足したりもしていない。
まるで入院が決まっていたかのように、すんなりと個室に納まっていたというこの事実。
「ビィ、社長がいないならさ、俺が奇妙に思っている事をお前に話していいか?」
吉保の真面目な声に、私は感じている恐怖を飲み下すべくつばを飲み込んだ。
「勿論だよ、なんだ?」
「たとえば、ここが総合病院でもね、胃腸関係よりもがんに強い病院だったりさ、カルテのない救急を受け入れない病院だって事を気付いたとかさ。あんなにお前一番の社長が指定時間以外にお前を連れてくるなと俺に命令しているとかね。」
「急に、何を。」
吉保は言いたいことを全部言えなかった。
吉保のスマートフォンが震え、社長直々から話すなという命令が彼に伝えられたからだ。
話すんじゃない、あと半時で病室に戻るから、と。
私は寛二郎の病室で待たず、寛二郎が戻ってくるはずの個室のあるフロアのエレベーター前でじっと待った。
そして、エレベーターの扉が開いて出て来た寛二郎は、年齢以上に老けて見える程に疲れ切り、ぐったりと車椅子に乗っているという有様だった。
彼は私と目が合うと、情けなさそうにして笑い顔を作って笑った。
「俺は白血病になったみたいだ。」
「かんちゃん。」
「悪ぃな。俺の嘘でお前と美津子を苦しめていて。本当に、ごめん。」
「そんな愁傷なかんちゃんなんか見せないで。」
嘘だ何だと細かい事は私にはどうでも良い。
世界が今、壊れようとしているのだ。
「美緒。俺は君にキチンと伝えなければいけないことがあるんだ。」
「かんちゃん。ごめんはいいからさ。まずはベットに横になってよ。」




