強くあるためには
吉保が私に優しくあろうとするのは、ママの家の玄関先で大声をあげていた私もを見ていたはずだからだ。
人の痛みがわかりすぎる優しい彼は、きっとずっと私を慰めたいと思っていたのだろう。
私はそんな吉保に対して感謝どころか同情される自分が情けないとそれだけで、彼の言葉に何も返すことなく目を瞑った。
自分の言葉に何の感激も感謝も無く狸寝入りしただけの私に吉保は舌打ちをしたが、私はこれ以上吉保に優しくされるのは辛いと思っていた。
誰にだって優しい男よりも、寛二郎のように大事な人間にだけ優しい男の方が私には望ましく、斎賀のように母にしか優しくない男なんて最高だと、母が羨ましいとさえ思った。
そうして、どうしてこんなにも田神の優しさを独占したいと考えている自分がいるのかそこも不思議で、でも、思っている以上に自分が弱かった為に傷ついているからだと納得し、弱い自分にどうやったら決別できるのか考えることにした。
吉保に自分の強さを示すにはどうするべきか。
それには取りあえず、行方不明の亜紀を捕まえてみる事だろうか。
病院に居るはずの、私に襤褸切れにされた熊谷ならば知っているだろうかって、知っている筈だ。
「病院に行くぞ!」
「うぉ!」
当たり前だが、跳ね起きた私に吉保は本気で驚いていた。
また、彼の真ん丸な目をした間抜け面を目にした事で、私の中の強さが戻って来た気もした。
「おい、ヨッシー、行くぞ。」
「行くぞって、まだ十分くらいしか経っていないよ。修理はまだだろ?」
「あ、そうか、車。いや、今すぐ使えるのがあるね。」
私は昨夜の真紀の襲撃を思い浮かべ、真紀に感謝さえも生まれていた。
「おい、ヨッシー、お前はフェラーリを運転できるか?」
聞くまでも無いだろう。
吉保の両目は真ん丸のままでも、星が散っているかのようなきらっきらのギラギラに変わったのだ。
「運転できるか、じゃねぇよ。運転するね。」
「よし。地下に伊藤の隠しフェラーリがある。それで病院へ行く。」
「真紀の見舞いか?」
「何を言っているの。熊谷カッコ仮への見舞いだって。」
「何をしに。」
「亜紀の居所を聞くんだよ。知らないは私の前には通さない。絶対に吐かせる。」
「ははは。なんだ。それならちょっと待って。収容先を調べる。」
「って、ひゃあ!」
立ち膝状態の私は吉保にドレスの腰部分を引っ張られ、なんと、胡坐をかいている彼の膝の上に乗せ上げられたのである。
それだけではない。
そのまま私を動かないように腰に左腕を回し、自分は器用に空いた右手でスマーフォンで電話をし始めた。
私は寛二郎の膝の上ならば何度も乗っているが、どうしたことか、吉保の膝を尻に感じているだけで体が硬直してしまっているのである。
「かわいいよな、お前って。」
私の右腕は宙を切り、吉保は笑いながら左腕と自分の体だけで私を押さえつけやがった。
そしてじたばたしている私を笑いながら、電話を続けるというろくでなしだ。
「ははは、あぁ、いや、ごめん。うん、俺。うちの姫様がやっつけたあいつ、なんか吐いていたか?……え?」
吉保はいつもの険のある顔立ちに戻り、尚且つ私の腰に回した腕が強張ったようだ。
「……そうか。」
「どうしたの?」
「熊谷仮は人質を伴っての逃走中だったんだってさ。」
田神が悔しそうに言うには、熊谷の逃走は私達が折鶴で寛いでいた時点で既に起きており、何も知らされていない私達と違い寛二郎は私の安全のために警察からの知らせを受けていたという事らしい。
駄目だったら駄目なのと、ホワイトボードを掲げる寛二郎が瞼に浮かび、どうして柴犬抱き枕で殴る程度で済ましたのだろうと、私は自分を呪った。
自分優しすぎだろう、と。




