子供と大人の優しさの違い
深夜に戻ったにもかかわらず、田神家のリビングには孝子が私を待っていた。
孝子は私に近づくや大丈夫よと抱きしめてきて、私はその腕の中に納まるや泣き出してしまったという情けなさであった。
一方その時、私の護衛官であるはずの吉保は、私を慰めるどころか完全に孝子に任せていた。
彼は自分専用のビール缶が入っている段ボールから缶を全て取り出すという行動を取り始め、空になったダンボールを律義に物差しで測った上でカッターで正確に切り出してもいるのだ。
私は彼の工作行動によって、涙が完全に止まったと言ってもよい。
「お前は一体さっきから何をしているんだ。」
孝子は自分の息子に声をかけるまでに回復した私に安心したのか、くすくす笑いながら私を手放すと、私の為にお茶を淹れにキッチンに立った。
声を掛けられた息子の方は、自慢そうに切り出したばかりの段ボールを掲げ持った。
「窓を塞ぐ。」
「そうか、明日の朝一で修理に持ち込めばいいだろ。」
「修理に出したら、明日は動けないだろ。」
「うちの社用車の整備部門なら、一時間もしないで窓の交換はするからそこは大丈夫。そこにはちょっとしたアスレチックもあるし、待っている間はヨッシーは楽しいと思うぞ。」
しかし吉保は折詰の車両基地の情報に喜ぶどころか自分の切り出したダンボールを眺め、それから私に視線を映し、再びダンボールの切れ端をしょんぼりと眺めた。
「明日は雨かもしれないし、それで塞いでおくなんていい考えかもしれないね。さすが。」
彼はにやっと笑うと階下へと下りていき、お湯を沸かしていた孝子が吹き出した。
「息子の操縦法を覚えたみたいね。」
「だって簡単すぎるもの。彼は弱いものに対して子供のように優しいし。」
「ただの優しいじゃないの?」
「大人は優しくする相手と時を選ぶけれど、彼は選ばないから。」
「ありがとう。馬鹿息子をよろしく頼むわね。」
「明日は一緒に修理工場に行きませんか?ミッチーもヨッシーも、我が社の電算室が秘密基地みたいだって喜んでいましたが、あそここそ本当の秘密基地ですもの。」
「まぁ、喜んで。」
ところが、喜ぶ孝子の同行は、リビングに戻って来た吉保によって制止された。
「いや、母さんは今度。」
「どうして?あぁ。」
孝子は息子の制止について事件関係、それもミッチーが関わっているのだから息子に制止されたのだろうと理解した様だが、私は吉保が自分の母親から逸らした瞳に罪悪感の色が見えたと気付いてしまった。
「ごめんなさい。孝子様。またお誘いします。息子である彼は、母親のいない所で弾けちゃいたいみたいな感じ。」
顔を背けた吉保は真っ赤になり、見当が当たっていた事を喜ぶよりも私は少しがっかりしていた。
初対面の頃の精悍な田神吉保に会いたい、と。




