壊れそうなつり橋にはダイナマイト
私を見つめる真紀の化粧は、暗闇で出会った私には不気味としか言いようがない。
「ひえ。」
私を脅えさせた彼女は窓から顔を離すと、再び車窓を叩こうとしてか右手を振り上げた。
ガシャン。
窓ガラスは粉々に私に向かって散り、私は真紀がモンキーレンチのようなものを手にしていたのだとようやく気が付いた。
彼女は割れた窓から手を伸ばし、ロックを外し、ドアを開けた。
勿論、私が最後まで彼女の行動を見守っているわけがない。
私は反対側のドアから出ると、ドアの解除に勤しんでいる真紀を横から蹴りこんだ。
「お前!あたしの新車に何をしてくれるんだよ!」
真紀は腕を窓から車内へと入れ込んでいたがために、車窓に腕が引っ掛かった状態で私に蹴られたことで当たり前のように腕を脱臼し、獣の様な声をあげた。
もう一度、今度は車から彼女を引きはがすために蹴り上げようとしたところで、私の体は宙に浮いた。
「ひゃあ。」
私の両脇に両腕を入れて持ち上げた男を蹴るべく体を丸めると、男は待ってと吉保の声で叫んだ。
「ヨッシー。」
「待って、危ない子だなぁ。それ以上やったら、尋問が出来ないでしょう。」
「尋問なんか必要ないだろ。あたしの車が壊されて、あたしを襲おうとしたんだ。今後の為にしっかり体に覚えさせてやるんだよ!」
「過剰防衛は禁止!」
「これは緊急避難的行為だ!」
「橋が落ちそうだからって、橋にダイナマイトを仕掛けるのは避難的行為じゃないだろ!」
本気で吉保を蹴ろうかと右脚を回したが、吉保にぱっと手放されて私がコンクリートの地面に落下しただけだった。
「いった!ひどい!」
「俺を蹴ろうとしたそっちが悪い。これも緊急避難的行為だろ。」
「職務放棄の方だ!蹴られておけよ!」
「ふん。」
吉保は自分がコンクリートに落とした私には目もくれずに、私を襲った真紀のところまで歩いていくと、私によって痛みに脅える真紀を拘束するどころか彼女の前にしゃがみこんだ。
それも、幼い子供に、どうしたのって言う風にだ。
私は吉保に無視されている事に無性に我慢できなくなって、絶対に寛二郎だったら耐えられない声を出して吉保を責めた。
「ヨッシーはひどい。」
しゃがんでいる吉保は私に振り向くと、子供を叱るような顔を見せつけ、私に静かにしろと言う風に口元に人差し指を立てた。
畜生、クローンだった癖にこういう時だけ自個性を発揮しやがる。
再び真紀に向き合った吉保は、なんということ、真紀に尋問どころかまるで小さな迷子になった子供に対するように職質を始めたのである。
「お嬢さん、どうしたの。お家はどこかな。名前は言える?年はいくつかな。」
「……みお。私は、10さい。ぱぱは、どこ?いたい、いたい。パパはどこ?」
「みおちゃんは十歳なんだ。ねぇ、みおちゃん、君はどうしてお友達に意地悪をしたの、かな?教えてくれないと、パパに会わせてあげられないよ。」
真紀はしくしくと自分で語った十歳のように泣き出し、あいつはお化けだ、と私を指さした。
あいつはお化けで、あいつをやっつけないと、わたしは元に戻れない、と。
「そうか。困ったね。」
吉保は脅える真紀の腕の状態をこの上なく優しい手つきで確かめながら手当までもし始め、迷子の子供に付き合うようにもう大丈夫だよと、真紀を宥め始めた。
私は何が起きているのか、真紀がなぜ私になろうとしているのか、よりも、吉保の優しさが真紀に向けられている事を見せつけられることが悔しくて、情けなかった。




