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これも錯誤

 彼らは斎賀の手から美津子を奪って担架に乗せあげると、現れた時と同じように一直線に来た道を戻って、今度は斎賀も伴って騒々しく姿を消していった。


「え、うそ、なんで?」


「何でじゃねぇよ。馬鹿。俺を撒こうなんざ早ぇよ。」


 戸口には厳つい顔の大男だ。

 本社を飛び出した私は、本社ビルのタクシー乗り場にそのまま向かってタクシーに乗り込んだのだが、そういえば田神親子の存在をすっかり忘れていたと思い出した。


「あ、しまった。ヨッシーに運転させれば一万も無駄遣いしなかったじゃない。」


「言うことはそれだけかよ。」


 言うことはそれだけだ。


 私の弟か妹は私の身代わりに実母に殺されていたのであり、私は母にとって過去の惨劇そのものの存在でしかないと再認識したのである。


 何かを口にできる余裕は無い。


 あたしは吉保に近付くと、寛二郎にするみたいに、両腕を彼の背中に回して顔を彼の胸に押し付けて抱きついたのだ。

 すぐどころか一瞬で寛二郎と抱き心地が違うと判ったが、寛二郎と同じくらいに安心できる胸板だったので、そのままぎゅうと彼にしがみ付いていることにした。


「おま、お前。ちょっと、えっと、あの。おい。」


 早鐘を打つ吉保の心臓の音が物凄く五月蝿い。

 でもなぜだかその五月蝿さが私を落ち着け、だが、なんと言うことだろうか、吉保は寛二郎のように私を抱きしめることなく、左手の指先で私の背をとんとんとリズミカルに打つだけなのである。

 この心臓の鼓動を聞くに、彼は物凄く混乱しているのだろうと顔をあげれば、吉保は慌てた真っ赤な顔で私ではなく玄関口にいた女性を眺めていた。


「うーん。私とはいまひとつだったのは、そういうことかぁ。」


「何がそういうことだよ。こ、このカエルおたく。」


 吉保が所属していた生活安全課ではなく、殺人課、つまり捜査一課の刑事である田端が彼女のバックのカエルのように、目玉をぐるっと回して吉保におどけている。

 この心臓の音は私に抱きつかれた姿を彼女に見られたからなのだと、私は彼の腕から、私が勝手にしがみついていたのだから彼を解放したが正しいが、……つまり、離れた。

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